追放聖女、軽やかに舞う
エリザベスが途中で放棄した聖地巡礼を、リリアーナが最後までやり遂げたことで、王国の結界は完全に復旧した。
翌朝。
穏やかな朝日が王都を包み込む中、その片隅にある訓練場では、リリアーナとレオンハルトが剣を交えていた。
普段なら、騎士たちの怒号や剣戟の音が飛び交う場所。
今は、ただ二人の剣の交わる音だけが静かに響いていた。
レオンハルトの繰り出す容赦ない太刀筋を、リリアーナは軽やかにいなし、時折、鋭い反撃すら見せていた。
「リリィ……お前は最高の女だよ」
レオンハルトの口元がゆるみ、その目はどこか常軌を逸した輝きを帯びていた。戦いながら、愛を語る。それが彼にとっての理想なのだ。
「ありがとう、ハル。でも、いつまでそんな余裕でいられるかしら?」
リリアーナは負けじと応じ、再び二人の剣が舞うように交錯する。
この奇妙な愛の語らいは、永遠に続くかのようだった。
――だが。
「いい加減にしろ、二人とも」
呆れたような声が場を断ち切る。皇帝陛下カイゼルが、二人の前に姿を現した。
「せっかくリリィと愛を確かめ合っていたのに、水を差すのはやめてもらえませんか」
余所行きの仮面を貼り付けながらも、苛立ちを隠しきらないレオンハルトに、カイゼルは冷ややかな視線を投げた。
「昨夜手合わせできなかったからといって、今しなくてもよいだろう。
用があるって連絡しておいたじゃないか。あと、今更その猫かぶりも気持ち悪いからやめてくれ」
レオンハルトは舌打ちをし、不服そうに剣を納めた。
「本来ならこんなところで話すことじゃないんだが、お前たちがいつまで経ってもこないせいで時間がおしている。やむを得んからここで沙汰を出す」
カイゼルは肩をすくめ、後ろを振り返る。そして、二人の前に、縄で縛られたエリザベスとその父であるカルディスが引き出されてきた。
威厳を誇っていたかつての姿はどこにもない。エリザベスは顔色を失い、髪は乱れ、目元は泣きはらしたように赤い。
カイゼルはまず、王女エリザベスの処遇を告げる。
「エリザベス。お前の行いは、王家の名を汚すだけでなく、国民をも危険に晒した。よって、王族の資格を剥奪し、修道院送りとする」
「はあ!? ふざけないでよ! 私は王女よ!? 誰がそんな――」
「黙って」
その声が発せられた瞬間、訓練場の空気が凍りつく。
リリアーナが、すっと剣を抜き、音もなくエリザベスの前に立ったのだ。
「っ……ひっ! 来ないでええええっ!!」
エリザベスは尻餅をつき、怯えながら後退した。
リリアーナは淡々と剣を持ち上げ――その刃を、エリザベスのすぐ足元へと突き立てた。硬い石畳に食い込む金属音が、まるで処刑の合図のように響く。
「私への嫌がらせだけならいくらでも我慢できたわ。でも、民に迷惑をかけるのは……到底許されることじゃない」
その一言に、エリザベスは息を呑む。
「あなたは聖ジェローム修道院で、清貧と奉仕の日々を送り、自分の罪としっかりと向き合いなさい」
聖ジェローム修道院――王国内で最も規律が厳しいとされる修道院。エリザベスはそれ以上何も言えず、ただ震えながら小さく頷くしかなかった。
続いて、王カルディスへの沙汰が下される。
「娘一人を御すこともできず、この国の根幹ともなる結界を損なう事態を引き起こした。もはや国を語る資格はない。廃位は既に決定事項。そして、お前には、王都再建のための労働刑を命ずる」
「……はい、異論はありません」
かつての王、カルディスはその言葉に逆らうこともなく、ただ静かに頷いた。だがその姿に、威厳はおろか、人としての芯すら見えない。
「王の器ではなかった、ということだな」
カイゼルの冷徹な一言が、カルディスの最後の誇りを打ち砕いた。
「さて、ここからが本題だ」
エリザベスとカルディスが連れていかれたのを見届けた後、これまでの重苦しい空気を発散させるかのように、カイゼルが口を開いた。
「王国はあくまで、帝国の属国という扱いだ。よって、新たな王を建てる必要がある。
レオンハルト。俺はお前が適任だと思うが、どうだ」
数ある作品の中から、この拙作を読んでいただきありがとうございます。
少しずつPVも上がってきており小躍りしています(~'ω' )~
そしてなんと(?)次回が最終話となります。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。