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Episode. 7 葬儀と集会

 集会。魔女や魔術師が時に応じて行う同族による会議というようなものだった。定期的に開かれる集会は、魔術師が19年に一度、魔女が12年に一度行っていた。そこでは長の選挙や魔女や魔術師として将来を見とめられた者のお披露目のようなことも行われた。

 魔女や魔術師が一堂に会するような集会は二つの集会が重なる228年に一度行われた。大集会は、大戦の前に行われたものが最後となったが、魔術師の長の選挙と、二つに分かれた欧州のどちらの側に着くのかが話し合われた。魔術師は二つに分かれ、長も二人が並び立つことになり、魔女達はどちらに着くことも拒んだ。

 大戦では、魔術師は互いに殺しあうことで共倒れになり、多くの実力者が亡くなり影の世界で世界に広がっていた組織も崩壊してしまった。それはそうなることを望んだ時の為政者とそれに組した一部の魔術師によって引き起こされたことだった。

 魔術師と表裏の関係だった魔女達もその影響からは逃れられなかった。自然に生まれる異能者は少なく、男女ともに異能を持った者同士の間でそれを引き継いできたのだから。 

「またあなたの言った通りになったわね」

 棺の横に立ったマルグリットは向かいに立つアナベラを見つめた。喪服の肩にブロンドの長い髪が流れていた。

「……そうですね。マルグリット様」

 右手で左手の手首を握るように組んで、アナベラは棺を見つめたまま言った。

「ロザリアとリヴィアは?」

「ロザリアは今日の夜には着く予定です。リヴィアは明日」

「そう。明日は、集会の日だったわね」


※ ※ ※


 ケイースに、この島の女主人とでも言うべき、マルグリット・ド・ケイースの死が教会の鐘の音で報じられた。

 晩秋の朝。告別の列に並ぶのは年老いた者ばかり。殆どが老女で、若い者はその付き添いの者だった。そう多くも無い島民の大半が参列した葬儀も陽が沈むころには教会に人影は無くなった。

 黄昏時の人居ない教会の横に着けられた馬車に棺と、喪服の四人の女が乗り込んだ。その馬車に馬は無く、それでもゆっくりと走り出した。

 馬車は人気のない田舎道を、ケイースの”踵”へ向けて進む。坂を乗り越え、広々とした草原の直中の道を、ケイースの王族の墓地へと向けて。


 墓地に到着した馬の無い馬車から、四人の女と棺が滑るように出てきた。四人の女は棺を囲むようにならび、その間の棺は宙に浮いて四人の歩につれて前に進んだ。

 棺の前にマルグリットとアナベラ、その後ろにロザリアとリヴィア。

 岩山を削り取ったような墓地の一角に、棺が入るだけの石で作られた長方形の穴が空いていた。四人はその穴を囲むように立ち、棺はゆっくりとその穴に降ろされた。

 そして、地鳴りのような音を立てて、墓標を載せた墓石がゆっくりとその穴を塞いだ。ロザリアとリヴィアは墓石に手にしていた花を手向けた。

 ロザリアの目から頬に涙の筋が流れていた。


※ ※ ※


 葬儀の後で、集会が開かれることになった。日時は同じだったが、場所はケイースの”精霊の宿”に変わった。

「あなたは最初から知っていたの?」

 アナベラにロザリアが訊ねた。

「最初というのが、マルグリットの代替わりの後からというのなら、そうね」

「あなたも?」

 こんどは横のリヴィア。

「あなたは、なまじ人の心が見えるから、目に見えている物を見逃すのよ」

 リヴィアに言われて、ロザリアはむっとしたような顔をした。最初に会った時の、どこかで会ったような気がするという勘のようなものは、当たっていたのだが、まさか、まだ自分が幼い頃のことだとまでは思い至らなかった。

「せめて、私にも教えてくれたっていいのに」

 不平を口にするロザリアを見て、アナベラが笑みを浮かべた。ロザリアにしてみれば、幼い頃に一度だけ会っただけで、その後は音沙汰も無い。大人になっても何度か顔を会わせたことのある二人との違いがなんとなく不満に思うロザリアだった。

「あの方のことは、人前で口に出して話すことは憚られてきたのよ。魔女達の秘密として」

 アナベラが諭すように言う。

「それは、私も知っていけど。本当に伝説通りだなんて」


 先代のマルグリットが生きていた。当時の姿のままで。それどころか……


 四人は窓の無い部屋で四角いテーブルを囲んで座っていた。テーブルの真上のカンテラだけが四人を照らしていた。

「知らぬこととはいえ、これまでの非礼をお詫び申し上げます。マルグリット様」

 ロザリアはマルグリットに頭を下げた。

「いいわ。堅苦しいことは。それよりも、今後の話をしましょう」

 促すようにマルグリットはアナベラを見た。

「はい。まずは、先代の長の死去に伴い、新たに長をこの場で選び、高位の魔術師三人が揃っているので略式で承認を行いたいと思います」

 アナベラがロザリアとリヴィアを交互に見た。略式とはいっても、長を選べるのはもうこの三人以外に存在してもいなかった。

「私アナベラはマルグリットの即位を承認いたします」

 そう言って右手を方の位置に挙げた。

「リヴィアも同じく承認します」

「ロザリアも同じく」

 アナベラは二人を見て手を降ろした。

「ケイースの長、マルグリットの即位は承認されました」

 言い終わって、テーブルを見つめていたマルグリットにアナベラは視線を移した。

「私で、マルグリット・ド・ケイースは最後となるでしょう。次代はいません」

 ロザリアがアナベラの顔を見つめた。

「これは、アナベラが先を見るまでもなく、遠い昔に決まっていたことです。避けられる未来もあれば、避けられないものもある。これは私にかけられた呪いでもあります」

 顔を上げて、マルグリットは正面のリヴィアを、というよりは、その向こうを見ているようだった。

「これからはケイースとそれに纏わる事物を回収していくのが私の仕事になるでしょう」

「もう新たな魔女も生まれることも無いということですか?」

 悲しいというよりも、苦し気な顔でロザリアが言った。

「そうです。あなたにも分かっているでしょう。もう魔女など必要の無い時代だと」

 口を堅く結んでロザリアは黙り込んだ。


「ケイースに所縁(ゆかり)の無い、または(くびき)から逃れた者たちの動向はどうでしょうか?」

「組織だった動きは西側にはありません。単独で行動している者が数人。害を為しそうな者は二人ほどです」

 マルグリットの問いにアナベラが答えた。

「その二人は、大戦後直ぐに活動を開始した者たち?」

「はい」

「それなら、今は放っておいていいわ。首輪はつけてあるから」

 マルグリットはリヴィアを見た。

「東側ではESP部隊とも言うものが組織されています」

 ロザリアがはっとしたような顔でリヴィアを見る。

「ルシーの組織ね」

 リヴィアが頷く。

「規模の大きなものではありません。戦争で前線に出てくるようなものではなく、工作活動に特化した部隊のようです」

「そうでしょうね。読心に透視ができて鍵を動かせるくらいの念動力があれば重宝するでしょう」

「個々の力は強くはありませんが、薬物や心理操作で能力を底上げしているようです。訓練で能力の操作には長けているようです」

 マルグリットは頬に人差し指を当てて考え込むような仕草をしていた。

「それは、ヴィタリー・ソコルに連なる者たち?」

「……そうです。彼の死後に血縁の者を探し出して能力のある者を教育したのでしょう」

「その者たちは、カーテンをくぐって出て来たら対処を考えましょう。合衆国は?」

「合衆国は軍隊での組織はありません。研究も行き詰っているようですが、能力者を求めてアジアにも手を伸ばしているようです」

 ロザリアが答えた。

「アジアまでは手が回らないわね」

「それは、あまり気に留めなくても宜しいかと」

 アナベラが落ちついた声で話す。

「どうして?」

「シアナの地は三国に分かれて争っていますが、大戦時から通常の兵士と兵器による諍いというのもかわりません。扶桑も大戦後は経済活動に注力しているようですし、あの国も近代化してからは魔術のようなものは排斥してきました。アジアも近代化に伴って為政者が魔術師を排斥してきたことは欧州と変わりありません」

 ロザリアを諭すようにアナベラが言った。

「あなたは先が見えているってことね。この世界から、魔女も魔術師もそのうち消えてなくなるってことかしら」

 方眉を上げたロザリアが少々皮肉を込めて言う。

「そうね。日が沈んで暗闇が迫っているように、いえ、夜明けが迫って、夜空に輝いていた星が見えなくなって来たと言った方が近いかしら」

「私たちは夜空の星というわけね。多くの人々にとっては、夜の(くら)さが(ひら)かれるというわけね」

「昔と比べれば、多くの人の手で政治も担われるようになり、科学というものが発達した分、人々の処遇も変わっていくのでしょう」

 マルグリットが呟くように言った。

「良い方に向かえばいいのですが」

 ロザリアはそう言うとアナベラを見たが、何も言わずにテーブルを見つめていただけだった。


※ ※ ※


「あなたは、イオニアに住んでいるのだったわね。他に魔女はいるの?」

「ええ。エマの妹の娘たちが。彼女たちからは生まれなかったけど」

 ロザリアとリヴィアは港へ向かう道を歩きながら、言葉を交わした。

「私の周りにはもう誰もいないわ」

 どこか自嘲気味にロザリアは言った。長を補佐する高位の魔女として永く生きてきたものの、自身の後継者を見出すことは出来なかった悔しさもあった。

「ルシーのESP部隊というものが気になるわね。出て来たら、あなたの所では対応できないのではなくて?」

「私がいる。もしもの時には、アナベラとも連携するだろうから」

 アナベラは壊滅した魔術師や魔女の子孫から主だった者を集めてまとめ上げていた。それには、ペールと名乗っていた頃のマルグリットも手を貸していた。

「あなたの方こそ大丈夫?」

「私の周りは合衆国のスパイだらけ。頼んでもいないのに、護衛のようなことまでしてくれているわ。王家から国へ依頼して衛士もいるのよ。国の宝を守れってね。私は国宝らしいわよ」

 そう言って笑った。イスパニア王家に仕えた貴族の末裔でもあるロザリアは王家や国のために尽くして来ていた。

「そう」

 微笑みを浮かべたリヴィアの横顔に皺を見て、流石に老いは隠せないか、とアナベラは寂しく思った。とはいえ、並んで歩く実際の年齢の半分ほどにしか見えない二人の女を老いていると思うものはいないだろう。

 それは、”精霊の宿”に残ってマルグリットの指示を受けているアナベラも同じだった。高位の魔女は若く美しい姿を保っていた。亡くなったマルグリットを除いては。

「アナベラは全てを見通しているのかしら」

 朝日が雲を照らす様子を見つめながら独り言のようにアナベラが言った。

「未来は無数に枝分かれした道のようなものだと聞いた事がある」

 リヴィアがロザリアの言葉を受けて言う。アナベラはその中からより確実なものを選び取るのだという。

「マルグリット様も視えているのかしら」

「あの方は、呪いで一つの未来以外視えないのだそうだ」

 長として、また一人の魔女として、ケイースの歴史の折々に現れては消える、謎多き存在。それを身近に、実在する者として目の当たりにしても、それでもなお信じがたいことではあった。

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