8 初めから
「あなたでしたの……!」
一瞬で全てを思い出したヴィクトリアは思わず声を上げた。
青白い光を放った二本の指を額から離すとエドワードは答えた。
「はい。私です。妖獣を斬ったのも、あなたに忘却魔法をかけたのも私です。忘却魔法についてはあなたがご自分の回復魔法を見られたことを気に病むのではないかと、私の勝手な判断でしてしまいました。申し訳ありませんでした」
(フロンドの王子が魔法使い…)
ヴィクトリアは驚愕したが努めて平静を保とうとしていた。
しかしエリザベスは動揺していることを隠さなかった。
「フロンドの王太子殿下が魔法使い? 魔法は最近ではグリーナの特有のものなのに! あ……! でも聞いたことがあります! 例外でグリーナ以外に魔法持ちが出るときは……強大な魔法を使う大魔法使だということを! ああそれよりも! 待って、待って! 殿下! どさくさに紛れてお姉様のおでこに触りましたわね! 悔しい!」
「それほどの力は持っていませんが巷ではそう呼ばれています。」
エリザベスの後半の言葉は無視してエドワードが答えた。
「私たちが身分を明かさなかったことをお詫び申し上げます。ウィンストン、ハノーバーは親族の称号を借りた偽名です。王女方の身分がわかっていてもまだ偽りの身分を騙っておりましたのは、あなた方への今後の待遇をどうすべきかがフロンド国としての考えがまとまっていなかったからなのです。このまま飾り文字屋としてそっとして差し上げるのがお二人にとってお幸せなのではないかという考えもありました。お二人には気づかれぬよう警護をしつつ見守るという案です。 しかしその他の意見もあり……。王城につきましたらその件について王と伯母からお話があります」
「承知いたしました」
姉の額に指を置かれた抗議をまだし足りないエリザベスはチャールズに少し離れたところに連れていかれ、どうやらなだめられているようだ。その様子を遠目で見ながらエドワードは柔和にほほ笑んだ。
「エリザベス殿下は大変な姉君想いでいらっしゃる」
「いつまでもこどもで……。失礼いたしました」
「いえ。とても微笑ましいですよ。仲がおよろしい」
「王太子殿下も大公ご子息様と大変に仲がおよろしいようにお見受けいたします」
「はは。あれとは同い年なのです。いとこですがもう兄弟同然で。どうか王女殿下、私のことはエドワード、彼のことはチャールズとお呼びください」
「お許しをいただきましたので……。では、エドワード様。私たちのことも名で呼んでくださいませ。あの……。お尋ねしたいことがあるのですが」
「なんなりと」
「私たちのことをいつグリーナの王女と気づかれたのですか?」
「初めから」
「え?」
「初めからです。あなたが鍬を妖獣に振るっていた時からです」
「ほほ……。その状態で気づかれるのは無理がありますわ」
「本当です。あの日私は評判の飾り文字屋に仕事を依頼しにいったのです。伯母に渡すカードを作ってもらいにです。もちろんその時は本当の飾り文字屋に向かっていると思っていた。しかし馬を進めていると子供の叫び声が聞こえ、目に飛び込んできたのはあなたの勇姿でした。一瞬で本当に一瞬であなたが高貴な人だということはわかった。あなたの放つ王家の気品がそう感じさせたのか、私の王家の血か、または魔力がそう感じさせたのかそれはわかりませんが、この人は王女だ。それはすぐにわかりました」
「エドワード様……」
「妖獣があなたの顔に爪を立てようとした時、私は心臓が止まるかと思った。無我夢中で剣を振るい妖獣を切りました。だが子供は瀕死の状態で…」
「私が回復魔法を使ったのですね」
「そうです。あなたは子供に回復魔法を施した。その時髪色が星の輝きを散りばめた銀色に変化しました。それで、ああ。このお方はやはり王女だった。しかもグリーナの王女だ。3年前に光の王女とされた銀の王女だとわかったのです」
「他国でも3年前のことは噂になっていましたのね」
「大変センセーショナルな事件でした。いまでも生贄を森へ捧げているのかとフロンド国民は貴族も庶民もみな驚愕していた。だが、一番驚き怒ったのは教会です。教会の教えとは真逆ですからね。人を殺す行いですから」
「そうですわね…」
「申し訳ない。あなたのお国のことを悪し様に……。だが、私も回復魔法を施すあなたを見ながら、このような姫を森へ捨てるとは……と、グリーナのことを更に憎みました。あなたはご自分の身体のことを構わずに子供を助けるために全力で魔法をかけ続けていましたね。あなたは本当に勇敢で慈悲深くお優しい方だ。私は初めからあなたを王女とわかったし、初めから……」
「初めから……?」
「いえ、何でもないです。ああ、エリザベス王女が心配そうにこっちを見ていますね。さあ。私たちも昼食をとりましょう」
エスコートするために差し出された手に自分の手を重ねるのを一瞬ヴィクトリアは躊躇した。
エドワードは優しい瞳でこちらを見つめている。
彼の言葉の先を聞きたかった。彼がどんな言葉を飲み込んだのかは多分わかっていた。
しかし、ヴィクトリアはその思いをおくびにも出さずに鷹揚に答えた。
「参りましょう」
二人はチャールズとエリザベスのいるところへと歩いて行った。




