2 評判の飾り文字屋
フロンド王国は神の森七か国の中で、最大の国土を持つ、豊かで革新的な国である。
北隣のグリーナ王国が旧式なガチガチな貴族主体の体制をとっていることもあって、フロンド王国の王政でありながらの進歩的な国政や経済政策は一層際立っていた。
フロンドの現王のマクシミリアンは施政30年の壮年の王だ。人々からは慈愛王と慕われている。国王は身分にかかわらず5歳から15歳までの子どもたちの教育を義務化していた。それ以上の教育を望むものには誰であっても王立大学に入ることができたし、その後の進路も本人の努力次第で自由だった。結果、優れた人材が国家の政治機関や基幹産業、学術機関に多く在籍することになる。優秀な人材により、フロンド王国の技術力は優れ、国力は上がり、経済も回った。さらに、温暖な気候と、肥沃で広大な平野を持つことで、農業も盛んだ。良質な穀物は鎖国じみたことをしているグリーナ王国は除いて、近隣各国にも輸出され、国庫を潤している。フロンド王国の国民は貴族だけでなく、平民も豊かで文化的な生活を送っているのである。
そのフロンド王国に3年前から一風変わった商売をする姉妹があらわれた。
「飾り文字屋」だという。具体的には優美で壮麗なレギウス装飾文字で客からの依頼通りの文字を書くことを商売としているのだ。レギウス装飾文字は今はもう死語となっているミラン語を基にした飾り文字で200年ほど前まではミラン語と共に教会の式典、公式文書の表紙や見出しなどには使われていた。だが華麗で美しいその文字も時代と共に使われなくなっていく。もともと王族や高位の僧、上位貴族が特別な時にしか使っていなかったミラン語が死語になるのは当然で、その派生であるレギウス装飾文字が廃れていったのも当たり前であった。しかし、過去の芸術作品や古文書で今でも目にすることのできるそれの美しさはいまだに人々の心を動かしていたし、少なくともその文章の意味がわからなくとも、文字を見れば「これはレギウス文字だ」またはそう断言できずとも「レギウス文字っぽい」など、そういう識別は教育を受けているフロンド国民にはできた。過去の文字ではあるが美麗な装飾文字はフロンド国の上級階級では簡易な単語は読めることは教養の一部であり、庶民にとっても憧れの文化なのだ。
そこに若く美しい姉妹がレギウス文字による「飾り文字屋」を始めたのだ。店はたちまち評判になった。
ある若い貴公子は恋人へ送る愛にあふれたカードにこの文字を所望し、大商人の若夫婦は初めての子供が健やかに育つ祈りの言葉をこの飾り文字で書いてもらいたがった。
貴族の娘たちは友人同士の手紙にこの文字で書いたカードを添えるのが流行ったし、老夫人は愛する夫の墓前に捧げる詩編をレギウス文字でと依頼した。
織物や彫刻にこの文字を入れたがる商人は、その商品に入れる文字の変換、位置、配列のデザインを注文した。
この店を経営する姉妹は3年前の雪の日に湖畔の近くの古い屋敷にやってきた。その屋敷は10年は無人であったが小さいながら昔は貴族の別荘として使われていたものだ。管理者が10年ぶりに売れた言っていたが、越してきたのは若い娘二人だったので町のおかみさん連中はいろいろ噂したものだ。
「東国の亡国の貴族令嬢だったんじゃないかな。言葉遣いや振舞いをみても、まあかなり良いところのお嬢さんに見えるよね」
「あ~。じゃあ、レイトン王国だよね。あそこは革命があって貴族は散り散りだもんね。若い娘二人ってことは親族もみんな死んじまったのかな」
「可哀そうにねえ……。あんな古びた小さな屋敷で若い娘が……。あたしゃ食べ物をとどけてやろうかな」
「それにしてもお綺麗なお嬢さん方だよね。姉君のほうはクールビューティーっていうのかな。あの湖みたいな青い瞳に見つめられたら吸い込まれそう。妹ちゃんはバラ色のほっぺとくりんとした緑の瞳がすごくかわいらしいよね」
「二人とも【栗色の】髪の毛がつややかで。言葉遣いも動作もなんか優美ってかんじ」
「今後の生活はどうするのかね……。心配だね……」
他人のことを心から心配できるのはこの国の国民性と生活の余裕からくるものであろう。
その心配をされているうちに、二人はその湖畔の屋敷で「飾り文字屋」を開業したのだ。
「飾り文字屋」を営む姉の名はトーリア、妹の名をエリーといった。
本日から毎日1~2話ずつ更新いたします。全29話の中編になる予定です。
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