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バブルウォール

作者: ω



子供の頃から水に触れている事が好きだったような気もする。

海辺の町で生まれ、その町で育って。そんな私の趣味は水泳。

水が付くものばかりと関っているような私は水に接しながら育ったけれど、そろそろ水以外の外界を見なければならない年頃になった。

生まれ育った海辺の町から電車で約三時間ほど掛けた所にある都会に出てきてまず驚いたことは、

大学入学と同時になけなしの貯金で間借りした学生用のアパートには風呂が無かったことで。


次に人の多さに驚いて、建物の多さに驚いて、こんなにも海の近くにあるのに、水平線が見えない事に驚いて。


大学に通い始めてからも驚く事が沢山あって、


其れが良い意味の喜びなのか、悪い意味の喜びなのか良く解らぬ間に、私は既にその場所に溶け込んでいた。


唯一私が昔から変わらない事は、只唯一「水が好きだ」という事だけで。


銭湯通いを始めてから早三年。だけれども番頭の人とは其処まで仲良くはなれなかった。


コンクリートで固められたこの町は、まるで人の内面までコンクリートで固めてしまったみたいで。


公共施設だからこういうのも可笑しいのだけれど、使い慣れたシャワーの古びたレバーを引くと、シャワーの蛇口から快適な温度に暖められたお湯が勢い良く流れ始める。


視界が湯気で薄ぼやける感覚が心地よい。


この湯気が私の視界を覆いつくして、ずっとずっと其の霧が切れなければ良いのに。



「何か私だけが出来る事」

「何か私だけが持っているもの」



其れを求めて私は若しかしたら、ここに出て来たのかもしれないけれど。

此処にいるとかえって私は其れを見失ってしまっているような気もする。


成績は中の下、ルックスも中の下。

ただ特筆する事項があるとすれば水がすきな事、ただそれだけ。


だけれども水周り関連の仕事には付きたくないし、第一次産業である漁業は何だか疲れそうでそれに私の父はサラリーマンで其の手の人脈が無いので却下。

小さい頃から水泳はやってきたけれど他と比べ秀でているような才能は全くの皆無で。


私だけに出来る事ってなんだろう

私だけが持っているものってなんだろう。


此処数ヶ月、折り返し地点にたった周りの雰囲気に釣られ考えすぎたのだろうか。少し疲れて居るような気がする。


程よい温度より少し熱を孕み私の髪を伝い体中を濡らしていく水が今は酷く心地よくて、乾いた身体に其の心地よい水が吸い込まれて行くようで。

視界が水と湯気で遮られ、周囲が熱と湿り気を帯びた空気で咽返る。


このまま水になって排水溝にながれてしまいたい。何度そう思った事だろう。


当然私という物質を今さら変える事は多分不可能で、馬鹿げた考えを振り払うように緩く頭を振り、レバーを押し戻す。


シャワーを引っ掛けておく場所から十センチほど上に細長い窓があって、空いている窓ガラスの隙間から私を外界から遮ってくれていた湯気がどんどん逃げていってしまう。


俄か寂しさを覚えつつ備え付けのシャンプーのノズルをワンプッシュして、出て来た半透明の液体ともジェルとも言え無いそれを掌であわ立て、髪に其れを移す。


不意に私の正面に備え付けられている鏡に何処から入り込んだのだろうか、一匹のショウジョウバエが止まっていて。

何故だか酷く不愉快で、それでいて手で潰すのは何だか忍びなくて。


それで出来心で、手に沢山纏わり付いている泡を、ショウジョウバエに掛けてみた。

ショウジョウバエは泡が身体に掛かり、暫く白い泡の中でもがいていたけれど、


じきに動きを止め、泡に身を任せて鏡を伝い降りていく。


シャワーのノズルを掴み、其れを洗い流す。


するとショウジョウバエが丁度居た場所に、今度は私が映りこんだ。



何がしたいのかわからない、

何をすればいいのかわからない。


だけれども時間は容赦なく過ぎ去っていく。


歳を追う毎に、選択肢はどんどん無くなっていく。


早くえらばなくちゃ、はやくはやくはやく。


何で私は、こんなに焦っているんだろう。


何で私は、こんなに苦しんでいるんだろう。


何で、


何で、


何で………



泡に絡め取られ絶命したショウジョウバエが、自分に重なったような気がした。


段々と身動きが取れなくなり、最後には息の根を止められる。


逝く先は、何処なんだろうか………――――。



私は一つため息をつくと、髪に付いた泡をお湯で洗い流した。


下らない、だけれども莫迦には出来ない悩み。


何で私はこんな事を、しているのだろう。



湯気が空を求め逃げていく窓ガラスの隙間から、途切れ途切れにサイレンの音が聞こえた。










バブルウォール





(私は水を持っていないから)

(其処を抜ける事が出来ないの)

此処まで読んで下さり、誠に有難う御座いました、

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