付き合い始めた彼女がファッションモデルでエキセントリックすぎる
私の名前は弁道賢一。64歳、サラリーマンだ。
私には付き合いはじめたばかりの彼女がいる。ずっと独身で仕事一筋に生きてきたのだが、まさかこの歳になってそんなものができるとは思ってもいなかった。
「お待たせ、賢一さん」
待ち合わせ場所の巨大キティーちゃん像の下、今日も彼女はいつもの装いで現れた。渋谷の街にとてもよく似合っている。
真っ白なビニールコート、真っ白なブーツ、黒いリボンのついた真っ白な幅広帽子、真っ白だ。
並の女性なら合羽を着た変な女に見えることだろう。しかし彼女は只者でないのだ。さすがに着こなしている。
そしていつものように、顔にはプロがしたようなメイクを施し、唇にだけ何もつけていなかった。すっぴんの唇だ。
ファッションモデル富士田ミコル27歳──
まさか私ごときが彼女のような有名人と恋仲になれるなどとは、思ってもみなかった。しかもきっかけがただ吉野家で隣の席だったというだけで……。
渋谷の街を歩きながら、彼女はまたいつものように、白いビニールコートに色を塗りつける。
「あっ、かわいい!」
花壇に咲いている黄色い花を見つけてしゃがみ込み、人さし指を差し出す。
「お花さん、ちょっと色、もらうわね」
そう言って、ちょんと指先に花粉をつけると、自分の服に色を移した。
歩くたびに彼女の白いビニールコートが色で染まっていく。
「賢一さんの色もちょうだい」
「ウム」
かわいくせがまれ、じっと立ってそれを待つ彼女の胸と胸のあいだに、私は持参したピンク色のクレヨンを取り出すと、ねこを描いてあげた。
「わあっ、かわいい! 賢一さんの絵、あたし好き!」
我ながら拙い、小学生のような絵だと思うが、彼女はそう言ってくれる。
37歳も年下のミコルは私の孫娘のように無邪気であり、あかるい太陽の下が似合う美しい女性でもあった。
彼女のすっぴん唇を指先でぷるんとしたい気持ちを必死で抑えながら、私はニコニコ笑顔で聞いてみた。
「今日は唇は何色に染めるのかなっ?」
ミコルもニコニコ笑顔で答えた。
「賢一さん、あたし今日はカレーが食べたいな!」
『カーン』という名のカレーショップに二人で入った。
私は年のわりには冒険好きだ。スパイシーマンゴーカレーというのを選んだ。なかなか異国情緒のありそうなメニューだ。どんな味なのか、わくわくする。
ミコルは吉野家風チキンカレーにした。インド人っぽい店員のこの店でそんなものを選ぶとはさすが彼女、エキセントリックだ。
まずは彼女の頼んだ皿がやって来た。ミコルはそれをふつうにぱくぱく食べた。
「おいしいかい?」
私が聞くと──
「うん、おいしいよ! ちょっと食べてみる?」
口をつけたスプーンにカレーライスを乗せ、差し出してくる。
私は彼女の手から食べた。
自分がどんな幸せそうな顔をしているか、みっともなくて想像できなかった。
「うん、吉野家カレーの味だ!」
「でしょ? みこるんのカレー、おいしいでしょ?」
さて私の注文した品がやって来た。
黄色いマンゴー色のカレーにゴロッとした鶏肉とマンゴーが顔を出し、香草が乗せられている。別皿におおきなナンが一緒に出てきた。
ミコルが無言で私のカレーを見つめている。
彼女は自分のカレーをふつうに食べた。と、いうことは──
私は聞いた。
「これにするかい?」
ミコルはうなずいた。
「うふ、それ、ちょうだい」
彼女の前にスパイシーマンゴーカレーを置く。
彼女はゆっくりと、洗面器に顔をつけるように、それにキスをした。
むにゅむにゅとしばらく口を動かしていたが、やがて顔を上げると、その唇いっぱいに黄色いカレーがついていた。
んむ、と唇をすぼめ──
んぱっ! と、口を開く。
すると彼女のすっぴんの唇にカレーの油がつき、それがそこはかとなくマンゴー色に染まっていた。
「んふ、似合う?」
「似合う! 似合ーう!」
私は思わずオーバーリアクションで褒めていた。
この歳になって、まさかこんなバカップルをやれるとは思ってもいなかった。