11 王女の選択
「それは……それは確かな情報なのですか…」
絞り出すような声でヴィクトリアが院長に尋ねた。
「確かです。実行されるのは1年後。来年の冬、ロザリウム山に初雪がふったあとの最初の満月の日に森へ入らせると」
「もうその娘は選定されたのですか?」
「そのようです。どのような娘が選ばれたのかは詳細はわからないのですが、平民の……7歳の娘だと。1年間は光の王女としての教育をほどこすそうです。ただ、この準備期間中にかなりの遠縁だとしても王族ゆかりの息女が見つかった場合はそちらにチェンジするそうです。」
あり得ない。ヴィクトリアは唇を嚙みながら思った。この悪しき風習は100年ほど前から続けられていたはずだが、選ばれるのは王族の息女と決まっていた。例外はない。王国誌にはそう記述されていた。なぜ今平民の娘を光の王女にしようとするのか。
「王も妃も光の王女は信じていないのです。3年前の私たちはただ邪魔になったから捨てられた、それだけです。新たに光の王女を選出する意味がどこにありましょう。グリーナ王室の思惑がなんであるか私にはわかりませんが、グリーナの王女として、無辜の民が犠牲になることは私の信念が許しません。私は第4案を提案いたします。エリザベス」
「はい。お姉さま」
「今すぐ私たちはグリーナへ戻ります。私たちが再び光の王女となります」
エリザベスは姉の言葉に大きくうなずいた。
「それはいけません。ヴィクトリア」
姉妹の決意に異を唱えたのはエドワードだ。
「先ほど、父が言ったように王家も教会もあなた方の身の安全と幸福を願っているのです。あなたをグリーナへもどすことはできません」
「守らねばならない幼子が死ぬのです。見殺しにはできません」
「幼子は死なせません」
「でも!」
「あなた方も幼子も犠牲にならないその方法が第3案なのです。大公家の養女となられたらもうあなた方はフロイデ王家の一員。だが、身分を明かして生活されていたら、もとが光の王女でグリーナ王女なのだから返せと先方は言ってくるでしょう。しかしもう大公家の娘となったあなた方を渡すことはできないとこちらも反論できる。そして他国を味方につけ、グリーナのやっていることがどれだけ野蛮で非人道的行為なのかをつきつけるのです。来年、秋に我が国において各国国王が集まる通商会議が行われる。それにグリーナも初めて参加するのです。あの鎖国を続けていたグリーナがです。それだけ自国内だけでは経済が回らなくなっているのでしょう。そこを突くのです。国王夫妻も国民さえも信じていない悪しき風習をいまだに行っているグリーナとは何の条約を結ぶことも援助もすることはできない、今すぐその悪行を取りやめよ。永遠に取りやめよ。そしてもうかつての光の王女を連れ帰ろうとすることもあきらめろと諸国の国王の面前で約束させるのです」
「よくできました。教会庁長官殿」
院長は甥のエドワード王子を彼の持つ役職の一つで呼んでヴィクトリアとエリザベスに向き合い言葉をつづけた。
「第4案は却下です。おわかりですね。王女。わが国も中央教会も逃げてきた王女たちを見殺しにすることはありませんよ。そう侮られては困る」
「……申し訳ございません」
「では、あらためて。どうされますか?王女」
「私たちは3番目の案を選択いたします。どうぞ東の大公家の養女として迎えてくださいませ。そして」
ヴィクトリアは目をつぶり
「レスティテゥレ」と唱えた。
そのとたんヴィクトリアの髪は銀河のような銀髪に、エリザベスの髪は瞬く星のような金髪にと変化した。
「この髪色でグリーナの王女ということを隠さずに生活いたしましょう。この髪で街も村も領地も行きますし社交にも出ます。私たちが生きているという噂がグリーナに届けば通商会議に父王だけでなく、悪しき儀式を主導した妃もきっとやってくると思います」
「よく申された。王女」
院長は大きくうなずくと
「どうです? 教会庁長官殿」
甥であるエドワードに問いかけた。
「あなたはこの案には|本当は反対のようでしたがどうなのです?」
「王女が4案を申し出ることはわかっていました。この方はそういう方です。だから…せめて3案になったことを私は喜ばねばならないし、教会庁の責任者として、その選択に感謝せねばならない。だが王女」
ややうつむき加減に答えていたエドワードは王女と言いながら、ヴィクトリアの目を見つめた。
「ヴィクトリア。あなた方を決してグリーナに引き渡すことはしないとお約束いたします。命に代えてあなた方をお守りすると誓う」
「エドワード様」
国王は一連のやり取りをここまで黙って聞いていたが、おもむろに口を開いた
「王女。エドワードの申す通りだ。グリーナにあなた方を向かわせることは絶対にしないと約束しよう。
しかし王女よ。選択させる体を取ったが、結局教会の思惑通りになってしまったな。だが、心から私たちは王女たちの幸せを願っているのだよ。それは事実だ」.
「感謝の念に堪えません」
ヴィクトリアとエリザベスは国王と院長に丁寧な礼を取り、書斎を退出した。
「今日はこの城にお泊りになっていただきます。明日は東の大公領へとお連れしますので」
エドワードはヴィクトリアに今後の予定を告げた。
するとエリザベスがいきなりエドワードの手を握ってきた。目はつぶっている。
「エリザベス!」
あわててヴィクトリアが妹の非礼を咎めるとエリザベスは手を離した。
「エドワード様はお姉さまになにかお話したいことがあるみたい」
そして、なにやら神妙な顔でヴィクトリアにも
「お姉さまもそうですわよね?」
と言った。
「チャールズ様、私を部屋まで案内してくださいませ。お姉さま先に参りますね」
チャールズにエスコートされるというより、どちらかというとエリザベスがチャールズを引っ張るような感じで二人は去っていった。
引っ張られながら、やや驚いた風でチャールズはエリザベスに話しかけた。
「エリザベス。いいのですか? 王子とヴィクリア王女を二人にして。昼はお姉さまのおでこに~ってあんなに大騒ぎされていたでしょう」
「いいのです。なぜって……。エドワード様はとても悲しそうでお辛そうだったもの。お姉さまにグリーナとかかわらせるのが心底お嫌そうだったわ。あの方お姉さまのこと大好きなのだわ。まじめで誠実な方だわ。それがわかったの」
「偉いですね。私はあなたが大好きだなあ」
「まっ! あなたはちょっと軽い感じがしましてよ。私は心が読めますのよ。念じながらちょっと手を握ればあなたの本心がまるっとわかりましてよ!」
「おっと……! まるっとは困るなあ。今は握らないでいただこう」
街の娘たちが使うようなエリザベスの言葉にチャールズは笑い、後ろを振り返った。
エドワードとヴィクトリアは中庭に出ようとしていた。




