9 王都入り
昼食の後、馬車に乗り込んだヴィクトリアは妹の質問攻めにあっていた。
「ずいぶんと長いこと王子とお話されていましたけど、一体どんなお話を? お姉様何か嫌なことを言われていませんか? よからぬ事をされてはいませんか?」
車中はずっとこんな感じだったが、その都度ヴィクトリアは、
「妖獣事件の詳細を教えていただいたのと道中を労われていただけです」
と答えていた。実際にそうだ。王子とはそんな話しかしていない。相手の想いを勝手に想像したことを人に話す必要はなかった。
「それよりあなたどうなのです? あなたこそチャールズ様とお話がはずんでいたようではないですか」
少し妹を黙らせようと意地悪な問いをヴィクトリアは投げかけた。
「えっ! そ、そんな……。それこそ私はチャールズ様に慰められていただけです。だって殿下はお姉さまのおでこに私の許しなく指を……! 本当に悔しくて! でもチャールズ様がおっしゃるにはエドワード様はすごい堅物で通っていらっしゃるのですって! それでも安心はできませんのよ。『たいへんな美丈夫でさぞかしご婦人に人気がおありでしょう?いつもの癖でお姉さまに接するのは困る』と申し上げましたら、『王子は次期王であり現在は騎士団の最高責任者で、さらに教会庁の長官。それに加えて大魔法使いとしての勉強も忙しく、浮いた話は一つもありません。確かにモテますが本人は仕事と勉強しか興味がなかったのです。今までは』だそうなのです。『今までは』ですよ! 今までは! これからはわからないのです。お姉さまの美しさに当てられて今日からいきなり女好きになったらどうしましょう……。お姉さまはその見た目からクールビューティーなんて世間で言われがちですけど恋愛にはとんと疎いし情が深い方だから、なにか王子に頼られたりしたらコロッと……。ああ心配!!!」
飾り文字屋の渉外役をこの3年やっていただけのことはあって、ちょっと庶民的な言葉もちょいちょい出るエリザベスだったが、それでもその愛らしい容姿とやはり備わっている王家の気品が、上品な令嬢が覚えたての市井の言葉をがんばってしゃべっているという風になっていて、その様子は微笑ましい感じになっている。
「恋愛に疎くて情が深いのはあなたも同じよ」
ヴィクリアは可愛い妹にそう告げたが、エリザベスはそれでも「お姉さまが心配」を呪文のように繰り返していた。
休憩場所からしばらくは豊かな牧草地が続いていたが、3時間ほど更に馬を進め王都に入ると、先ほどまでの牧歌的な雰囲気はなくなり、街は賑やかな商業都市といった感じになってきた。威勢のいい商人の声が飛び交う。人びとの往来も盛んで子供たちも多い。馬車が王宮に近付くにつれて店も大構えになっていった。重厚で格調高い建物の並びに建築の技術の高さが垣間見える。グリーナよりも明らかに豊かそうな街並みを見てヴィクトリアは父王とこのフロイデ国の王との統治力の違いを思い知らされた。
「あっ! エドワード殿下だ!」
「大公様のところのチャールズ様も!」
子供たちが手を振りながら馬車を追いかけてくる。
大人たちは男は帽子をとり、女はスカートのすそをつまみお辞儀をした。
その顔も笑顔だ。自分たちの未来の王への信頼と愛情がその表情からは見て取れる。
(この王室は民に愛されている…)
ヴィクトリアはグリーナ父王のふがいなさをこれでもかと思い知らせされている気分だった。塔に一人で住まわされていたとはいえ、閉じ込められていたわけではない。むしろ無視され放っておかれたことにより、お忍びで町に出かけることもできた。その時のグリーナの民の様子はどうだったか。まず、町に活気がない。子供たちの笑顔も少ない。着ている物も明らかにこのフロイデの民のそれに見劣りするし、体つきを見ても栄養事情の違いは明らかだった。王家の一員として馬車で街へ出た時もこのように民からの愛が王室に向けられることはなかった。
「あっ! 女の人がいるよ!」
一人の女の子が大きな声をあげた。
「ほんとだ!二人!わあ!すっごいきれい!かわいい!」
馬車にさらに近寄ろうとするこどもたちに
「危ないから下がりなさい」
「覗いちゃいかん」
「こら! もう追うのは無しだ!」
エドワードは怒った声で子供たちに小言を言ってはいるが、それにもどこか愛情が感じられた。
「王女。失礼します。子供たちは私が護衛の任に付いているのが珍しいのです。しかも護衛されているのが若く美しい女人というのではしゃいでしまった。申し訳ない」
「私たちも子供たちの笑顔が見られてうれしゅうございます。手を振っても?」
その行動が王子たちの警備の邪魔になってはと確認を取るヴィクトリアの言葉に、エドワードは破顔した。
「是非」
ヴィクトリアとエリザベスは微笑みながら子供たちに手を振った。
わあッと歓声があがる。
「誰だろう。エドワード王子とチャールズ様のお嫁さんになる人かな」
「ばっかだな。お姫様じゃなきゃ王子たちのお嫁さんになれないいんだぞ。普通の服着てるじゃないか。
冠だってつけてないぞ。お姫様じゃないよ」
「でもきれいだよ。お姫様みたいに」
「お姫様かな……?」
少しスピードを上げた馬車にさすがについてこれなくなった子供たちの声は次第に遠のいていった。
「王女。あれがフロイデ国の王の居城、フリューゲル城です」
エドワードの言葉に左前方を見ると、美しく壮麗な白亜の城が夕日に染まってたたずんでいた。




