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追放聖女、安息の地を見つける

魔獣との戦闘を終え、一息ついたリリアーナは、血の付いた短剣を服の下にしまい込みながら、今後のことを考え始めた。


森は深く、その空気は魔素の濃さで重く満ちていた。十中八九ここは『終焉の森』だろう。

『終焉の森』のことは、聖女教育で学んでいた。魔獣が異常繁殖し、生命を脅かすほどの魔素が澱む危険な場所だ。


選択肢は大きく分けて二つある。一つは、どうにかしてこの森を抜け出し、隣接する帝国へ向かうこと。聖女であると明かせば、助けは得られるかもしれない。しかし、またあの煩わしい貴族社会に身を置くのは……正直気が進まない。もう一つは、王都へ戻る方法を探すことだが、杖を奪われた今、それは不可能に近い。

それに、戻ったところでまたエリザベスの嫌がらせが待っているだけだ。一つだけ気がかりなのはあいつだけど…まぁ会いたければ、そのうち会いにくるでしょ。リリアーナは、そう楽観的に結論付けた。



「……うん。よし!」


リリアーナは、ふっと表情を緩めた。彼女が選んだのは、どちらの道でもなかった。


「誰も邪魔する奴がいないって、最高じゃない?この森で、自由に暮らそっと!」


貴族のしがらみも、聖女としての重責も、エリザベスの嫌味も、ここには何もない。これまでずっと、他人の目を気にして生きてきた自分には、こんな自由な生活こそが、何よりも求めていたものだった。


そう決めてしまえば、リリアーナの行動は早かった。まずは安全な寝床を見つけなければならない。魔獣の気配を慎重に探りながら森の奥へと進んでいくと、突然、木々の間に不自然な影を見つけた。近づいてみると、それは蔦に覆われた、古びた小屋だった。


「お邪魔しまーす…」


ドアは朽ち果てており、中も埃だらけで荒れ放題だったが、かろうじて屋根は残っている。


「さすがに誰も住んでないよね…?」


日も傾き始め、腕に覚えがあるとはいえ野宿は危険だ。


「どなたかわかりませんが、お借りしますよー」


リリアーナは早速、掃除に取り掛かった。平民出身のリリアーナにとって、掃除は慣れたものだ。箒代わりの枝で埃を掃き、濡らした布で棚を拭いていくうちに、小屋は少しずつ生気を取り戻していく。


掃除を進めるうちに、奥の棚から一冊の古い日記を見つけた。埃を払い、中を開くと、達筆な文字でこう記されていた。


『ここに辿り着く者がいるとは、驚きだ。私は、かつては聖女だった。世間からは変わり者と揶揄されたが、この森の奥で、真の平穏を見つけたのだ。

もしこの地での暮らしが気に入ったのであれば、この小屋は好きに使っておくれ』


どうやら、この小屋は、リリアーナと同じく聖女が住んでいた場所らしい。日記には、その聖女が森の暮らしをどう工夫し、魔素に満ちたこの環境でいかに生き抜いたかが克明に記されていた。


『この森は、確かに魔素が濃い。だが、それを聖なる力で逆用すれば、様々な恩恵をもたらすこともできる。』


読み進めていくうちに、リリアーナの目が釘付けになった箇所があった。日記の最後の方に、こう記されていたのだ。


『私の杖は、この小屋の祭壇の下に残しておく。きっと、いつかこの地を訪れる、志を同じくする者に役立つだろう。』


急いで祭壇のあった場所を調べてみると、確かに古びた木の板の下に、一本の杖が隠されていた。王都で奪われた杖とは形も色も異なるが、確かに聖女が使うものだった。


「やった!これ、使わせてもらおっと!」


杖を手にしたリリアーナは、すぐにそれが彼女の魔力と共鳴することを感じた。奪われた杖は、聖女としての“道具”だったが、この杖はまるで彼女の一部のようにしっくりと馴染む。


小屋の祭壇には、魔力を流すための術式が刻まれていた。日記を参考にしながら、リリアーナは聖なる魔力を祭壇に流し込んだ。すると、祭壇が淡い光を放ち、小屋の周囲に微かな障壁が張られたのがわかる。魔獣がむやみに近づけない、最低限の安全が確保できた。


これからは、自給自足の生活だ。日記には、森のどこに薬草が生えているか、どの木の実が食べられるか、そして聖魔法を使って食料を育てる方法まで記されていた。リリアーナは早速、小屋の裏に小さな畑を作り、聖魔法で種を植えてみた。ほんのりと光を放つ作物は、驚くほどの速さで成長していく。


「すごい!これなら、食料に困ることもなさそう!」


森には、毒草も多いが、日記の知識があれば安全なものだけを選べる。時には魔獣を狩り、時には森の恵みを収穫し、聖魔法で水と食料を生み出す。誰に遠慮することもなく、ただ自分のためだけに力を使う生活は、驚くほど満ち足りていた。


「よしっ!今日のごはんは、採れたてのキノコと、昨日獲ったウサギ肉のソテー、それに聖魔法で育てた野菜のサラダにしよっ!」


これまで経験したことのない、自由で穏やかな生活が、今、終焉の森で始まったのだった。

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