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7 迎えの馬車

 翌々日の午前10時、予定時間ぴったりにウィンストン卿とハノーバー卿の二人は、湖畔の館へやってきた。


「お姉さま。騎士のお二人がいらっしゃいました。お迎えの馬車ですが……飾り文字屋を乗せるには少し華美な感じの馬車です…」


 栗毛の4頭の馬にひかれたその馬車は繊細な植物の彫刻を施した美しい女物馬車だった。上品で華やかな仕立てはいかにも貴婦人の乗り物といった体で、御者が一人、後ろに従者が二人で、中の座席は4人乗りという仕様だ。


「私とハノーバーはすぐ横で騎馬で進みます。御用がありましたら声をかけてください」


 ヴィクトリアとエリザベスの手を取って馬車に乗り込ませると、二人の騎士は騎乗をし、馬車をはさむような位置で、しかし中の二人が圧迫感を感じないような適度に離れた位置で馬の歩を進めた。


「中央教会の院長様のじきじきのご依頼だと素敵な馬車で迎えにくるのですね」


 エリザベスは院長様はすごいわとはしゃいでいたが、ヴィクトリアは先日の突然の院長来訪から今日の扱いに、ある確信を持った。


「エリザベス。院長様は私たちの正体をわかっていらっしゃるわ」

「えっ……。そんな…」

「中央教会の院長様がじきじきに私たちのような小さな商売をしているものに仕事を依頼するのもおかしいし、それに先日のグリーナの話題も唐突だった。今日の騎士の私たちに対する態度も馬車の仕立ても貴婦人に対するそれだったでしょう。間違いないと思うわ」

「お姉さま。今きづかれたの?」

「いいえ。おととい院長様がいらしてすぐにそうなのではと。でも今確信しました」

「なぜ! なぜ教えてくださらなかったの? お姉さま! 私お姉さまとずっとこの生活がしたい!グリーナに送り返されてまた光の王女として捨てられたら……。いえ、二人一緒ならそれもありです! また二人で逃げればいいのですもの! でも、もしばらばらに引き離されたら! 嫌です! いや! 今からでも逃げましょう!」


 エリザベスは姉の手をつかみ走っている馬車から身を乗り出したが、馬上のウィンストン卿と目が合い、すごすごと座席に戻った。


「院長様がいらしたその時から私たちはもう監視対象となっていたのでしょう。逃げるのは無理です。それに中央教会はグリーナの悪しき風習を嫌悪しているはず。私たちをグリーナに送り返すとは思えないわ」


 自分をつかんだエリザベスの手を逆に優しく包み込んでヴィクトリアは続けた。


「きっと中央教会は私たちを悪いようにはしないはず。おとなしく連れていかれましょう」


 エリザベスは目に涙をためながらうなずいた。


 エリザベスと目があってしまったウィンストン卿は馬を馬車の後方につけ、同じように後方に回ったハノーバー卿に話しかけた。


「気づかれたようだ」

「あ~。今妹御が馬車から出ようとしてたもんな。おてんば姫だよなあ。妹ちゃんは」

「俺たちも今日はもうほぼ姫に対する扱いで接していたからな。ここからは、はっきりとそれとして遇するぞ」

「OK」


 ウィンストン卿は馬の腹を蹴り、馬車のすぐ脇に馬をつけた。


「ヴィクトリア王女。エリザベス王女」


 ウィンストン卿は姫たちを尊称で呼んだ。


「馬上から失礼。今から小休止した後、姫様方を警護しながら王城へ向かいます。院長はそちらでお待ちです。騙したようで申し訳ない。ただひとつだけ。教会もフロイデ国も姫様方を必ずお守りいたします。信じていただきたい」


 黒い瞳は誠実な光を帯びながらまっすぐにヴィクトリアを見つめていた。


「信じます。ウィンストン卿」


 王女と呼ばれることに否定をせず、ヴィクトリアは澄んだ青い瞳で騎士を見つめ返した。


 小休止場所で馬車から降りた姉妹は、完全に王女としての扱いを二人の騎士から受けた。


「ヴィクトリア王女殿下。エリザベス王女殿下。ここで1時間ほど休憩していただきますが、その前に私たちの身分も明らかにいたします。私はフロイデ国の第一王子エドワード。こちらはカンタス大公の子息のチャールズ、彼は国王の甥であり、私のいとこです。国王の姉であるガブリエル院長は私たちの伯母にあたります」


 ヴィクトリアは小さく息を飲み、エリザベスは小さく声を上げたがすぐに二人そろって王族に対する深い礼をとった。


「エドワード殿下、カンタス大公ご子息様。それと知らず礼を失したことお許しくださいませ」

「こちらが黙っていたのですからそれはもう。それより私はヴィクトリア王女にもう一つ隠していることがあるのです。どうか額に」

「額に?」

「触れさせてはいただけまいか」


 これにはエリザベスとチャールズがすごい剣幕で呼応した。


「なななななんですって?いくら王太子殿下でもそれはあまりにも無礼な! 私のお姉さまのおでこに触れるなんて許しませんことよ! 触れていいのは私だけです!!!」

「お、お前! なんてこといきなり言うんだ! それじゃ変なやつだぞ? いやオブラードに包んでしまった……。 いやらしいやつ! とにかくかかわりあいたくないやつ! そう思われてるぞ? いきなり女性に額を触らせろなんて! 俺は意図が分かっているが、殿下にちゃんと説明しろ!」

「まあ! 説明しようがしまいが他人の女性のおでこに触る男性は変なやつです! 意図? どんな意図? いやらしい意図ですかっ?!」

「いや、姫。誤解です。こいつはいやらしい王子ではないです。立派なまじめな王子です!」

「まあぁぁ~!!!!まじめなのに、ということは俗にいうむっつりなんとか……」


 苦虫をかみつぶしたような表情でいとこと妹姫の掛け合いを見ていたエドワード王子は


「失礼。姫」


と言うやいなやヴィクトリアの額に人差し指と中指の2本の指を当てて呪文を唱えた。


「レコルダーリ」


 指先からは青白い光が漏れだす。


 その瞬間、ヴィクトリアは妖獣襲撃の時の忘れていた記憶を全て思い出した。


 妖獣を倒したのが誰だったのか、自分に忘却魔法をかけたのが誰だったのかを。



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