3 二人の秘密
「トーリアお姉さま! 先ほど粉屋のおじさんとおかみさんが、私たちのことを『レイトン国の大貴族の娘さんたちに違いない!』って思っていたわ!」
バタンとドアが開くや否や、外から帰ってきたエリーが飾り文字を書いているトーリアに向かって叫んだ。
「思っていたって……。また心を読んだのね。その魔法はあまり使わない方がいいと言ったではないですか」
トーリアは文字を書く手元から顔を上げて、息を切らしている妹を穏やかに諭した。
「私だって読むつもりはなかったの。でも文字見本を渡す時につまずいてしまったのです。おじさんとおかみさんが転んだ私の手を取って立たせてくれて……。そうしたら先方の気持ちが読めてしまったの」
「まあ。転んだ女の子が大貴族の令嬢と思われるなんて、あなたはよほど優雅な転び方をしたのね」
ふふと微笑みながらトーリアは妹へ「こちらへいらっしゃい」とうながした。
「手にけがをしているわ」
トーリアは妹の傷ついた手のひらを自分の手で包み「サナ」とつぶやいた。
すると驚くべきことにトーリア自身の髪の毛が栗色から星を散りばめたような銀髪に変化した。エリーの髪の毛も栗色から金色に変化し、輝いている。妹の傷めた手を優しく包んでいる姉の両の掌からは穏やかな優しい光がぼうと漏れだした。
「ヴィクトリアお姉さま、お綺麗だわ……。やはり栗色より元の銀髪が素敵です。隠れるためとはいえ、もったいないわ。私みんなにお姉さまのきれいな御髪を自慢したい!」
「トーリアお姉さまとお呼びなさい。私の銀髪とエリザベスの金髪はとても目立つもの。もういっそのこと永遠に栗色のままでいたいのだけれど……。でも魔法を使うときは髪色がもどってしまうわね」
「ふふっ! お姉さまだってうっかりですわよ! 私のことはエリーでしょう? ええ、ええ。そうですわね。私たちの髪は普通の金色と銀色ではなくてグリーナ王家特有の星の輝きを持った髪色ですものね……。もう光の王女なんて言われて森へ捨てられるなんてまっぴらです。髪色は栗色で我慢します。それに私はお姉さまが何か魔法をかける時に、ゆっくりお姉さまのキラキラの銀の御髪をながめられるもの! あ……。ごめんなさい。先ほどの続きなのですけれど。転んで粉屋夫婦に手助けされた時にとても心配されて、私つい『大事ない』と言ってしまったのです。あぁ、なんて尊大な言葉を……。いそいで『大事ない…………ぬ、だ、大事な犬は可愛いですわね~』とごまかしたのですけれど、どうでしょうか……?ごまかせたでしょうか……?大丈夫でしょうか」
真剣な面持ちの妹を見てヴィクトリアはたまらず吹き出した。
「その一言だけで思われたのではないですよ。きっとあなただけでなく以前から私も言動から貴族の娘と思われているのでしょう。ただの亡命貴族と思われているのならそれでよしです。よもやグリーナの王女とは誰も思っていないだろうから心配しないで。でもお互い言動には注意しましょうね」
トーリアが手を離すとエリーの手のひらの傷はすっかり消え、二人の髪色は栗色にもどった。
あの雪の森の日から3年。
ヴィクトリアとエリザベスの両王女はお互いをトーリアとエリーという名で呼び合い、フロンド国で生活していた。
街中で暮らせるほど二人は世間慣れしていなかったのと、人目をはばからねばならなかったので住居は街から馬車で1時間ほどかかる湖沼地帯の古びた館を買った。実はこの館は今はもう没落して離散したヴィクトリアの母方の実家の別荘だったものだ。
ヴィクトリアはグリーナから実母の金や貴石の装身具を持ち出していたが、それを売り払って館を買うと、もう金銭はあまり残らなかった。
館に住んだ直後から、二人の最大の懸案事項は今後どう暮らしていけばいいか……ということになった。第一王妃に煙たがられて憎まれて、それに父王からも愛情を受けなかった二人であったが、学問、ダンス、刺繍、礼儀作法法など、王女としての教育だけは十分に受けていた。これらを町の若い娘たちに教えようかと姉妹で相談しあったこともあったが、それだと目立ってしかたがないし、おしゃべり好きな娘たちにしょっちゅう会わねばばならないと気づきそれは断念。
エリザベスは二人の魔法でできそうなことを商売にできないか紙に書いて姉に見せてみたりもした。
※ヴィクトリアお姉さまのできること
怪我や病気をたちどころに治す医師(回復魔法)
物体を別のものに変える手品師(変換魔法)
心を軽くするお手伝い、ヒーリングカウンセラー(癒し魔法)
※エリザベスのできること
あなたの心はお見通し!思ってることをズバリ言い当てる不思議少女!(心読魔法)
だめだ。目立つ。ものすごく目立つ。案の定ヴィクトリアは妹の書いたその紙を読んで首を振った。
「そもそも魔法を使えるのはどの国でも王族クラスの上位貴族の特性なのよ。しかもグリーナ以外の国では魔法使いは昨今はあまり出現していないのです。私たちが魔法を使うことは絶対に隠さねばならないわ」
そうこうして考えあぐねていたある日、ヴィクトリアの目に備え付けの本棚においてあった古い教典本が飛び込んできた。その本の背表紙には華麗で古風な文字が書かれている。それはレギウス文字という古式ゆかしい古典文字だった。
これだ!これなら得意分野だ。
ヴィクリアは二人の生きる術をようやく見つけ出した。
ヴィクトリアは5歳の時からレギウス文字を隣国のドナ国の教師から習っていた。
外国嫌いのグリーナ国王もその授業だけはわざわざ他国からその道の第一任者を招き、ヴィクトリアにつけたのだ。その教師は近隣の他の王女や、大貴族の奥方も生徒にしていたが、ヴィクトリアが1番筋がいいとほめ、教養としての授業が終わったあとも勉強を続けるように勧めてきた。父王はヴィクトリアに対する愛情がまったくなかったが、政治のコマにするための娘の商品価値を上げることに関しては積極的でそのまま勉強を続けさせた。ヴィクトリアは12歳の時にはレギウス文字の教師からもう教えることは何もないとまで言われるほどの知識、技術を得ていたのだ。
「お父様が将来私を政治のコマにするために授けた教育がこんなところで役に立つなんて」
娘を政略結婚させるために父から授けられた教育がここで役にたつことを、ヴィクリアは喜んだ。
「まったく愛情をかけられなかったけれど、これだけは感謝ね」
その日からヴィクトリアはどこを回ったらいいのか営業先を探った。
「まずはやはりここね」
ヴィクリアはフロンド国の中心街にある教会を訪ね、聖歌集がかなりくたびれていることを確認した。
「私はレギウス文字を書くことができます。聖歌集の補修をされる時は美麗なレギウス文字で表紙を飾りませんか?」
まずは1冊任せられ、とてもよい出来だったことから僧たちの10冊の表紙の文字ををまかせられた。
そこからはとんとん拍子で仕事が舞い込む。他の教会からも市民からも次々と注文が入った。
「少し流行りすぎたかしら……」と姉妹が不安になることもあったが、まさか死んだはずの光の王女がこんな商売をしているとは誰も思ってもいないだろうし、そもそもグリーナとフロンドは国交がないので大丈夫と楽観的に考えていた。
グリーナのヴィクトリア王女とエリザベス王女はフロンド国に亡命してきたどこかの大貴族のお嬢さんと思われながら湖畔の屋敷で飾り文字屋を営んでいる。
あの雪の日から3年。二人は21歳と18歳の乙女になっていた。




