14 二人は一緒
「おじい様、おばあ様。グリーナの潜入任務を完了いたしました」
エドワードは父王の叔父、叔母にあたる大公夫婦に丁寧に礼をとった。
「おお。王子。ご苦労だったな。私のところにも陛下からさきほど書簡がきたよ…」
「では、もう」
「うん。陛下の誕生祝のバルコニーお出ましの時…だな」
「はい。グリーナの外務省の者がその祝いに来ることをつかみました。その者がヴィクトリアの正体、生存を国に知らせることになるでしょう」
「本来なら……王子とヴィクトリアの婚約を発表するお目出たい日となるはずなのだけれど…」
大公妃ソフィアは涙ぐんだ。
「おばあ様。お辛い思いをさせ、申し訳ございません。ただどうか私をお信じください。ヴィクトリアとエリザベスの身の安全はお約束いたします。必ずあなた方の大切な孫を守ります」
「エドワード、頼みますよ……。一年後には世界一幸せな王太子夫妻の姿を見せておくれ…」
我慢できずに泣き崩れるソフィアの両手を取り、
「必ず…必ず。おばあ様」
とエドワードは約束した。
大公夫婦のいる居間を後にして、エドワードは読書室へと向かった。ヴィクトリアとエリザベスは就寝前、読書室でフロイデの歴史や文化を自習しているのが日課だからだ。
読書室の前までやってきたエドワードがドアをたたくのを躊躇しているとすると、内側からそのドアが開いた。
「エドワード様。いらっしゃいませ」
慈愛の笑みを浮かべたヴィクトリアを見て、エドワードはもうこの恋人は知っているのだなと確信した。
「私の弱い心を察して開けてくださった」
「あなたの心が乱れているのを感じましたの。決まりましたのね。発表する日が」
「ええ」
「おいでになって。心を軽くする魔法をかけてさしあげます」
「いえ。このままで。ありのままの気持ちであなたとこの先の困難を乗り越えたい。1週間後の国王生誕祝賀行事の日に決定です。グリーナの外務省の者が来訪の予定なので、その者にあなた方の生存を見せつけます。エリザベス。あなたはどうです?お姉さまとあなたはフロイデと教会が必ずお守りいたしますよ。どうか安心してその日をお迎えください」
エドワードは姉の傍に控えていた妹王女にも労わりの声をかけた。
「お優しいエドワード様。私ちっとも怖いことはありませんの。だってお姉さまと一緒なのですもの。4年前に森に捨てられた時だって全然怖くありませんでしたのよ。ねえ。お姉さま覚えていらっしゃる?あの森へ行くときの馬車の中で私が泣いていたことを」
「ええ。覚えていますとも。あなたは泣いて泣いて…。私はこっそり癒し魔法をかけていたのだけれど、効かなくて…15歳のあなたがどんなに怖かったかと…」
その時のことを思い出すとヴィクトリアは切なさと申し訳なさで胸がいっぱいになる。15歳の妹に優しい言葉をかけたら泣き崩れてしまって森からの脱出が困難になるかもと、あえて「ここで死ぬのか、一緒に行くのか」と冷たく選択をせまった自分…。
「違います。お姉さまぜんぜんわかっていらっしゃらない。あれはうれし泣きです」
「え」
「お姉さまと一緒に馬車に乗れてうれしかったのです」
「だってあなた……。ピクニックじゃあるまいし…」
「だってお姉さまがこんな変な儀式を甘んじて受けるなんて思いませんでしたもの! お姉さまのお心は魔力がかなり私よりも上なので読みにくかったけれど、生きようとなさっていることは読み取れました。私これからお姉さまと二人で一緒に暮らせるんだわとうれしかった!!」
「あの時あなたと私は初対面よ。なぜそんなに私のことを…」
「初対面…。お互い顔を突き合わしたのは確かにあの4年前の馬車ですわね。
フフフフ…。お姉さまわたくし全部知っていますのよ。よい機会だわ。エドワード様。今からお姉さまのすばらしさをお教えいたしますからよくお聞きになって。お姉さまもご自分の優しさをご自覚なさるといいわ!」
エリザベスはいつのまにかヴィクトリアの傍らを離れ、エドワードとヴィクトリアの正面から二人を見据えるような位置にやってきた。なぜか勝ち誇った表情をしている。
「お聞きになって。私は9年前、10歳の時に母を亡くしました。父王は館に一人になった私を宮殿に呼ぶことなくとても冷たかった。私は使用人と教師に囲まれ、その者たちに姫として大切にされてはいましたが、毎日が寂しかったのです。
ある晩いつものように泣いていると窓の外に温かい何かの気配がしました。窓から外をみると、広大な中庭をはさんだ向こうの塔の一室から穏やかな明かりが見えました。それを見ているうちに私はなぜか安心して、喜びまで感じて眠れたのです。それからは昼夜関係なくそちらの塔の方から優しいあたたかな気配が感じ取れました。その気を浴びるとわたくしは寂しい気持ちは吹き飛び、うきうきとした気持ちになったのです。
侍女にあの塔は何かと尋ねると『あちらには父王陛下と第二王妃との間にお生まれになったヴィクトリア様がお住まいです。エリザベス様より3つ年長のお姉さまですよ』と答えました。その名前を侍女から聞いたとたん私の魔法能力が解放されました。心読みの魔法です。あの塔のヴィクトリア殿下が私に癒し魔法を飛ばしてくださっていることがすぐにわかりました。これは理屈ではないのです。魔法使い同士が対面したり何か接触があると眠っていた魔法が目を覚ますのです。私の場合は心読みの魔法。お姉さまのお優しさ、温かさが私の胸に流れこんできました。
それからはもう寂しくなんて思わなかった。私はよく明るいとか春風とか形容されますけれど、この性格はお姉さまのお優しさからできたのものなのです。でもお姉さまはとてもシャイな方なの。私に癒し魔法を長年かけていたことは知られたくないようなので私も今まで黙っていました。
だからお姉さまと一緒に光の王女として森に捨てられに行くときは心底うれしかった!お姉様は私が心細くて泣いていたと今でも思っておられたようですけど、あれはうれし泣きです。ああ。わたくしいまお姉さまと一緒に森へ! そしてお姉さまはこれから私と一緒に暮らそうと考えてくださっているわ! なんてすてき! それに聞いてくださいエドワード殿下。極めつけは手を差し出して『どうするの?死ぬの?それとも私と一緒に行く?』ああ! 尊い!
…コホン。それで…。私はお姉さまの手を取ったのです。でもそのお姉さまのお手は震えていらして…。ねえ。お姉さまはあの時本当は怖かったのでしょう?私はあの時嬉し涙を流していましたけれど、お姉さまは私という子供を守る責任で押しつぶされそうになっていらした。私という子供を生きてこの暗い森から出させること、私をこれからどう食べさせ、育てていくか、その重圧に震えていらした。泣きたかったのはお姉様の方なのです。お姉様はご自分のことは二の次、いつでも私を第一に考えてくださいましたよね…。去年、幼子を助けるためにグリーナに戻ると言われたときだってそう。お姉さまは本当はあの時お一人で戻られるおつもりでしたよね? 私を安全なこの国に残して一人で犠牲になるおつもりだったんだわ。知っているんだから…」
エリザベスはいつの間にか目に涙をいっぱいに溜めていたが、意を決したようにエドワードに厳しい視線を向け、またしゃべりだした。
「ということで、お姉さまは私をものすごく大事に思ってくださっているし、私はお姉さまが大大大好きなの。お姉さまがつらい目にあうようなことがあったら承知しません。私はお姉さまが一人で犠牲になるようなことがあったら許しませんし、お姉さまは私が犠牲になるようなことがあったら許しませんでしょう。誰を? みんなをです!!! ですからエドワード様。あなたはお姉さまと私両方をグリーナのしがらみから解放してください。二人そろってです。それができないなら二人そろってグリーナに引き渡して。どちらか一方はだめです。二人は一緒です! お判りになりまして?」
一気にまくしたてたエリザベスは肩で息をしていた。
ヴィクトリアはその青い瞳に涙をため、妹を見つめている。
エドワードはしごく真面目な表情で答えた。
「エリザベス王女殿下のお言葉、エドワード、しかと肝に命じます」
「よかった。エドワード様は将来私のお兄様になられる方なのですもの。きっと約束してくださいましね」
「承知しました」
ヴィクトリアはとうとうこらえきれずに嗚咽を漏らし始めた。
「ねっ! エドワード様。お姉さまは見た目の美しさからクールビューティーとか言われがちですけど、ほらほら! 本当はこんなに涙もろくて情が深くていらっしゃるのですよ!」
「知っていますよ」
「そう? 本当に?」
「知っています。ヴィクトリアの優しさ愛情深さ清らかさ全部」
「まあ! 気が合いそう」
「そうそう。あなたの可愛らしさや正直さや元気いっぱいなところを崇拝する男が一人、あなたをお守りする誓いをしに先ほどから中庭で待っておりますよ」
「まあ! チャールズ様?」
「ええ」
チャールズ様にも私たち二人を守る誓いを立てさせにいかなくてはと
エリザベスは走っていった。
読書室にはヴィクトリアとエドワードが二人残った。




