罠を越えて
王都の夜は、ひときわ冷たく感じられた。
屋敷の会議室に広げられた地図の上で、セイタの指が静かに動いた。
「ここが奴らの罠だ。倒木、偽の野営火、見張りの増強。
ならば、ここを囮に使う。奴らの目をその道に引きつける間に、別の小径で物資を通す」
ラーガンが息を呑んだ。
「……囮の荷車を用意するのですか?」
「そうだ。荷車の軋む音だけを奴らに聞かせる。姿は闇に沈める。
盗賊は必ず音を追う。音が通り過ぎた後、風に紛れて本隊を通す」
カイルが目を見張った。
「……あんた、本当に戦わずして道を切り開くつもりか……」
ジンジールは深くうなずいた。
「これがセイタだ。救える命のために、影で戦う男だ」
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夜、作戦は始まった。
囮の荷車が軋み、倒木の近くを大きく音を立てて進む。
音に引かれ、盗賊たちが木陰から飛び出した。
「来たぞ、荷車だ! 捕らえろ!」
その声が響く間に、別の細道を本隊の荷車が通る。
風音に紛れ、夜の闇に紛れ、荷車は静かに集落へ向かって進んでいく。
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野営地の奥、バルゼッグが冷たい目で様子を見つめていた。
「……奴ら、ただの物資運びではないな。面白くなってきた」
側近が問う。
「追わせますか?」
バルゼッグは笑わなかった。
「いや、追うのはこちらだ。次は、奴らの頭ごと狩る……準備を進めろ」
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物資が再び無事に集落に届いたとき、夜がようやく明け始めていた。
屋敷に戻ったセイタは、地図を見つめたまま無言だった。
ジンジールがその肩にそっと手を置いた。
「……お前の策が、この国をつないでいる」
セイタはわずかに笑みを見せた。
「……まだ、これからだ」