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4 黒衣の騎士

「お姉さま。粉屋のおじさんに看板のデザインを届けてまいりますね。これが木彫りになったらとても素敵だと思うわ。帰りにはおいしいパンを買ってきます」


 乗馬服姿のエリザベスはそのいでたち故かいつもよりさらにお転婆そうに見える。


「気を付けて。早くに帰っていらっしゃい」


 馬上のエリザベスを眩しく見あげながらヴィクトリアは優しく声をかけた。


 エリザベスを見送ったあと、ヴィクトリアは部屋の片づけをはじめた。


 「ばあやが教えてくれたことが役にたっているわ」


 王女だと到底自身ではしないような身の回りのこともヴィクトリアは、まあなんとかこなすことができた。


 グリーナの国王は3名まで妃を娶ることができる。

第一夫人は第一王妃となり、続いて第二夫人、第三夫人と言う序列だ。

では二人目以下は側室なのかというと、そうではなく、こちらも第二王妃、第三王妃と尊称される。

王妃同士は小さな序列はあるが、身分はほぼ対等。王妃たちの出自もそれぞれ友好国の王女や国内の大貴族の令嬢という立派なものだった。

 ヴィクトリアの母はグリーナのオーブリー大公家の三女だった。そこから第二王妃として宮殿に入り、ヴィクトリアが3歳の時に病で亡くなったのだ。


 3歳で母を失ったヴィクトリアは宮殿の東側にある古い塔に居を移された。教育だけはその後も父王から完璧に受けさせられていたが、塔にはばあやと二人きりで、身の回りのことはそのばあや一人が世話をするというおよそ王女とは思えない扱いを受けてきた。愛情深く育ててくれたばあやはヴィクトリアが10歳の時から『本来ならお姫様としてやらなくてもよいことですが…。ヴィクトリア様には必要』と、涙ながらに宣言し、家事を教え始めたのだ。そのばあやはヴィクトリアが13歳の時に亡くなっている。そこから18になるまではヴィクリアは塔で一人で生活していた。宮殿に行くのは勉強の時だけで、城の一角にある学習室に出向いて各教師から授業を受けていたのである。だが、ある意味心配性のばあやが亡くなってからはヴィクトリアの行動範囲は広くもなっていった。父からの無関心が功を奏して、乗馬でこっそりと城壁外へ出かけることもあったのだ。浅いながらも市中の様子、庶民の暮らしを見聞していたことが、森に捨てられてからのその後の生活に役に立っていた。

 一方エリザベスは塔と反対側の西の小さな館に母である第三夫人と住んでいたが、5歳の時に母を失ってからは、その館で複数の使用人たちと暮らしていた。父王から無視されているのは二人とも同じだったが、かたや朽ち果てそうな東塔での一人での生活、かたや瀟洒な西館で使用人に囲まれての生活と二人の暮らしぶりはかなりの差があった。その采配をしていたのは第一王妃だ。


「父からは二人とも無視。でも王妃からの憎しみは特に私に向けられていた。それはいったいなんなのか……。第二夫人の母と確執があったのか……、それとも私自身を憎む何かがあるのか……。いずれにせよエリザベスは私のために巻き添えになって光の王女になった気がしてならない。あの子をかならず幸せにしなければ」


 二人で光の王女に選ばれたその日から、ヴィクトリアの思いはそれ一つだ。

それにしても、どれだけこの妹がこの湖畔での生活に難儀するかそれが気がかりであったのにその懸念に反してエリザベスはいつも元気いっぱいで楽しそうに見える。


「あの子はこの生活を心から楽しんでいるようにも見えるけれど……、辛いのではないかしら。私の役に立とうと慣れない家事も仕事の手伝いも本当にがんばって……」


 健気な妹を思うと、いつかあの子をそれなりの殿方のもとへ嫁がせ、幸せにさせねばとヴィクリアはいっそう強く願うのだった。


あらかた部屋の片づけが終わると次は昼食の準備だ。


「今日は私の焼いた固いパンじゃなくて街のおいしいパンがお昼ね。卵をゆでて、畑でとれたルッコラも用意しましょう」


妹との昼食を楽しみに思っている時に


「トーリアさまぁ~。エリーさまぁ~」


と表からかわいらしい男の子の声がした。木こり夫婦の10歳になる子供、ベンだろう。一人では森の中を歩き回ってはいけないと親からも注意を受けている筈なのに最近よくこの湖畔の館にやってくる。明るく活発なエリザベスが少年とよく遊んであげているので、ここはベンのお気に入りの場所になりつつあるようだ。ヴィクトリアも「迷ったら大変ですよ」と再三注意をしていたのだが、なかなか言う事をきいてはくれない。

呼びかける声に答えようとヴィクトリアが表に出ようとしたとき


「きゃあああああああ!!!!」


甲高い叫び声が聞こえた。


 ドアを開けて目に飛び込んできたのは大きな翼をもつ妖獣に襲われているベンだ。


「トーリア様!助けてぇぇ!!!」


(こんなところに妖獣が?! フロンドにはいないはずなのに!)


「ベン! ベン!! 身体を丸めて!」


トーリアは叫びながら畑用の鍬を持ち妖獣に立ち向かった。


「その子をお放し!」


 鍬が翼の一部をかすめると妖獣は低く長くいなないた。


「これは…グリフィン…?森に捨てられたときに聞いたあのグリフィンの鳴き声…?」


 驚いて一瞬手が止まったヴィクトリアの顔面に鋭い爪がせまる。


 (しまった!)


鍬を捨て顔を覆ったヴィクトリアが衝撃にそなえると、


「ぎぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 獣の断末魔のような声が聞こえた。

恐る恐る目を覆った手を広げると、そこには真っ二つになった妖獣の死体が転がっている。

その傍らには、血のりのついた剣を持った黒衣の騎士が立っていた。


「おい! しっかりしろ!」


 騎士は倒れた子供に駆け寄るとその子を抱き起した。

子供の腹部分の大きな引き裂かれた傷からは血がどくどくとあふれ出している。


「ああ…」


 絶望的な声を上げる騎士に、ヴィクトリアが青ざめた表情で


「どうかその子の頭を抱えて…ええ、お膝に頭をのせてくださいまし。そしてどうか今からのことは

誰にもお話にならないで…」

と話した。


 ヴィクトリアの手が子供の血まみれの腹にのせられると、その手からはあたたかな光が漏れだした。

同時にヴィクトリアの髪が星をちりばめた銀髪に変わる。ヴィクトリアの手からは絶え間なく光が放出され、子供の息遣いはだんだん穏やかになっていった。衣服は血まみれだが、手の下の傷はどんどんふさがってきている。


「あなたは……魔法を?」


 騎士の声が聞こえないほどに集中したヴィクトリアはただただ目をつむり手に意識を集中させている。

そうしているうちに子供の頬は土気色からバラ色に変化していった。

その代わりにヴィクトリアの顔は青ざめて身体が揺れていく。


「だめだ!もうやめなさい!」


 騎士がヴィクトリアの手を子どもの身体から払うとヴィクトリアの身体は大きく揺れ、倒れてきたところを騎士に受け止められた。意識を失ったヴィクトリアの頬は青ざめてはいたが、呼吸は規則正しく、倒れたというよりぐっすり眠っているように見える。

子供の腹の傷はうっすらとひっかき傷ができている程度だ。


「回復魔法か…」


もたれかかってきたヴィクトリアの髪色は先程までの銀から栗色へと変化している。



「さて、どうしたものか……」


 騎士は膝に子供、腕に乙女を抱きながら思案していたが、「うん」と小さくうなずいた後、ヴィクトリアの額に二本の指を当てた。


「オブリーヴィオ」


 低い声で唱えると騎士の指先からは青白い光が放たれた。


「これで私に会ったことは忘れますよ。秘密を知られた……と心配しながら過ごさなくてもすむ」


その時遠くから馬の走ってくる音と若い娘の声が騎士に聞こえてきた。


「お姉さま! お姉さま!! 私の髪色が金に! 回復魔法を使われたのですか!!?」


「妹御が来られたようだ。ではまた……。次回は初めましてになりますが、きっとまいりますよ。姫」


 騎士はヴィクトリアと少年をそっと草むらに横たえると、エリザベスのやってくる方向を避けて森の奥へと馬を走らせた。







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― 新着の感想 ―
待望の騎士さん登場(°▽°) どんどん面白くなって、ますます続きが楽しみです!!
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