追放聖女、嵐を歓迎する
森の奥深く、陽光が木々の間から差し込む小さな小屋。リリアーナは窓辺に置かれたテーブルで、湯気の立つハーブティーを傾けていた。追放された身でありながら、その表情に悲壮感はない。むしろ、ここでの日々が彼女の心を癒しているかのようだった。
「随分と落ち着いたものだ」
不意に聞こえた声に、リリアーナはカップを置いた。小屋の入口には、見慣れた男が立っている。真紅の軍装をまとった帝国の皇帝陛下カイゼルだ。近所を散歩するみたいに、たびたび来られても困るんだけど…。
「また来たの……。側近のセルゲイさんだっけ?皇帝陛下がこんなところでふらふらしてたら泣いてるわよ……」
リリアーナの問いに、カイゼルは微かに笑みを浮かべた。
「大きな仕事終えたんだ、こうして静かな場所で少し茶を飲むくらい許されるだろう。それに、報告もある」
カイゼルはリリアーナの向かいに座り、置いてあった茶菓子を口にした。その様子は、まるで古くからの知人のようだった。
「まぁいいけど……。報告って?」
リリアーナは予備のカップにハーブティーを注ぎながら続きを促した。
「お前の祖国、帝国の属国になったから」
カイゼルは、まるで今日の天気でも語るかのように、淡々と告げた。
「んんん。話についていけないんだけど!?」
リリアーナは、困惑したように首を傾げた。王国のことが気にはなっていたが、この展開は予想していなかったのだ。カイゼルの目が面白そうに細められる。
「魔獣が対処しきれないほど増えていてな。聖女は機能せず、騎士団は魔獣討伐に不慣れ、王都が壊滅寸前の危機に陥っているから助けてくれと泣きつかれた。そこで我が騎士団を派遣して魔獣を一掃し、民衆の不満がたまっていたのを利用して、そのまま……ね。お前が追放されたことがすべての始まりだろうな。少しは感謝しないとな?」
カイゼルの言葉には、王国への嘲りと、リリアーナへの皮肉が込められていた。リリアーナはその言葉に、わずかに表情を曇らせる。
「毎日祈祷は続けてたけど、さすがにここからじゃ届かなかったか…。
え……待って、聖女が機能せずって、エリザベス様はどうしたのよ?私がいなくても大丈夫っていつも息巻いてたのに!」
「俺のところに上がってきた報告では、日々の祈祷もろくにせず、聖地巡礼も途中で放りだしたようだぞ」
「えぇ…だめだめじゃん…。それでも、ハルがいれば魔獣対処できそうだけどな」
リリアーナはため息をつくように呟いた。
「なんにせよ、民を助けてくれたのは感謝するわ。わざとじゃないとはいえ、私のせいで民に被害が出てるなんて笑えないし」
「その護衛騎士レオンハルトだがな、行方しれずだそうだぞ。なんでも王を殴ったあと姿を消したらしい」
「殴っちゃったの!?王様を!?」
(──ハル、もしかして…)
突然の暴風に、リリアーナはわずかに眉を寄せた。けれどその表情は、すぐに静かな笑みに変わる。
その時、小屋が低く唸るように揺れた。窓ガラスが震え、悲鳴のような音を立てる。
次の瞬間、木屑と土煙が舞う中に、銀の鎧に深い青のマントを纏う男が立っていた。
リリアーナの護衛騎士──レオンハルト。
彼の銀色の鎧は泥と血で汚れ、瞳には狂気じみた光が宿っていた。その殺気に、カイゼルさえも一瞬、目を細める。
「こんな場所で隠れんぼしていたのか、リリィ。ようやく見つけたと思ったら、浮気とはいい度胸じゃないか……俺はお前に会えなくてどうにかなりそうだったのに、優雅に他の男と茶会か。なんて冷たい婚約者殿だ…」
荒々しい声が小屋に響き渡る。その言葉は、まるで歪んだ愛と支配欲の塊だった。
リリアーナは、レオンハルトの狂気を宿した瞳を真っ直ぐ見据え、一呼吸置いてから言った。
「ハル、随分と時間がかかったのね。待ちくたびれたんだから、お茶会くらいしててもいいでしょ?浮気はしてないけど、心配ならすぐ来てよ」
リリアーナは、その狂気を意に介さず、穏やかな口調で言い放った。
「チッ…なんだなんだこの場所は。追跡魔法が効かないとか、ふざけるなよ……。そのせいで後れをとった。一分一秒でも早くお前の元にたどり着くつもりだったのに」
「わかったわかった。膝枕してあげるから、機嫌なおして」
レオンハルトは、苛立ちを抑えることなく、ものすごい速さでリリアーナの膝に寝転んだ。
リリアーナは慣れた手つきで彼の髪を撫でる。すると、先ほどまでの狂気が嘘のように、その場には穏やかな時間が流れ始めた。
二人のやりとりに、数々の修羅場をくぐり抜けてきたカイゼルですら、頬を引きつらせ、言葉を失っていた。