5 妹の説教
朝からヴィクトリアはエリザベスの説教を受けていた。
説教……と言うよりは心配するあまりの忠告と言ったほうがいいのだが。
だが、その妹の心からの心配の言葉も今のヴィクトリアの耳には入って来ない。
「……ですのよ。お姉さま、どうかどうかご無理はなさらないで。本当に私心臓が止まるかと……。お姉さま! 聞いていらっしゃるのですか!?」
「あ……。ええ。聞いています。私が倒れているのを見て今度はあなたまで倒れそうになったのよね?」
妹の強い口調に我に返ったヴィクトリアは答えた。
「『あ……。ええ。聞いています』じゃないです! 本当に! 森へ入ったとたんに私の髪が金色に戻ったのですよ! これはお姉さまがかけてくださった魔法が解けた証拠……。お姉さまの魔法が解けるのは回復魔法のような強い魔法を使っている時じゃないですか。私お姉さまがご自分が負った傷を治しているのではと心配で……」
「慌てて馬を走らせて帰ってきたら私が倒れていたというわけね。申し訳なかったわ。でも私はなんともなかったわけだし」
「なななな何ともない!??? まっぷたつになった妖獣と、そのかたわらには血の染まったシャツ着てるのに気持ちよさそうに寝ている少年と、ぶっ倒れてどれだけ呼びかけても目を覚まさないお姉さま! これをなんともないと! ひどいひどい!! 私の気持ちを察してください……」
わんわん泣き出したエリザベスを見てヴィクトリアは心から申し訳なく思った(ぶっ倒れての言葉遣いは後で注意しよう)。ベットから身を起こしているビクトリアの膝の上に妹は顔を突っ伏して泣いている。ヴィクトリアは妹の頭に手をのせ、優しくなでた。
「悪かったわ。心配をかけてごめんなさい。でもね、本当に私自身はどこも怪我をしていないのよ。鍬を持って立ち向かったことまでははっきり思い出せるの。でもその後から今あなたに起こされるまでに何があったのかわからないのよ」
「ひっく、ひっく……。お、お姉さまが妖獣を退治して、ベンに回復魔法をかけたのだと思います。ひっく……。だってベンのシャツは血がたくさんついていたけれど、傷はほとんどなかったのですもの」
「半日私が眠り続けていたということは、多分かなりの大きな傷の回復魔法をベンにほどこしたのでしょう。そこは私もそう思うのよ。回復魔法は体力も気力も使うものだし。でも今まで魔法の疲れで記憶をすっかりなくすという事はなかったの。それがおかしいのです。それに私は戦闘魔法はもっていない。あの妖獣を倒したのが私だなんて信じられないわ。」
「でもお姉さま以外に誰が?」
「わからないわ。助けてくれた人がいたとしてそのままその場を去るかしら……。記憶が戻ればすっきりするのだけれど……。もしかしたら今までかけたことのない強い回復魔法をかけて、その疲れのために記憶が抜けてしまったのかもしれないわね。明日には思い出せるかもしれないわね!」
エリザベスが心配そうな顔をしてこちらを見上げているのに気づき、ヴィクリアは途中から口調も内容も明るくしてみた。
「大丈夫よ。私はどこも具合の悪いところはないのだから。そうそう。ベンはどうしたの?」
「ベンはあのあと両親が迎えに来て一緒に帰っていきました。妖獣は……まだそのままだけれど、今日街の人たちと片付けてくださるそうです。妖獣が出たことに木こりのおじさんも驚いていました。古臭いグリーナじゃあるまいし、このフロンドに出るなんてって。そして妖獣が真っ二つになったのは獣かあるいは妖獣同士が戦ったのじゃないかって……。それもありえますよね」
それはないだろうとヴィクトリアは思った。館の外の妖獣の亡骸がある方面からはあの妖獣以外の獣の残滓がまったく漂ってこなかった。あれほどの妖獣を倒した獣がいたのなら、その獣自身のいた何かが自分には感じ取れるはずだ。それが全く感じられない。妙な感覚なのだが、骸となった妖獣の禍々しい気配の他にそこから感じられるのはどこか清浄で柔らかな美しい気だった。どうしてあの妖獣が倒されたのか、誰がそれをやったのか、そこが気になっていたが、あれだけの妖獣を倒した何かがかなりの力の持ち主で、それでいて清らかな気配をまとっていることにも不思議を感じていた。獣や妖獣でこの気配を出せるわけはない……、きっと人間。そしてこの人間に私は惹かれている。見たこともないのに。男なのか女なのか年齢さえもわかっていない謎の人物に対する自分の想いにヴィクトリアは戸惑っていた。同時にあの妖獣の鳴き声が自分たちが捨てられた森で聞いたグリフィンの鳴き声に酷似していたことも気になる。しかし、このことはエリザベスにはまだ伝えないほうがいいだろう。定かではないのだから。
「そうね…。そうかもしれないわね。さあ! そろそろ起きるわ! 今日は教会の祈祷書の飾り文字にとりかからなければ」
「だ め で す!!!!!」
先ほどまでに姉に労わりの表情を見せていた妹はがんばって精一杯の恐ろしい表情をして見せた。
「お姉さまは寝ていらして! まだまだ教会のお仕事は締め切りまでに日があるじゃありませんか。食堂にいらっしゃるのもだめ。私が朝食をベットにお持ちします」
言葉通りに30分後に朝食を運んできたエリザベスからの「お口あ~ん」攻撃をなんとかかわしたヴィクトリアが妹から床上げを許されたのは翌日の朝だった。




