22 銀の約束と黒の誓い
ノックの音と同時の婚約者の声にヴィクトリアは返事をした。
「どうぞお入りになって」
ヴィクトリアはもう式典用のドレスから平時のドレスに着替えを済ませていて、入ってきた王子に花のような笑顔を見せた。
「エドワード様。まだご立派な式典の軍服ですのね。金糸の入った黒衣が本当によくお似合いです。少し眺めさせていただきたいです…」
「あなたはどんな衣服でも変わらず美しいよ」
「まあ。嬉しいお言葉」
鈴を転がすような声でヴィクトリアは笑った。
だが、エドワードが固い表情のままだ。
「私にお話ししたいことがおありなのでしょう。どうぞおっしゃって」
ヴィクトリアは優しく微笑んだ。
「グリーナから間者が来ていた。今頃はグリーナ国王に貴女とエリザベスが生きていることを伝えているころだろう」
「ええ。それは想定内ですわね」
「そやつはあなたのことを『生きていては困る方。必ず死なねばならぬ方』と。一か月後の通商会議には必ずあなたの父でありながらあなたを無視し続けた王とあなたを虐げた王妃がやってくるだろう。そして、あなたをグリーナに返せと言われる。またはそれ以前にあなたの命を奪いにくるかもしれない」
「それも想定内です。でも私安心しておりますの。あなたがいらっしゃるから」
「私はあなたに隠していたことがある。どうか聞いてほしい。そして私に約束をさせてほしいんだ」
エドワードはすうと息を浅く吸い込んでから話し始めた。
「中央教会は私が我を忘れるのを恐れている」
「エドワード様……?」
「私は自然干渉できるから大魔法使いだといわれていると前に話したよね」
「ええ。私の国でも自然干渉できる方はそう呼ばれています」
「その大魔法使いの中でも膨大な魔力を持つものがいる……。アンタッチャブルと言われる大魔法使いだ。アンタッチャブルは力が制御できないんだ。怒りや悲しみなど、負の感情が飽和状態になると、その魔力が外に溢れだし、文字通り誰にも手の付けられない状態になる。そしてその者は大災厄を引き起こすこともあるといわれている」
「大災厄を……?」
「うん。私は幼少の時から花を満開にさせたり、日照りの時に雨を降らせたりすることができた。魔法省も中央教会も注意深く私を調べて、自然干渉ができるこの王子は大魔法使いだと公式に登録をしていた。大魔法使いと認定された者が次に調べられることはアンタッチャブルであるかどうかだ。自分で言うのもなんだが、私は子供の時から穏やかでね。教会側はこの王子は怒りを暴発させるまでのアンタッチャブルではないと私が12の時に決定づけた。その後も何事もなく育ったんだがね……。9年前の16歳の時に事は起こった」
エドワードはまた小さく息を吸い込んだ。
「他国からの野盗がフロイデの村を襲った時があった。私はその時に新米の騎士団員としてチャールズと村に出張ったんだ。ひどいありさまだった。男も女も老いも若きも殺されていた。だが子供たちがいない。私たちは野盗の後を追った。ようやく追いついた山中では子供の選別が行われていた。丈夫そうな子供、美しい子は右へ。弱そうな子、幼すぎる子たちは左へ。そして左に集められた子たちは剣を振り下ろされるとこだったんだ……!」
エドワードの声は震えながらも次第に大きくなっていった。
「私は夢中で剣を振るったよ。盗賊を次から次へと斬った。子供たちを傷つけられる前にチャールズと二人で盗賊を倒したんだ。でもね……。そのあと俺の……俺の怒りは収まらなかった! 子供たちに優しい言葉をかけて安心させてやるのが大人の務めだ。でも俺は……! そのあと怒りが制御できずに魔力で嵐を呼び、雷を落とし、大岩を割ったんだよ。割ったところで我に返った。木の陰にいた子供たちは無事だったが、あたり一面は焼け野原だ。子供たちはおれが嵐や雷を呼んだとは思っていなくて俺に礼を言ってすがってきたよ。でも俺は知ってる。チャールズも知ってる。俺が怒りを制御できないアンタッチャブルなんだってことを。嵐で子供たちを危険に晒したことを」
「エドワード様」
「それから教会と魔法省に事実を報告し、徹底的に検査や実験をした。結果、今回は偶然そうなっただけのこと、アンタッチャブルではないと結論づけられた。実際そういう力の制御ができないアンタッチャブルの大魔法使いはしょっちゅう事件を起こして10歳前に自滅してしまうことがほとんどだってことでね。私がその後、戦に何度も出ていてもこのような怒りを制御できないことがなかったことも判断の一つだった。もうこんなことは起こらないだろう、というふうに教会から判断されたよ。しかし見張られることもかねてか中央教会長官の職を拝命し魔法省からは万が一のための短剣を賜った。これは暴走した魔法を無力化させる魔剣なんだ。そして魔力を無力化させられた大魔法使いは死ぬ」
「エドワード様!」
「大災厄を起こしたら何万もの人死にがでる。もし私の魔力が暴走したらそれは当然使われるものだ。
そこはいい。16歳の時からそれは理解している。保険を得てかえって安心して眠れるぐらいだった。でもね。でもいま私にはあなたがいる」
エドワードはひたとヴィクトリアを見つめた。
「あなたという人がいる。私はあなたを遺して死にたくはない。もちろんあなたの危機に激昂するあまり、大災厄を引き起こして国民の命を奪うなんてことは論外だ。だから誓おうと思う。私はどんなに怒っても悲しんでも力を暴走させないと誓うよ。あなたのこの美しい星の銀の髪に誓う。我を忘れず、自我を保ち、あらゆる事に臨むとね。あなたも決して自己犠牲を選ばないと…あの時のバラ園の約束を私にもう一度約束して?」
泣きながらヴィクトリアはエドワードの胸に飛び込んだ。
「私はあなたのお優しい黒い瞳に約束いたします。私は自分を犠牲にしない。必ず生きます」
「ふたりの誓いと約束は絶対だよ。そして二人で幸せな王国を築こう。国民と共に幸せな二人になろう」
エドワードはヴィクトリアに愛の言葉をささやきながら優しく抱きしめた。
来月は通商会議だ。
グリーナの国王夫妻もやってくる




