表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1 捨てられた王女たち

 その昔。

 神の森と言われている広大な森があり、その森の周りには、大小合わせて7つの王国があった。各国はそれぞれに王を戴き、国ごとの異なる文化、生活習慣があったが、共通していたのがあらゆる生命の源と信じられている神の森自体を敬うデイ・フォルストス教という信仰だった。森は清らかな水と空気を作り、豊かな自然を人々に与え続けたが、各国の王族にしばしば現れる魔力使いもこの森からのギフトと信じられていた。デイ・フォルストス教は厳しい戒律もなく、ただ森に感謝をしながら「信愛、誠実、勤勉」を守るというだけのおおらかで簡易な教義もあってか、王侯貴族から庶民に至るまで長く信仰され続けてきた。各国はそれぞれ自治をしていたが、信仰は各国をまたいでの独立機関、中央教会が管理していた。

 しかし、神の森の国々の有史以来の由々しき事態がここ100年の間に数度、最北のグリーナ王国で執り行われた。王家の姫を森への生贄に差し出すという蛮行である。差し出さねばグリーナに大災厄が降りかかるという理由からであった。かくしてグリーナではかつて数回実際に生贄として姫を極寒の森へと捨てた。建前では捨てられた姫は森と一体になり、永遠の命を得るという体になっていたが、姫が命を落とすことは明白だった。この悪しき風習は中央教会によって30年前に一度廃止された。教会は、おおらかで恵みをもたらす優しき森が生贄など望むはずはない、教義を変節させてはならない、このままならグリーナを国ごと破門すると警告したのだった。もうこんな悪しき風習は起こらないはずだった。


 しかし森に初雪が降った今夜……それはまた執り行われようとしている…。




 深い森の中、馬車が道を進んでいる。何の装飾もない簡素な馬車だが、御者は二人だ。


「嫌な役目だよな……。極寒の森の中にお姫様を捨てに行くなんてさ……」

「おいっ! 俺たちは王女様方が光の王女になられるためにお送りしてるんだ。捨てに行くんじゃないぞ……。捨てるんじゃない……。よな……?」


 暗く重い役目を負っている二人はその後ろめたさを紛らわすためか饒舌だ。馬車の中の二人の王女に話が筒抜けなのもお構いなしに。


「光の王女か……。我がグリーナ王国を災厄から守ってくださる光の王女……。だが、ここ30年、光の王女の擁立はなかったじゃないか。中央教会から怒られたもんな。迷信にとらわれるのはよくないって。それが今回二人だぜ。王妃様が『大神殿の神託が下りた! 我が国に大災厄が来る! 光の王女を立てて大災厄を回避するのだ!』って騒ぎだしてさ」 

「実際選出されたのは第二王妃のご息女ヴィクトリア様と第三王妃のご息女エリザベス様だもんな。第二王妃も第三王妃も亡くなられていて後ろ盾もいないし、体のいい厄介払いってことか……。真冬の森に入られた王女は永遠の命を得て光の王女となり、グリーナ王国をあらゆる災いから守ってくださる尊いお方になる……、なんてこと今時信じてるやつなんていないさ。生贄だよ。生贄。しかも何の効果もない生贄。しかしまあ、お二人は見事な星を散らしたような銀色と金色の御髪で光の王女のお役目にはうってつけだよな……。おい、雪だ。雪が降ってきた。これは永遠の命どころか、置いて行ったら一晩もたないだろうな……。気の毒に」


 二人の王女に同情する自分たちは優しいのだ、優しい自分たちは本当はこんな役目はやりたくないのだ。光の王女を送るお役目をすれば土地をもらえて年金も貰えるなんてことは関係ない。だから立候補したわけではない。誰かがやらなければならないから仕方なく手を挙げたんだ。そりゃ貰えるもんは貰うさ。あれだけ貰えりゃ、しばらく遊んで暮らせるってもんだ。みんな尻込みしてたよな。王宮の御者はみんなやりたくないって言って下働きの俺たちにまでこの仕事の打診がきたんだ。そう、そうだ。俺たちはみんながやりたくない役目をやってやっているんだ。ほら王女様方、俺たちは気の毒に思っているんですよ。恨まないでくださいね……。そういう気持ちが御者の二人にはあった。大きな声でしゃべりまくっていたのはその同情心を二人の王女にアピールするゆえか。だが、その自分達の罪悪感を消すための聞こえよがしの会話は己の浅はかさを際立たせているだけということをこの小者たちはわかっていなかった。


「もう馬車で入れるのはここまでだな。王女殿下に降りていだたこう」


 二人の御者は馬車から降り、二人の王女に馬車から出ることをうながした。


 先に降りてきたのは年長のヴィクトリア王女だ。御者が手を貸そうとするのをヴィクトリアは許さなかった。背筋をまっすぐに伸ばし、そこに御者がいないかのようにそちらに目を向けることなくうっすらと雪が覆った森の大地に足をつけた。

 ヴィクトリアは18歳。腰まである銀色のゆるやかなウェーブのかかった長い髪は灯火で輝き、青い瞳は湖面の静けさを感じさせる美しさだ。その美しさは神々しく、少し近寄りがたい感もある。

 続いて降りてきたエリザベス王女は15歳。こちらは御者の手を借りて降りてきた。今まで泣いていたのだろう。エメラルドグリーンの目はうるみ、頬には涙の後もある。濡れた頬には、金色の髪が何本か張り付いていた。ヴィクトリアの冷たい美しさに対してこちらは春風のような愛らしい少女だった。笑顔ならきっとそうだ。


「ヴィクトリア王女殿下、エリザベス王女殿下、ここで私たちはお別れです。立派な光の王女となられて

グリーナ王国をお護りください」

「寒いし、暗いし、心細いかもしれませんが、明日の朝には光の王女になれると存じます。それにお二人でよかったですね。お二人なら心強いでしょう。今までの光の王女は7歳とかそういうお方もいたそうですよ。たった一人で置いていかれた幼子を思えば……。お二人で本当によかった。あ。お二人はもしかしたらお互いが顔を合わせるのは初めてかもしれませんね。半分だって血がつながっているんだから、絆を深めてくださいね。まあ、2~3時間は生きていられるんじゃ…いやいや、永遠の命でご姉妹仲良くしてくださいね」


 ヴィクトリアは表情を崩さず御者を一瞥もしなかったが、エリザベスは泣きそうに顔をゆがめた。しかしエリザベスも王女の矜持をもって、涙をこぼすところを決して小者たちには見せなかった。顎をひき、必死で毅然とした態度を取ろうとする年少の王女を目の端で見て、ヴィクトリアの口元は少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ。


 灯火を揺らしながら馬車が去っていくと、二人の頭上あたりからグリフィンの鳴き声が3度聞こえてきた。この鳴き声は王都まで響いているはずだ。本当にグリフィンがいるのかどうかはわからない。だが、神殿は夜に人が森の奥深くに入るとグリフィン(もしくはグリフィンに似た物)が鳴く魔法を森全体にかけていた。無鉄砲な若者や好奇心旺盛な子供が夜の森へ入らぬよう仕掛けたその鳴き声の魔法は今夜は王女が森へおいていかれたという証明になっているはずだ。


「神殿は凝った魔法をかけたわね」


 あたりは真っ暗になった。馬車の音ももうすっかり聞こえない。


「もういいわね」


 ヴィクトリアは小枝を持ち「ルミナス」と唱えた。


すると小枝は小さな灯火となってあたりを照らした。


「ヴィクトリア殿下……!」


 ヴィクトリアは驚いているエリザベスは無視して今度は大きな岩に手を当て「エコス」と唱える。


岩はたちまち美しい栗毛の馬となった。


「ヴィクトリア殿下は、このような上級魔法をお使いになられのですか……」

「上級ではありません。無機質な灯なようなものはともかく、ない生き物を出すことは私にはできない。私はここに私たちが捨てられることを知っていました。もともとこの場所に馬を岩にして隠しておいたのです」


「ヴィクトリア殿下は、捨てられる場所をご存じだった……?そして準備もなさっておられた……?」


「質問は後で。こんなところにいたら2時間ほどで凍死してしまうわ。私はそんなことはごめんです」

「ヴィクトリア殿下……!」


「どうしますか? ここで死ぬの?」


言葉の強さとは裏腹にヴィクトリア王女はエリザベス王女に優しい笑顔を向けた。


「それとも私といっしょに行く?」


ヴィクトリアはエリザベスの目の前に手を差し出す。


「参ります」


エリザベスは差し出された手に自らの手を重ねた。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ