猫たちが知っていた恋
王都の外れにある小さなカフェ《Chat Noir》。
木の扉についた小さな鈴が、可愛らしい音を響かせた。
「あ、あの、せ、席…あいてますか……?」
入ってきたのは若い近衛騎士の ルイス。
落ち着かない視線、やたら背筋を伸ばした姿勢、そして真っ赤な耳。
クロエは心の中でそっと微笑む。
(この子、分かりやすく“恋”ね…)
黒猫のノワールが足元からひょっこり顔を出す。
『昨日も、ここまで来て帰ったよね、あの子』
(そうなのね。緊張してるのね)
ルイスは紅茶を前に、ぎゅっと手を握ったまま座った。
「あ、あの……好きな方がいまして。でも、その方……指輪をしているようにも見えて……。
もし既婚者でしたら、この想いは罪になりますから……」
クロエが返事をするより前に、窓際に猫たちがわらわらと集合した。
『その女性なら知ってるよ!花屋の帰りにここ通るもん』
『毎晩、兄ちゃんが迎えに来てるにゃ〜』
『でもね、その人、ルイスくんの話を猫にしてたよ。“優しい方”って』
ルイス本人はもちろん、猫語が聞こえていない。
しかしクロエは、すでに確信していた。
(ふふ……なんて可愛い誤解かしら)
「ルイスさん。その方は既婚者ではありませんよ。
指輪は……ご家族からの贈り物でしょう。
そして毎晩一緒にいる男性は、お兄様です」
「お…兄……様?」
ルイスの目が丸くなる。
「その方とお話ししてみませんか?
ご自身の気持ちを、素直に伝えてみては」
若い騎士は大きく息を吸い込み、決心したように立ち上がった。
「……い、言ってみます!勇気を出します!」
勢いよく飛び出していく後ろ姿に、ノワールがふにゃっと伸びながら言う。
『がんばれ〜。もう両思いだよ〜』
クロエはそっと微笑んだ。
◇◇◇
——そして数日後。
夕暮れ時のカフェに、また鈴が鳴った。
「クロエさん、こんばんは!」
元気な声で入ってきたのは、あのルイス。
そして隣には、花のように微笑む女性 アデラの姿があった。
「あの……ご挨拶が遅れました。ルイス様から、お話を聞きましたの。
こちらにぜひお伺いしたい、と」
2人の距離は自然で、肩が触れそうなくらい近い。
見てるこちらが照れてしまうほど。
『ねぇクロエ、あの子ら、手ぇつなぎたそうにしてるよー?』
(ノワール、声が大きいわ……聞こえてるわよ)
ルイスは頬を真っ赤にして、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「先日は、本当にありがとうございました。
誤解が解けて……気持ちをちゃんと伝えられました」
アデラが照れたように続ける。
「私も、ルイス様のお気持ちを聞いて……とても嬉しかったのです。
これから少しずつ、仲良くさせていただけたらと……」
(ああ、この2人……可愛すぎる……)
猫たちが窓の外からにゃーにゃー応援コーラス。
「おめでとうございます。どうぞ、ごゆっくり」
クロエは温かな紅茶を出し、そっと見守る。
向かい合う2人の笑顔は柔らかく、いま始まったばかりの恋の香りが漂っていた。
《Chat Noir》は今日もまた、
誰かの恋をそっと後押ししている。




