13 大公の孫
ヴィクトリアとエリザベスはブランローゼ大公家、通称東の大公家に孫として養女に入った。
そこからの1年は二人にとって夢の様に楽しく穏やかな愛に溢れた日々となっていった。
結局この1年の間は二人はグリーナの王女という事は世間には伏せ、髪色も栗色のままで、ただただ優しい大公夫妻に可愛がられ、大切にされる日々を過ごした。グリーナ王に罪を突きつける通商会議まではまだ1年以上ある。あまり前からヴィクトリアたちが身分を明かすと、二人の身の安全が脅かされることになるかもしれぬし、グリーナ側に言い逃れの準備期間を与えることになるのではというエドワードの意見が通ったのだ。二人は大公妃ソフィアの遠縁の娘を養女にしたということにされていた。大公家には子がなかったので、後継ぎとなる養子や養女を入れることは不自然ではなく、世間もそれを納得している。
東の大公家当主は齢75歳のパーシバル。その年齢とは思えぬ元気さで、いつもヴィクトリアとエリザベスを乗馬や狩り、魚釣り、それに加えて農地の視察や領地内の商店や工場にも連れていってくれた。
「ヴィクトリアはいずれ王妃となるし、エリザベスもしかるべき貴族の奥方になるのだから、いろいろ経験しなくてはならぬよ。うん! なにごとも勉強! 勉強!!」
まだ公にはされてはいないが、ヴィクトリアはエドワードと婚約をしていた。大公が世の中のことを学ばせることはもちろん、王家への輿入れの前にヴィクトリアに精一杯自由に遊ばせてあげようとしてくれていることは明らかだった。大公夫人もフロイデの歴史や文化、風習などを二人に愛情をこめて教えてくれている。なんと毎晩食後のひと時には「国民誰もが知っているお話や歌は知っておかなくてはね」と、フロイデのおとぎ話を読み聞かせ、童謡を歌ってくれるのだ。3歳で母と死に分かれたヴィクトリアは肉親の愛を知らない。大公と大公妃の優しさにヴィクトリアは涙ぐんでしまうこともしばしばだった。
大公夫婦は可愛い孫娘たちを自慢したくてたまらない。その気持ちの他にも二人をフロイデ国の社交に慣れさせる意図もあり、養女とした時のお披露目パーティーから始まり、その後も何度も舞踏会を開催してくれた。東の大公領は王都から離れていたが、名門の大公家が開く舞踏会、しかも妙齢の孫娘が出席するとあって、大貴族やその子息たちがこぞって参加した。貴公子たちは美しい二人の大公家の令嬢とお近づきになるべく、皆かなり気合をいれて出席したが、3度4度と舞踏会が続くにつれ、あることに気づいた。ヴィクトリア嬢のファーストダンスは決まってエドワード王子なのだ。いくら親族とはいえ、毎回王子が地方にある東の大公家の舞踏会に出席するのも変だし、出席したらしたで、いつもヴィクトリア嬢に付かず離れずと寄り添っているのもおかしな話だ。そうか。これはそういうことか。ヴィクトリア嬢はいずれ王子の妃になられるお方なのだな……と、貴族の間では噂になっていった。そうとわかれば、そこからはまた別の意味での華やかさ、めでたさで舞踏会は毎回大盛況だった。
エドワードは忙しい公務の間を縫ってはヴィクトリアに会いに来ていた。二人は語り合い、見つめ合い、寄り添って時を過ごした。なにかしゃべっていても、またしゃべらなくても、愛する人が傍にいる、その時間がこれほど幸福なものなのか……。二人はそれを実感し喜びをかみしめていた。それでも2週間ほどエドワードが大公領に来られない期間もあった。そのような状態が続いたある日、家令が「王子がおいでに」と知らせ、皆があわてて外に出てみると、
「おじいさま、おばあさま、お元気でなにより。エリザベス、勉強はどうかな。ヴィクトリア、会えてうれしい」と、馬上で挨拶をし、またそのまま馬の鼻面を返し、去っていくエドワードがいた。ほんの30秒のできごとだ。
「エドワード様、なにしにいらしたのかしら……」
「会いたくて会いたくてしかたなかったのだろ」
妹と、大公のからかいに顔を赤らめながらもヴィクトリアは
「私も会えてうれしゅうございました」
と、遠くなっていく恋人の背中につぶやいた。
その時の王子のいでたちはいつもの黒衣の司令官服ではなく、カーキ色のマントの商人の服装だった。
ヴィクトリアは直感的に王子が自分たちのためにグリーナで情報を収集し、来るべき時の根回しをしに行ってくれているのだと気づき、その深い愛情に感謝した。
「えへん。おばあさま、お姉さま、本日のお魚は私が川で釣ったマスですのよ。釣りを始めて1年なのにこんなに大きなお魚を釣るなんて……。自分の才能が怖いです。漁師として生きていけるかも!」
ある日の昼時、先ほどから可愛らしい鼻を膨らませて釣り自慢をしているのはエリザベスだ。
大公家の食卓にはおいしそうなマスのムニエルが美しく配膳されていた。今日はエリザベスが早朝に大公の釣りのお供をして、立派なマスを2匹も吊り上げてきたのだ。
「うん、うん。エリザベスは筋がいい! わたしの教えたことはすぐに覚えるからな。漁師になれるぞ」
「あなた。エリザベスがその気になったら困ります。この子はいずれ西の大公家のチャールズと結婚するのですよ」
「チャールズだって釣りが得意な奥方をきっと自慢に思うさ。ヴィクトリアも明日は釣りについておいで。漁師になれるよう鍛えてやるぞ!」
「あなた。 ヴィクトリアは今週は私といっしょに刺繍をやる約束なのですよ。大作を作っているようなの。エリザベス。あなたも明日は私と刺繍をしましょうね」
「う~ん。刺繍ではわたしの出番はないな……。では交互でどうかな。明日は刺繍、明後日は釣り、しあさっては農地視察、その次は街へ外出、その翌日に刺繍、そのまた翌日に工場見学……」
「どう考えてもあなたの方が多くなるじゃありませんか。交互という風にはなっていませんよ。まあ、街へのお出かけを私を含めて皆でというならその条件を飲んでもいいですわ」
大公一家の街へのお出かけはそれはそれは楽しいものになった。収穫の時期と重なって、街中が大変な賑わいの中、大公は孫娘たちに出店の射的や輪投げをやらせたり、屋台の食べ物を食べさせたりし、皆で大道芸を楽しんだ。帰りがけには「3人の瞳の色にあわせよう」と、屋台のアクセサリー屋で茶色、ブルー、グリーンの髪飾りを買い、妻と孫娘たちの髪に手ずからそれを挿した。
「おばあさまと私たち、おそろいの髪飾りですね。うれしいです!!」
「ねえ。おばあ様。しばらくは普段はいっしょにこの髪飾りをしましょうよ。おそろいおそろい! うれしいな!」
ヴィクトリアとエリザベスがはしゃいだ声で提案した。
「そうねえ。かわいらしいお花の髪飾り。収穫の祭りの場ではともかく、私には若すぎないかしら……」
「いや。かわいらしいあなたにとても似合っているよ」と大公が真顔で妻に答える様子をみて、エリザベスもヴィクトリアも「そうですそうです」と答えると、大公夫人は若い娘のように頬を赤らめた。
1日外で遊んだ後、大公一家の馬車が屋敷に到着すると、家令が大公に封書を手渡したが、その蜜蠟印を見ると、大公の顔色はさっと青ざめた。
「お前たちはもう自室に引き上げなさい。今日は疲れたろう。ゆっくりおやすみ」
「はい。おじい様、おばあ様。今日は本当に楽しゅうございました。お休みなさいませ」
「おじい様、おばあ様、おやすみなさい」
「おやすみ」
二人は自室の方へと引き上げていった。
居間に残った大公夫妻は先ほどまでとはうって変わった暗い面持ちになっていた。大公夫人は夫が手に持っている封書を悲しそうに見つめている。
大公は蜜蠟印を切り、中の手紙を読むと、妻に辛そうに話しかけた。
「きたよ。ソフィア。きてしまった」
「あなた…。とうとうヴィクトリアとエリザベスの身分を明かす日が決まりましたのね」
「うむ。陛下から書簡がきた。来週エドワードとヴィクトリアの婚約を発表するとのことだ。陛下の誕生祝賀の時だ。バルコニーに王家が勢ぞろいし、その時に銀の髪色をしたヴィクトリアを登場させるらしい」
「結局今まで髪色も銀と金には戻さず、私の実家筋の姫たちをを養女にしたと世間に言っておりましたが……。あなた、本来の身分を明かさずにこのまま大公家の孫として輿入れさせることはできないのでしょうか」
ソフィアは涙を流している。
「あの子たちは私の孫です。なぜ、なぜ、あの子たちを殺そうとした国にそれを……あの子たちが生きているとわざわざ知らせねばならないのですか……。私は嫌です。絶対にあの子たちをグリーナに渡したくはない。パーシー、あなたは平気なの?」
「渡さない。絶対に渡すものか。それは陛下も教会もエドワードも同じ気持ちだ」
「では! 黙っていればいいではありませんか!」
「ソフィア……。あなたもこの1年あの子たちを見てわかっただろう。グリーナで幼い子供が「光の王女」に立てられたのだ。そしてそれはもうすぐロザリウム山の初冠雪の時に実行されるのだ。何の意味もない生贄だ。そしてそれは本来王家の姫が果たさねばならぬことをあの子たちは知っている。あの子たちの清らかさ、優しさ、正義、そして何より持って生まれた王家の血が……隠れていることを良しとしないのだよ……。幼子を見捨てたらきっとあの子たちの心は死んでしまう…」
妻を諭す大公の目からもいつの間にか涙が溢れている。
「あなた……あなた……あなたが平気なわけはないのに…。ごめんなさい……ごめんなさい……」
大公は震えながら泣く妻の肩を抱いた。
「同じ思いだよ。だが、これはやらねばならぬことだ。4年前に森に入った光の王女は生きていた。そしてそれなのに大災厄は起こらなかった。この事実をグリーナにつきつけるのだ。婚約発表から1ヶ月後に行われる通商会議の席上でグリーナ国王夫妻は各国の王の面前でこの悪しき風習がまやかしだということを白状させられ、二度と光の王女を立てぬと誓約書を書くのだ」
その時執事が居間に入ってきた
「エドワード殿下がお見えになりました」
大公夫妻が目をやると、そこには商人の服装をしたたエドワードが立っていた。




