Episode.4 魔術と科学
魔術という、超能力の研究。それは大戦の前から始まり、大戦の最中には戦いに役立つ能力として盛んに研究された。と、同時に、忌むべき能力として弾圧する勢力も苛烈さを増していった。その果てが、ケイースの崩壊だった。
大戦中に魔術研究にもっとも熱心だったゲルマニアは敗戦国となり、資料の大半は合衆国とルシー評議会連邦国に接収された。
ケイースも大戦の一時期ゲルマニアに占領されてもいたし、ゲルマニアでの研究に一部の(ケイースに所縁の無い)魔術師も協力していたこともあった。そのため、ケイースも大戦に協力したかのように喧伝されたこともあり、大戦で甚大な被害を被ったにも関わらず、世間には当然の報いのように言うものすらいた。
魔術という超能力の研究がそんな来歴を持つことは、いまでは世間には殆ど知られていなかった。大戦後に奇術師が超能力と称してスプーンを曲げたり宙に浮いて見せて人気となり、一部では忌むべき力と見られていた魔術とは別物として科学的な研究も行われるようになっていった。
夏の日差しの中、グレーのパンタロンに緑色のシャツの若い女が石畳の緩い坂を登っている。坂の途中で腰に手を当て、ちょっとくたびれた様子だった。上を見上げてまた歩き出す。
ようやく、目的の場所にきたのかほっとした様子で、建物のガラス戸の前に立った。ガラス戸に映る自分の姿を確認するように見つめる。肩から下げたショルダーバッグ、丸いサングラスに掛かった赤茶色の髪を手で横に撫でつけてると、扉を押して中に入った。
薄暗い部屋に、女はサングラスの額の方に上げて、辺りを見回した。古い家具や食器などの日用雑貨の類や古本などもある、古物商という趣。
「なにか御用ですか」
不意に話しかけられて、女は振り返った。黒髪を後ろに束ねた、白いブラウスに茶色のスカートの娘が立っていた。
「あなた、この店の方よね。てことは、あなたがマルグリット?」
「どのようなご用件でしょうか?」
それには答えず、澄ました顔で娘は聞き返した。
「あ、ちょっとまって、少し休ませてもらえない? 歩き回って疲れちゃった」
女は、差し出されたグラスの水を、喉が渇いていたのか、勢いよく飲みほした。
「もう一杯、いかが?」
そういう娘に、女はグラスを差し出した。ガラスの水差しから注がれた水を、女は半分程のんで、テーブルに置いた。
「ありがとう。助かったわ」
女は笑顔で娘に礼を言った。そうして、顔を上げて部屋を見回していたが、思い出したようにバッグを手に取ると中を探っていたが、何かをつまんで顔の前で確かめるように見た。
「これで、お話を聞いてもらえるんだっけ」
女がテーブルに置いたのは、コインだった。
「どのようなご用件でしょうか」
娘は同じことをまた訊ねた。
「あなたにはいろいろと聞きたいことがあるの。私の名前は、アマリア・ベラスケス。ロザリア・ベラスケスの孫と言った方がいいかしら」
女はそばかすの浮いた頬を上げて、ニイっと微笑んだ。
「ロザリア様のお孫様ですか。どのようなことを聞きたいのですか?」
「あ、ちょっと待って」
女はまたバッグを探ると、ノートと鉛筆を取り出してテーブルに広げた。
「私ね、今合衆国の大学で勉強してて、心理学を専攻してるんだけど、最近面白い分野があるの」
そう言って、アマリアは娘の顔を見つめた。
「超心理学って言うんだけど、聞いたことある?」
「高校しか出ていない田舎娘には大学の学問とかは無縁です」
真顔で言われて、アマリアは顔をしかめた。
「そんな言い方しないでよ。そう難しい話でもないし。超能力とか聞いた事はあるでしょ。読心とか透視とか予知とか。まあ、この島だと、魔術って言った方かいいのかしら? そういうことを研究しているの。私の家系もそういう、魔女の家系だったらしいんだけど、私は興味なくて。才能も無かったみたいだし。大学に行ったら、私の家のこと色々と聞かれて、実験に参加したりしたんだけど。やっぱり超能力とか無かったみたい」
肩をすくめてアマリアは笑った。
「おばあちゃんは、お年寄りからは尊敬されてるみたいだし、何か、魔術というか超能力があるんだろうと思っているけど、教えてくれないの。ちょっと勘が良いとこがあるのは分かるんだけどね。それに、とても若くておばあちゃんには見えないのよ。友達は私の母と間違えるくらい」
そう言って左手で頬杖を突いて娘を見つめた。
「それで、私とどの様な関係があるのでしょうか」
「またあ、とぼけないでよ。色々と調べたの。私の家系から、魔女の一族、この島の歴史。まあ、教えてもらったことも多いけど。さっきまでいろいろと聞いて回ったけど、誰も相手にしてくれなかったのよね。大学の調査研究とかって言うだけじゃだめね」
「この島の者はよそ者には軽々しく話はしませんもの」
当たり前のことだと言わんばかりに娘は答えた。
「よそ者って、はっきり言ってくれるわね。まあ、私はよそ者だし、田舎の人はよそよそしいでしょうけど。私が目に入らないみたいに無視する人もいるのよ。それは酷くない?」
娘は頬を膨らませたアマリアを見て、ふっと笑った。
「そういうことは、ちゃんとした手順を踏めば良いでしょう。港町へ行って、役所で大学の研究調査なりなんなりを行うと手続きを取って案内人など頼めば、それなりに話も聞けましょう」
「手続きって、どれくらいかかるの?」
「さあ。一月か二月か」
「そんなの待ってられないわよ」
横を向いたアマリアは、グラスを手にして水を飲み干した。
「それよりも、あなたのことを聞きたいな。この島、ケイースの伝説とかも調べたの。中世まで独立した国で、魔術を使う女王がいたとか。フランク王国に従属するようになっても十九世紀まではケイース侯国として自治権を持っていた。フランクが共和制になってからはケイース市として組み込まれたけど、市長はずっと侯爵家の血筋のものが選挙で当選していたそうね。それ、なんて出来レース?」
アマリアは面白そうに頬杖を突いた顔で笑った。
「大戦の後は、侯爵家は血筋が途絶えたとか。それでもまだこの島の人たちは、侯爵家、というか、その血を引く女性、魔女と呼ばれる存在を神のごとく崇めている」
ノートを開いたアマリアは開いたページを指でなぞりながらそう言った。
「血は途絶えたとかって言われているけど、ここに行けば、望みを叶える魔女がいると聞いてきたわ。魔女の長といわれた、マルグリット・ド・ケイースに会えるって」
コインをつまみ上げて、顔の前で揺らす。
「そのコインはどなたから?」
「これ? 母からよ。私に何か困ったことが起きて、誰にも相談できないような状況になったら、ここに来て頼りなさいって。子供の頃に。まあ、最近まで忘れてたけど。こんなことが大学の研究とつながるとは思わなかったし」
コインをつまんだ手を顔の横に上げて、しげしげと眺めるようにアマリアは見た。
「今は誰にも相談できないような困った状況なのですか?」
「そうね。魔女の実態について教えてって、誰に聞けばいいかわからないし。教えてもらえるの?」
にっこりと笑うアマリアを娘は無表情で見つめた。
「それは、命のやり取りを伴うような、人の生涯の転機となるような時に使うものと聞いています。その覚悟がおありなのですか?」
娘に言われて、アマリアの顔から笑顔が消えた。
「可愛い顔して怖いことを言うのね。命のやり取りとか。じゃあ、やっぱりあなたがマルグリット・ド・ケイースで、魔女の長ってことなのね。私は知りたいのよ。魔女というのがどんな存在で、どんな能力をもっているのか」
コインをテーブルに置いて、右手の人差し指で娘の前に押し出した。
「マルグリット・ド・ケイースは今、ホスピスで伏せっています。私はあなたのような人が来て、煩わされることがないように相手をしているだけです」
娘はコインを逆にアマリアへ指で押し返した。
「ホスピス?」
「思い付きで会いに行っても面会などできませんよ」
念を押すように娘は言った。
「あなたがマルグリット・ド・ケイースじゃないとしても、後継とかなんでしょ?」
「私はこの店の店番をしているだけです」
「ロザリア・ベラスケスの孫娘でも話せないってことね。どんな人なら話してもらえるの? 魔女じゃないとだめってこと?」
アマリアは不満げな顔を娘に向け、まだ食い下がった。
「ロザリア・ベラスケスの孫娘ならば、まずロザリア・ベラスケスに訊ねてみてはどうですか」
娘の顔に笑みが浮かんだ。
アマリアは顔をしかめて暫くその笑みを見つめていたが、ふうっとため息をついた。
「わかったわよ。降参。参りました」
そう言って苦笑いを浮かべた。
「出直すわ。もうちょっと色々と準備しないといけないようね。役所の手続きに一月とかは考えたくないけど」
立ち上がると、バッグを肩にかけた。
「それじゃ。またね。何時かまた来るわ」
娘は立ち上がったアマリアを呼び止めた。
「研究と言うのは、あなた一人で行っているわけではないのですよね。どなたか手伝っている人がいるのですか?」
「え? そうね。手伝ってるのは私の方かな。レイ教授の研究室の一員だし」
「レイ教授?」
「大学の超心理学研究室のヘルマン・レイ教授。この分野では合衆国の権威ね。私もいろいろと自分のルーツとかに無知だったことに気付かされたわ」
アマリアはそれだけ言って、扉に手をかけてから振り返った。
「あなたが研究に協力してくれるというのなら、いつでも歓迎するわ。じゃ」
長々と粘った割には、引きさがるときはあっさりとしていた。
それを見送った娘は、肩をすくめて見せた。
※ ※ ※
『ごめんなさいね。孫娘が迷惑をかけたようで』
受話器から聞こえるロザリアの声は少し遠かった。
「いえ。物怖じしない娘さんですのね」
『あの子の母親の教育がね。合衆国へ行くと聞いたときはただの勉強だと思ったのだけど。魔術研究とか。まあ、でも、そのおかげで合衆国で何をしているのかは、こちらに筒抜けになってもいるわ』
「お孫さんのことは放っておかれるのですか」
『ま、今のところはね。向こうもだいぶ焦ってはいるようね。大戦から二十五年、研究と言っても三割くらいカードの模様を当てて透視と言ったり、たまに意味の通る思い付きをテレパシー? とか言っているだけではね。研究費を出しているのは軍部らしいけど、そのうち予算が大幅に削られるらしいわ』
ロザリアの声にはあざけりが混ざっていた。
『魔術書をいくら読み込んだところで、能力のあるものでなければ生かすこともできない。才能のある子どもを小さい頃から訓練しないと魔術師にはなれない。それも、先達が導いてこそ。才能がある子でも放っておけば大人になるころにはちょっと勘のいい人物くらいになるもの。それを知ってか知らずか全てを壊してしまったんだもの。今更研究なんてね』
ケイースが破壊される前でも、導ける先達など限られていた。
『マルグリット以外に導き手はいなかったのに。もう彼女は……あら、ごめんなさいね』
「いえ、お気になさらず」
『あなたは、後を継ぐ者のことを考えているの』
「さあ。先の事は」
『そうね。それも含めて、集会では話し合おうと思っているの。では、集会でね』
魔女も魔術師ももう殆ど居ない。魔術も魔法も失われた技術といっていい。古代から培われた魔術師の連なり、ネットワークとでも言うようなものも喪われ、魔力を持つ者を見つけ育てることも出来ない。
世間の騒ぎ様と違って、各国の軍部による超能力研究も下火になりつつあった。大戦が終り緊張がありつつも平和な時代となり、稀に表れる個人の能力よりも、だれでも扱える通常の兵器の方が力としても安定している。
それは大戦で崩壊したケイースが如実に表していた。




