23 グリーナ国王夫妻
通商会議の1日前。
その夕方までには6か国の国王やその配偶者、あるいは王族がフロイデ国入りをしていた。
もちろんその中にはグリーナ王国の王と王妃もおり、加えて王太子でもあるヘンリーも同行している。
各国王は広間でフロイデ国王に出迎えを受けたのち、本日のところは客間にて休みを取り、明日の会議に臨む段取りだった。
しかし、最後にフロイデ入りしたグリーナ国王夫妻は違った。
フロイデ国王からの慇懃な挨拶を受けるや否や光の王女の話題を持ち出してきたのだ。
「我が国の王女であったヴィクトリアとエリザベスが貴国で世話になっているそうだが二人を返していただきたい」と。
国王が従者に目くばせをすると、広間にはフロイデ国、東西の大公夫妻、エドワード王子、チャールズが入ってきた。
「ほう……。黒衣の方は見たところ王子であらせられますね。勇猛果敢なことで名を馳せているエドワード王子……。私たちはヴィクトリアとエリザベスを返せと言っているのです。王家の方々の紹介よりもそちらが先です」
グリーナ王妃は忌々し気にエドワードを睨んだ。
「私の婚約者を返すわけにはいかない。ヴィクトリア王女はもうすでに1年前よりフロイデ国、東の大公家の孫となっており、今では私の婚約者、いずれ未来のフロイデ国王妃となる人だ。同様にエリザベス王女も現在東の大公家の孫で、将来は西の大公家の大公妃になる。二人はもうすでにこのフロイデ王国の王家の一族に列せられた。グリーナに返すいわれはない」
エドワードは低く静かな声で、しかしはっきりとグリーナ王妃に告げた。
「な……、何を勝手なっ! 自国の姫をさらわれて黙っている王家がありましょうや! ここに! ここに姫たちを呼んでみせなさい! あの子たちはきっとグリーナへ戻ると申すはず」
真っ赤になりながらグリーナ王妃エレナは叫んだ。
「いいでしょう。レディヴィクトリアとレディエリザベスをこの部屋にお連れもうせ」
エドワードに命じられた家令はしばらくすると
「レディヴィクトリア、レディエリザベスのおなりです」
と高らかに叫んだ。
現れたヴィクトリアは水色の柔らかな色合いのドレスを身にまとい、腰まである氷の輝きの銀髪をかすかに揺らしながら入ってきた。その表情は穏やかで気品に満ち溢れている。エリザベスは若草色のドレスで星の輝きの金髪をきらめかせ、にこにこと笑っていた。
王妃は二人を見るとつかつかとそちらへ歩み寄った。
「この不埒者!!!」
エレナが持っていた扇で力いっぱいヴィクトリアの頬を張ろうとしたそとしたその瞬間、エドワードがエレナの手首をつかんでひねり上げた。
「何をするの!! 放しなさい! 無礼者!」
「無礼はどちらだ。他国の王家の者に手を上げるとは」
エドワードがひねり上げた手を離すと王妃は勢い余ってよろけたが、後ろにいた夫に支えられ、なんとか転ばずに済んだ。
「この者はグリーナの姫です!! しかもただの姫ではない! 光の王女として森へ捧げられた者だ! グリーナ国の災厄を回避する尊いお役目から逃げていたとはなんたる恥ずべき事!」
「エレナ様。私は無駄な役目を負う気はないのです」
微笑みながらヴィクトリアがエレナに言う。
「私とエリザベスが森へ捨てられてから4年。私たちは捨てられたその夜に森から脱出いたしました。いかがでしたか? 生贄が逃げたことで大災厄はグリーナに起こりましたか? 地震は? 日照りは? 大雨は? 火山はどうです? 私は知っています。グリーナには何も起こらなかったことを」
「そ、そんなことはない! もうすぐ災厄が起こるのです。だから私たちはまた光の王女を立てた。そう! そうよ! 町に住む7歳の鍛冶屋の娘が選ばれたのよ。お前はそれでいいの?お前たちが逃げたから無垢な7歳の子が死ぬのです」
そこでエドワードが二人の会話に割ってきた。
「死ぬ?永遠の命を賜るのでは?」
「え?」
「グリーナからの中央教会への言い分としてはこれは人殺しではない、光の王女は森で生き続けるとのことだったが、言った王家が実はそれを信じてはいなかったわけか。どう教会に申し開きをする?光の王女の儀式は人殺しの儀式だと認めるのか?」
「そ、そんなこと。フロイデ国の王子になんの関りがある! 内政干渉だ! グリーナの国内の神事を他国の王子がとやかくいう資格はない!」
「言っていなかったか。いま私は王子としてではなく、教会の人間として話している。私は神の森の国々が信仰するデイ・フォルストス教の統括中央教会の長官だ。前々からグリーナの悪しき儀式は問題になっていたが、ここ30年あまりなかったので油断していた。それが4年前に復活、さらには今年もそれを執り行うという。ここにきての連続の儀式の復活に、教会はグリーナ国丸ごとの破門も考えたが、それでは民たちが立ち行かぬだろう。デイ・フォルストス教が心の支えになっている国民がほとんどだろうからな。それに国ごと破門されれば教会経由の民へのお救い麦もストップする。そこでだ。どうだろう。グリーナ国王、あなたたち二人だけを破門しようと思うが。それでついでに退位をしてみては」
「な、なにを……っ!」
グリーナ国王は口をパクパクさせている。
「退位だよ。あなたが退位すればグリーナ国におけるデイ・フォルストス教の教義も大らかで緩やかな本来のものに戻せる。光の王女におびえる姫も庶民もいなくなる。通商会議で各国と貿易をしたいのだろう? 援助も頼みたい? しかしどうかな。教会から破門された王がいる国と交易する国はないだろうな」
「お、お前! それでグリーナをフロイデ傘下に入れようというのか! 大国の横暴だ! そんなことが許されてなるものか……!」
「くどいようだが私は中央教会の長官として話しているんだよ。フロイデは関係ない。陛下、いかがです。グリーナをフロイデ傘下になどと考えていらっしゃるのですか?」
エドワードは父王マキシミリアンに話をふった。
「教会庁長官殿。滅相もない。他国に介入するなどありえないことです。デイ・フォルストス教の神々がお許しになるはずがありません」
フロイデ国王はおどけたような口調で息子である教会庁長官に朗らかに答えた。
「それに1年かけて長官殿がお調べになった通り、グリーナ国には聡明なヘンリー王太子がおられるはず。フロイデ国の出る幕などありません」
「ばっ!ばかなっ!ヘンリーはまだ21だ。あれに国を治める力はない! ヘンリーだって承知しない!」
「父上」
その時涼やかな張りのある声が広間に響いた。
「ヘンリー……」
入ってきたのはグリーナ国、王太子のヘンリーだった。
またもや口をパクパクさせている父王の前を通り過ぎ、ヘンリーはエドワードの前に進んで跪いた。
「長官殿。グリーナ国内での議会の承認を得てまいりました。たったいまから私がグリーナ国の国王となります」
王妃はヘンリーのそばに駆け寄った。
「ああ。嘘でしょう? かわいいヘンリー。お母さまを裏切るの?」
「裏切るも何も。私はあなた方が遊興にふけり、国政をないがしろにしてきたことをいつも注意していたではありませんか。姉上たちが森へ捨てられるときも、幼い娘が生贄にされそうになる時も、国民が飢えている時も、汚職に気づいた時も、いつもいつも警告した。自業自得です。もう1年前からこの件は中央教会に相談申し上げてきた。もうあなたたちは終わりです」
「グリーナの議会の承認も得、たったいまからグリーナ国ヘンリー国王がお立ちになった。衛兵」
フロイデ国王が衛兵を呼んだ。
「グリーナ前国王ご夫妻をお部屋へお連れ申せ。もちろん王族のお泊りになる客間へだ。しかし兵の見張りをつけ、部屋からは一歩もお出にならぬように見張れ」
前グリーナ国王夫妻は衛兵に促され引っ張られるように広間から出ていった。
「姉上……。エリザベス…」
「ヘンリー」
「ヘンリーお兄様」
先ほどまで大人びた態度だった新国王ヘンリーは涙でくしゃくしゃになった笑顔で姉と妹を抱擁した。
「生きてくださっていてよかった……」
「あなたも……随分と立派になられて」
「ヘンリーお兄様! とてもかっこよかったです!」
「お前は今日もかわいらしいよ」
3人姉弟の涙の再開に広間は一気に喜びに包まれた。




