獣人の彼がマタタビ効果で甘えてきた件について
改稿で表現をマイルド(?)にしました。
文化祭の景品で、何故かマタタビをゲットした。
「私が貰ったところで、使い道ないじゃん。」
別に猫を飼っているわけでもないし、おそらく一部の人向けに、面白半分で景品に紛れこませたのだろう。
せっかくゲームをクリアして景品ゲットしたのに、ガッカリ感がものすごい。
「何言ってんのルル、むしろこれはラッキーだよ。獣人族の誰かに使ってみたら?」
悪魔族の友人ジュラが目を細め、悪戯っぽく笑いながら提案してくる。
私たちが通うノースヨーク学校は、多様性を売りにしており、悪魔族、獣人族、妖精族、小人族、そして人間族と、さまざまな種族の生徒が通っていた。
ちなみに私、ルル・クーガーは、正真正銘の混じりけなしの人間族である。
「獣人族に使うって、人間相手にお酒とかドラッグ渡してるみたいなもんなんでしょ?しかもこれ猫科の獣人だけの快楽品だし。やだよ。獣人族に仲いい人いないもん。」
「クラスにも何人か獣人族の子いるでしょ。それか、この後の後夜祭で出会っちゃえばいいじゃん~お祭りはまだまだ終わらないよ?」
そう言ってジュラはキヒヒと笑う。他人事だと思って完全に面白がってるな…
ノースヨーク学校の文化祭といえば、何でもありの学校最大の行事で、生徒たちはここぞとばかりに羽目を外す一大イベントだ。
なんなら、毎年ケガ人が続出するほどである。
各学年のクラスが出し物を出したり出さなかったり、あちらこちらで舞台をしていたりパレードがあったり、生徒も先生もみんな、この一日を朝から晩まで最大に楽しむのが昔からの伝統だった。
昼間は割とライトな雰囲気だけど、一回休憩を挟んでの後夜祭はもっとディープなものに変わる。
日が沈んだ夜に後夜祭は開始となり、まず初めに、文化祭お疲れ様でした、の宴が始まる。その宴の会場は、全ての倫理観が崩壊するくらいに混沌とした状態になる。
ちなみに後夜祭の出席は文化祭とは異なり、完全に生徒側の任意である。好戦的な悪魔族や獣人族が、やけに多く姿を見せるのも後夜祭の特徴だった。
「私、今年は後夜祭には出ないつもり。昨年ちょっとだけ出席して、酷い目にあったし。」
話しぶりからこのまま後夜祭に出席する気であるジュラに対し、自分は参加しない旨を伝える。
昨年の経験から、今年は絶対に参加しないと心に決めていた。
ちょうど一年前、まだ一年生だった頃、後夜祭がどんなものか勝手がわからないまま興味本位で参加した。
最初は打ち上げみたいな感じで、飲めや食えやの極々普通の楽しい宴会だった。しかし、途中から急に獣人族同士で誰が一番強いかのバトルロイヤルが始まり、一方で悪魔族のいたずらで生徒の一部が黄泉の国ツアーに連れて行かれたり、最後に人間族と小人族が主催で公開告白大会が始まったりと、まさにカオスだった。
最初は私もそんなハチャメチャな状況を楽しんでいたのだけれど、妖精族の先輩が調子に乗って、見事にやらかした。
服をはぎ取る魔法を、あろうことか会場にいる生徒全員にかけたのだ。上級生はみんな防御できたけど、私たち下級生はその魔法の餌食になり、、、、後のことはもう思い出したくもない。とりあえず大惨事となったとだけ言っておく。
「あんなことがあったのに、2年目も参加しようと思うなんてジュラは本当に悪魔族って感じだね。」
「いやいや、種族は関係ないって。お祭り騒ぎはみんな大好きでしょ。」
「私は文化祭だけでお腹いっぱい。片付けは明日だし、そろそろ帰るね。」
文化祭の当日はみんな片付けなんかしない。翌日になって、掃除専門業者も呼んで一気に片付けるのだ。
「つまんなーい。気が向いたら来なよね!」
「はいはい。」
ジュラの文句を適当に流して、一人学校寮へと足を向けた。
***
…今ごろ寮の自室に帰ってるはずだったのに。
私はいま、学校に戻り、廊下を抜けて自分の教室へ向かっていた。
荷物を教室に置きっぱなしだったことをすっかり失念していた。手ぶらの状態で寮まで帰ってきてしまい、鍵が無いため部屋に入れずその場で崩れ落ちそうになった。合鍵を貰おうと管理室に行くも、寮母さんは文化祭の見学に行ったらしく、不在。タイミングが悪すぎる。
いつになるかわからない寮母さんの帰りを待つよりは、荷物を取りに戻ったほうが確実。そうして止む無く学校まで戻ることにしたのである。
ジュラと別れるときに教室に立ち寄ってさえいれば…
思わず溜息が溢れる。
教室棟の廊下を歩きながら窓の外を見ると、生徒たちが騒いでいる様子が見えた。
今の時間は後夜祭までの待ち時間となるのだが、お祭り騒ぎはまだまだ続いてるらしい。
外から聞こえてくる喧噪を聞きながら教室の扉を開いた。
「あ、イエル君。」
教室に入ると、黄色のツンツンした短い髪をした背の高いクラスメートの姿が見えた。
獣人族のグエン・イエルだ。獣人族特有の鋭い視線が近寄りがたい印象を与えるものの、その整った顔立ちゆえ、女子生徒の間では密かに人気があった。私もまた、よく見ればなかなか整った顔をしているな――程度には感じていた。
ただ、イエル君とは今まで二、三言くらいしか会話をしたことが無く、こうして教室で二人きりの状況は少し気まずい。
「クーガーか。どうした?忘れ物か?」
「うん、カバン忘れちゃって。イエル君は?」
「俺は後夜祭までここで休憩しようと思って。ヨルたちと対種族戦の大乱闘を企画してるんだけど、おまえも行くよな?人間族で出ろよ。」
ヨルとイエル君は同じ獣人族の生徒だ。外見は人間と変わらないから、見た目だけではどんな種類なのかまでは分からないのだが、確か二人とも虎か豹かその辺だったはず。
彼らはめちゃくちゃ好戦的で、毎日誰かと喧嘩してるらしい。私は実際に現場を見たことは無いけどよく怪我をしてるのを見かける。彼らが怪我をするたびに小人族の子たちが手当してあげてるから、大変だなーと遠巻きに見ていた。
後夜祭でも大乱闘を企画とは、本当に戦うことが好きなんだな。
「私、今年は後夜祭は出ないで寮でゆっくり休むつもり。ごめんね、楽しんできて。」
「つまんねーな。じゃあ、いまは暇なんだろ?ちょっと付き合えよ。」
「何?」
「一戦交えようぜ。」
「なんで」
暇つぶしに一戦って何なんだ。
「人間族とは戦闘実技の授業以外で戦ったことがない気がする。」
「そりゃ必要ない時はみんな戦わないでしょ。」
「いま、必要だ。俺が暇なんだ。」
「えー…」
今までこんなに絡まれたことは無かったから、余計に対応に困る。
強く断るべきか、クラスメートとして仲を深めるためにうんというべきか。いや、一戦交えたとして、仲は深まるのか?
「っ!」
あれこれ考えている内に、目の前に彼の蹴りが飛んできた。
それを已の所で避ける。
「ちょ、ちょっと!私まだ、うんって言ってない!」
「沈黙は肯定だろ!俺、いっぺんおまえと闘ってみたかったんだ!」
そう言いながら次から次へと素早い蹴りが繰り出される。
体格差的に、当たったら間違いなく吹っ飛ぶ。死ぬ気で避けなければいけない。
狭い教室で何やってるんだマジで。
「ほら、避けてばっかりいないで、反撃しろよ!」
「むり!」
私は反射神経がずば抜けていると自負しているので、避けるのに関しては自信がある。が、痛い目を見るのは分かりきっているので反撃はしない。
イエル君が一方的に蹴りと打撃を繰り広げる一方で、それをスレスレのところで毎度かわしていく私。
これ、どうやったら終わるの…
と、一瞬、反応が遅れてしまった。
イエル君は手の一部を獣化し、爪でこちらに切り付けてきた。
慌てて右に避けると、制服のスカートの一部がスパッと切れる。
「げーっ最悪!」
「悪いな!後で自分で縫ってくれ!」
いやいや弁償してよ。私そんな器用じゃないし。
切られた部分はスカートのポケットの部分にも貫通したらしく、中に入れていたマタタビの袋が破れて床に落下した。
と同時に粉末が一面に舞う。
うわ、あのマタタビって粉末だったのか、掃除大変じゃん。
「片付けは一緒にやってよ!」
そう叫ぶが、反応がない。
そして攻撃もこない。
どうした?
突然ぴたっと大人しくなってしまったイエル君。
「あれ、終わり?」
下を向いて、力なく腕を垂らし震えている。明らかに様子が変だ。
「イエル君?どうしたの、大丈夫?」
「…」
「イエル君?」
急にまた攻撃されたらたまらないので、ゆっくりと彼に近付く。
目の前まで行くと、彼の顔がこちらを向いた。
獣のような金の目に視線を絡めとられ、一瞬、時が止まったような気がした。
***
「そろそろ辛い…」
『なんでー?』
そう不満を口にするのは小さな獣。
人間と声帯機能が違うはずなのに、どうやって人型のときと同じように喋っているのだろう。
「いや、いま何時よ…大乱闘始まっちゃってるよ?行かなくていいの?」
『いいよ、こっちのほうが、ずっとイイ。』
私の膝や太腿に、獣・・・もとい大きな猫サイズの虎に変異したイエル君が、そのフワフワの頭を必死に擦り付けている。
さっきからハンカチで必死に拭っているが、顔は彼にベロベロに舐められ、吸水が追い付いてない。
『ここ〜』
イエル君がトントンと肉球のついた可愛らしい手で自分の顎の下をアピールする。
「あーはいはい。」
言われるがままに、彼の顎の下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにしている。
どうしてこうなった。いや、マタタビか。てか戦闘狂の君はどこにいってしまったの。
*
さっき、イエル君が動きを止めた後、彼の身体に異変が起きた。
私をしばらくの間じっ、と見つめたかと思うと、そのまま私の身体を床に押し倒し、上に伸し掛かってきたのだ。
「え」
次は組技を始めるつもりか、と思ったら、そのまま私の両手を拘束した。
それから彼は無言で私の身体に自分の頭をスリスリし始める。黄色のツンツン頭は見た目に反して柔らかい。今の私は、完全に彼に組み敷かれている状態になっている。
「ちょ、なに、止めて!一体何してんの?!」
「ふふ~・・・スリスリしてるだけー」
様子がおかしい。声が先ほどの活発なトーンと違って、甘すぎる。
彼の顔を見ると、先程までのギラギラした目から、熱に浮かされたような、とろんとした目つきに変わっていた。
「ええ、どうしたの、なんか酔っ払ってる?」
「たぶん、マタタビの匂いのせいかも・・・フワフワするんだ」
たしかに、フワフワしてる。目元が赤い。ああ、やめて、私の髪の毛でじゃれないで。てか誰だコレ。さっきのギラついていたイエル君はどこにいった。
「ええ、マタタビって、イエル君にも効くの?あ、そうか猫科の獣人だったか!」
「ネコじゃないよ、トラだよー!」
そう言うと、ぼふん、っという音とともに、彼の身体が獣のそれへと変化した。
「猫じゃん。」
ぱっと見少しばかりサイズが大きな寅ネコ。
しかしその発言が彼の琴線に触れたのか、首を甘噛みされた。
「いたっ!」
『だからネコじゃない、トラだってば。訂正して?』
猫ではないと抗議しながら、再度フワフワの頭を私の顔に擦り付ける。
そして、
「ひっ」
顔を舐められた。
『あまいね。もっと。』
目元から鼻、頬に至るまで抵抗する間もなく顔中を舐められる。ちょっとどういう状況これ。
身体の上から虎のイエル君をどかせようとするも、彼は私に拘束魔法を使ったのか、指の一本すらぴくりとも動かすことが出来ない。
「イエル君、ちょっと待って、これはただのクラスメートの人間族にはやっちゃダメな行為だよ!獣人族同士でもアリなのか知らないけど。」
『だいじょぶ、すきなこにしかやらないからー』
好きな子って、私は違うだろうに。
「!、やだ、くすぐったいっ」
あろうことか、私の脇と胸の間に頬を埋めて、そこも舐めだした。
これうちの実家で飼ってる猫と同じ謎の行為!
「イエル君ってやっぱり猫の獣人でしょ!?」
『ちがうよ、トラだってばー』
イエル君はガオーっと軽く唸ってみせる。その様子はどこか楽しそうで、さっきまでの挑発的な鋭い感じはどこにも見当たらない。
こんな間近で実物の虎を見ることなんて今まで一度も無かったから、好奇心に負けその姿をじっくり観察する。猫よりも前足、後ろ足、鼻や口の作りは大きく、毛並みはまだ成獣じゃないからかフワフワしている。まるで虎のぬいぐるみだ。そのきれいな金の目は、どこか見覚えがあるような気がした。
おいおい……思わず可愛いと思ってしまったではないか。
すると、いつの間にか魔法を解いたのか、両手の自由が利くようになっていた。
チャンスと言わんばかりに身体の上から虎のイエル君を退かせようとする。
が、次の瞬間、彼は人型に戻り、そのまま思いっきり私を抱きしめてきた。
「ふふ、いいにおい・・・」
抱きしめながら私の頭をふんふん匂ってくる。一日騒いでホコリを被ってるのだから、いい匂いの訳がない。
「いい匂いなんかじゃないよ、たぶんマタタビの粉末が飛び散ってるだけだから!」
「ううん、これはクーガーの匂いだよ、いいにおい」
両手でぐっと彼の胸を押してみるが、イエル君は私の全く身体から離れようとしない。
「お願い、退いて」
「のいたらにげるでしょ?やだよ、のいてなんかやらない。」
「じゃあ、逃げないから、いったん降りて。嘘なんてつかないから。」
「ん」
私の逃げないの言葉で、彼は素直に離れてくれた。捲れあがっていたスカートを直し、よいしょと立ち上がる。が、ものすごい力で手を引っぱられ再度その場に座らされる。
「にげないんでしょ?」
「いや、逃げないと言ったけれども。」
なぜ座る必要があるのだろう。
「ほら、こっち」
「うわ」
足の下に手を入れ、抱っこで彼が広げた足の間に移動させられる。
「これならいいよねー」
後ろから彼の固い筋肉質な腕でぎゅっと抱きしめられ、再度スリスリが始まる。
「いや、よくないでしょ、これ正気に戻ったときどうするの?イエル君黒歴史作っちゃってるよ!」
クラスメートに自分の痴態を披露して襲い掛かったなんて、マタタビ効果が切れたときにプライドが高いと言われている獣人族なら羞恥で死にたくなるのではないだろうか。
どうぞ彼の名誉のためにも誰も教室に来ませんように。
「いいよ、つくっちゃっても。」
「ひゃっ!」
耳を噛まれた。甘噛みだから痛くはないが、ゾクゾクする。
「ちょっと!虎ならまだしも、人型でこれは無い!」
「ごめん、つい、かわいくて。」
「かわいくないから。ちょっと水でも飲んで新鮮な空気吸おう?」
「いい、こっちのほうがいい。」
よくない、と言いそうになったとき、私の唇に彼の顔が近づいてきた。
「そこはもっとダメでしょー!」
キス!口と口が触れたら私のファーストキスになってしまう。
「なんで?ここがいちばんいいにおいがするよ。」
再度彼の顔が近づいてきたところで、イエル君の口を手でガードする。
「唇に何かするつもりなら、私は全力で逃げる。」
いまは手加減しているが、たぶん本気を出せば簡単に彼の拘束からは逃げれるはず。
「・・・残念だ。」
シュンとしょげる様子で呟き、私の肩に頭をこてんと乗せる。小動物をいじめたみたいな気持ちになるから止めて。そして頭を乗せないで、顔近いってば。
「じゃあ、虎でならいいよね?」
「え」
ぼふんという音とともに、イエル君が再度獣化する。
そして私の膝に前足を乗せ、頭、耳の下、首筋、と順に舐めていく。確かにこれは口づけではない。猫が舌でベロンと舐めるアレだ。
けれど、これ、虎の姿といえど、刺激が強すぎる。だって人型のイエル君が同じことしてると思ったら…想像するだけで顔に熱が集まる。
彼の甘える行為に、私は腰がガクガクになっていた。たぶん、今、立てない。
『あー・・・しあわせ~すき。好きだよ、クーガー』
耳元で何度も甘く囁かれる。
「…幸せでよかったね………」
もういいや、無駄な抵抗は止めて、効果が切れるまで流れに任せよう・・・
*
「…………………………すいませんでした。」
いま、私の目の前には土下座をしたイエル君がいる。あれから途中で酔っ払い疲れて寝てしまったイエル君に膝を貸してあげてたこともあり、帰るに帰れず、すでに外は真っ暗になっていた。
「いや、もういっぱい謝ってくれたからいいよ…」
「謝り足りない。本当にごめん。まさかあんなに気持ちよくなる、いや、醜態を見せるとは思ってなかった。」
「意識はあったの?」
「それはもう、ばっちり。至福のひとときだった…顎の下を撫でてくれるクーガー、腹を撫でてくれるクーガー…」
感慨深そうに目を細めて何かを思い出している。ああ、そう言えば最後の方は彼のお腹までナデナデさせられたんだった。
「ソレハヨカッタネ。それにしても、マタタビの効果ってすごいんだね。私も今回でよくわかったよ。」
「あれは多分魔術も組み合わされた最高級品だと思う。即効性、持続性、快楽性、どれをとっても一級品だ。」
マタタビにも高級品なんてランクがあるのか。快楽性はわからないけど、即効性と持続性は確かにすごかったと思う。
「というか、イエル君のあんな状態、私に見られても良かったの?」
「あ?うん別に。」
「そっか。」
なんだよ、獣人族としてのプライドは無いのかよ。
「クーガーはあれをどうやって手に入れたんだ?」
「マタタビ?文化祭の景品だよ。三年の実習室でやってたゲームで一位になって。それで貰ったの。」
「え、実習室のゲームって、打撃戦のアレか?」
「そうそう、アレ。一位だっていうのに、景品がマタタビでがっかりしたよ…。」
「やっぱり、おまえ、とんでもなくすげーよな…」
三年の実習室で行われていたのは『皆殺しゲーム☆勝つのは誰だ?己のパンチを信じて豪華景品をゲットしよう!』という肉弾戦ゲームだ。
ゲームの主催者の三年が挑戦者の客に襲い掛かって来るのだが、挑戦者は一人で敵に挑まなければいけない。しかも挑戦者が使用していいのは拳のみ。対して、主催者側は武器の使用は何でもアリ。そんな状況で倒した人数に応じて景品がもらえるのだ。
私は反射神経に自信があるが、自分のグーパンにも相当な自信を持っていた。結果、漏れなく全員一撃で撃退し、見事一位の景品をゲットすることとなった。あれだけ頑張ってマタタビかよ、と思ってしまった私は間違ってないはず。
そんなこともあって、いつもより身体が疲れていたから後夜祭は出ずに、寮で早めに休もうと思っていたのに。
「なあ、今からでいいから、後夜祭に一緒に出ないか?」
「ええ、もうほとんど終わりの時間でしょ。最終プログラムって公開告白大会じゃん。お目当ての大乱闘は終わってると思うよ?」
「だから行くんだよ。」
なんで告白大会にそんな仲良くもないクラスメートと一緒に見に行きたいんだろうか。
「私ほんとクタクタだから、帰らせてよ…」
目を瞑ったら疲労のおかげで速やかに寝れる気がする。もう10時は過ぎている頃だろう。
「じゃあ、ここでいい。好きだ。」
「ん?」
一気に目が覚めた。
「クーガーのことが好きなんだ。前から気になってたんだけど、今日で完全に惚れた。」
「いやいやいや、私たち今日まで全然喋ったことなかったでしょ。それにさっきのはマタタビ効果のせいだから、勘違いしないほうがいいよ。」
マタタビのせいで熱に浮かされただけだから。
「勘違いなんかじゃない。普段は大人しい奴なのに、実技の授業では遺憾なく強さを発揮するおまえのことがずっと気になってた。模擬戦で涼しい顔して一撃必殺を決めまくるところとか、マジで格好良すぎるだろ。でも普段は戦いとかも好きじゃなさそうだし、どうやって声を掛けたらいいかわからなかったんだ。本当は前から話掛けたいと思ってた。」
まさか彼から好意を持たれてたとは、いままで全くこれっぽっちも気付かなかった。そんな素振りあったっけ?
「今日、俺にずっと付き合ってくれてただろう?おまえが本気を出したらいくらでも俺から逃げられたはずだ。なのに逃げなかった。これって、多少なりとも気持ちがあるって期待してもいいよな?おまえが好きだ、クーガー。」
なんてド直球な告白。
多少なりとも…のくだりは、正直に言うと、イエル君の言う通りだ。彼の拘束魔法も、人型での抱擁も、本気を出せばいくらでも逃げることができたし、なんなら逃げる前に彼を半殺しにすることも出来たと思う。
ただ、マタタビで酔っ払ったイエル君は、なんていうか…愛猫心を刺激されたのだ。寮に入るまでは実家で飼っていた猫をずっと可愛がってきた。彼の様子はうちの可愛い愛猫を彷彿とさせた。
それに、あのままイエル君を残して教室を去ったら、せっかく懐いた捨て猫を放置して去っていくような罪悪感で見捨てることができなかった。
これまで彼のことを全く意識したことが無かったから、同じ気持ちを返すことは出来ない。けれども、好きという気持ちをぶつけてきてくれたことは素直に嬉しいのでお礼を言う。
「ええと、ありがとう。気持ちは嬉しい。」
「!それって」
「ただ、私まだイエル君のことよく知らないし、獣人族のこともよく知らないから、」
イエル君が話の途中で、私の手を取り額と額を合わせてくる。
「じゃあ、付き合ってから俺のことや獣人族のことを知っていって欲しい!それでもいいだろ!?」
近い。この人の距離感はどうなってるんだ。近過ぎて彼の目から視線を逸らすことができない。
「う、うーん、じゃあ、それでいい、かな…?」
彼の押しに負けたのもあるけど、私はイエル君の目に弱いみたいだ。
彼の目が実家に置いてきた愛猫、寅ネコのトラにあまりにもそっくりだったから。
「ありがとう!!!!」
ぎゅーっと抱きしめられ、またもや耳を甘噛みされる。
この甘噛みも実はトラにそっくりだったりする。嬉しいと噛んでくるという憎たらしくも可愛い猫。
このときの私は彼のことを人の姿をした可愛い猫かなんかだと思っていた。
***
その後、文化祭のあの日から付き合いだした私たちだったが、やっとおまえらくっついたか!と何故かクラスメート全員からお祝いされてしまった。
どうやら私が気付いてなかっただけで、みんなはずっと、私のことを好いてくれていたイエル君のことをヤキモキしながら見守っていたらしい。
ジュラからも、「文化祭のときに獣人族に仲いい子はいないって言ってたけど、イエル君にマタタビ使えばいいのにって思ってた」と言われた。
彼は普段は今までと変わらず好戦的で、友人らと馬鹿みたいに戦っては怪我をしてくるのだが、私と二人きりになったときは、マタタビを服用してないにもかかわらず、人が変わったかのように甘えてくる。私もそんな彼を甘やかして可愛がる。主に虎になった時に限ってだけど。
たまに喧嘩してキャットファイトをガチンコでやったりもする。けれど、獣化した彼が擦り寄ってきて、私がそれを受け入れ…といった形で仲直りするのが、喧嘩終了のお決まりのパターンだった。
こんな感じで飼い主と飼い虎みたいな関係が続くのかと思ったけど、「たまにはルルも俺に甘えろ。」と人型のグエンが雄を見せるので、私はそのギャップに完全にやられた。
獣人族について詳しくなかった私だけど、彼らは人に甘えるのも、人を甘やかすのも上手な、素敵な種族だということは伝えておくことにする。
(おわり)
最後までお読み頂きありがとうございました。