10 3つの提案
馬車は正門からは入らず、大回りをして宮殿の裏手の出入り口へつけた。
「ここは王族が自由に庭に出入りするための出入り口です。今日は使用人はこちら側に入ることを禁止しておりますので誰の目にも触れずにすみます」
王女たちが馬車から降りるのに手を貸しながらエドワードが説明した。
「これから、王の書斎へと移動していただきます」
ヴィクトリアの手を取りエスコートしたのはエドワード、エリザベスのエスコートはチャールズだ。
「緊張されていますか?」
長い廊下を歩きながらエドワードがヴィクトリアに問うた。
「ええ。これからの私たちがどうなるのかここで決まるのかと思うと」
「ご心配はなさらないでください。王はいくつかの提案をしますが、その中にはきっとあなた方の意に沿うものもあると思います。誰の思惑に左右されることなく、ご自分たちの1番をお選びになればいいのです」
そう言うエドワードの表情に陰りが見えるのをヴィクトリアは気づいていない。
「陛下とエドワード様のご配慮に感謝いたします」
心からの感謝の意を伝えると、書斎であろう重厚なドアの前にたどり着いた。
「父上、ヴィクトリア王女殿下、エリザベス王女殿下をお連れいたしました」
エドワードが声をかけると中から「入られよ」と声がする。
立派な書架が隙間なく並んでいる書斎では、フロイデ国の王マクシミリアンと聖女教会のガブリエル院長が二人を立って出迎えてくれた。
部屋に入って深い礼を取る二人の王女にむかって
「王女たち。どうかお顔をあげられよ。遠路お疲れのところすぐにお呼び立てしてすまぬな」
と低く穏やかな声がした。
(似ている…。)
切れ長の黒い瞳、黒い髪、王の姿はエドワードによく似ていた。
「お招きありがたく存じます。私はグリーナ国王女ヴィクトリア、こちらは妹の王女エリザベスでございます。」
王は穏やかにほほ笑んでうなずいた。
「フロイデ国王マクシミリアンである。こちらは聖女教会の院長であり、私の姉のガブリエル王女。ガブリエル王女にはもう会われていよう」
「はい、ガブリエル院長様には先日湖畔の館においでいただきました」
「今日はお呼びたてして失礼した。しかも本来の目的を隠して騙してしまった。だが、もし王子に名乗らせてあなた方が誤解してこの国を出ていってしまわれたら困ると考えたのだ」
王は王女たちに席に着くように促しそのまま言葉をつづけた。
「グリーナでお辛い日々を過ごされ、最後には光の王女として森に捨てられたことはわかっている。あなた方には幸せに生きていっていただきたい。それが私と院長の願いでもある。」
「ありがたく存じます」
「我が国の滞在者は我が国の責任において安全を確保せねばならぬしな」
「感謝に絶えません」
「さて、本題に入ろう。今後の王女たちの処遇であるが……。三つの案があるのだ。まず、一つは「飾り文字屋」として今までの様に湖畔でお二人で生活していただく。この場合は不本意かも知れぬが、お二人を我が国の警備のものが周囲には知られぬよう、お守り申し上げる。他国の王女が我が国で不測の事態に陥ったら大問題。警備は必ずつける。ご理解いただけような」
「はい。理解しております」
誰にも知られずひっそりと暮らしていた今まではともかく、表ざたにしていなくてもフロイデ王室にその存在が知られてしまったからにはその措置は当然だろう。フロイデ王にしても知らなかった時には戻れないのだ。
「もう一つは王女に我が国の名門貴族の家に養女として入っていただく案だ。これについては王族である東の大公家がよかろうと思う。この案だと、もしグリーナに万万が一、王女たちの存在が気づかれたとしても、その様な者は知らぬ、二人は生まれながらの大公家の娘であると言い張れば、相手は手も足も出せまい。フロイデ王家のものに他国の者が危害を与えることは何人なりと私が許さぬ」
マクシミリアン王は先ほどまでの穏やかさとはうって変わった激しい言葉を発していた。
「大公家と言ってもうちの大公家ではないですよ。うちは通称「西の大公家」。東は先代の王の弟殿下の家系です」
チャールズが言葉をはさんでそのままエドワードに向き直って言った。
「うん。エドワードだって本当はこれが良いと思っているんだよな?だったら3番目の案なんていいじゃないか…」
そう話しかけられたたエドワードは厳しい表情で口を引き結んだままだ。
「さて、3つ目の案であるが…。これは王女たちにとっては辛いものになるとは思う。しかし教会からの案なのだ。姉上からどうぞ説明を願います」
今まで王の横で黙って話を聞いていたガブリエル院長はヴィクトリアたちに微笑んで話し始めた。
「3つ目の案は…。途中までは2つ目の案と同じです。お二人とも東の大公家の養女に入っていただきます。ただ、2つ目と違うところは、あなた方がグリーナの王女であること、光の王女であったことを隠さないことです。前の身分を隠さずに生活し、社交界に出、町にも領地にも顔を出す」
「どういう意図でそうするのでしょうか」
ヴィクトリアは思わず尋ねた。
「あなた方が光の王女だと公言すれば、それはフロイデ国内で大ニュースとなるでしょう。わが国でも3年前のことはそれはそれは大変な出来事として騒がれたのですよ。お若い王女にむごいことをと。フロイデ国中の王族貴族庶民に至るまで光の王女が生きていたと噂になれば、それはいずれグリーナにも伝わるに違いない。そこが狙いなのです。グリーナの国民は光の王女が森にいなかったことを知ります。なんだ、森に捧げられた王女は逃げているんじゃないか、それでも災厄はおこらなかったじゃないかと知るのです。そうしたらもうグリーナの悪しき習慣、光の王女の擁立はなくなるはず。教会はそれを狙っているのです。デイ・フォルスト教の信徒国でありながら非人道的な儀式を続けるグリーナを教会はずっと憂慮していたのです」
「院長様。実は…。グリーナの民でもう光の王女を信じている者は少ないのです。ですから、私たちが生きていようが死んでいようが、それは民にとってはあまり気にかけることではないのです。光の王女は現王と妃が邪魔になった私たちを捨てるためにやったこと…。国民は王の権力に流されて信じていない儀式に話を合わせているだけなのです。ですから……」
話しながらあまりにもみじめになり、ヴィクトリアの声は少し震えてしまっていた。その時膝に置いた手の上にエドワードが優しく手を重ねてきた。そのぬくもりにヴィクトリアの気持ちは次第に落ち着いてきた。
「ですから、私たちが生きていたことを知ってもそれで国民から光の王女の儀式は無駄だ、廃止すべきの声は上がらないと存じます。もともと何の意味もないことを知っているのですから。そもそも私たちは30年ぶりの……久々の光の王女です。王と王妃が憎い私たちを捨てるために復活させた儀式です。次があるとも思えないのですが」
「あるのです」
「え?」
「あります。次は平民の娘を立てるそうです」
その言葉にヴィクトリアとエリザベスは凍り付いた。




