迫る罠、盗賊の牙
夜風に運ばれた小さな成功の知らせが、王都の片隅を駆け抜けた。
無事届いた物資に、集落の人々が小さく安堵の息を漏らした。
だがその安堵は、すぐに不安の影に覆われた。
「……あの盗賊たちが、黙っているはずがない」
誰ともなく兵がつぶやき、沈黙が広がった。
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ジンジールの屋敷。
灯火のもと、ジンジールとセイタが地図を挟んで向かい合っていた。
「輸送を次の段階に進めたい。少しでも多くの命を救うため、規模を広げたい」
ジンジールの声は静かだが、決意がにじんでいた。
セイタは目を伏せた。
「……危険です。盗賊は気づいているはずです。罠を仕掛け、次は狙い撃ちに来る」
「だとしても、民を見殺しにはできない」
屋敷の人々は黙って聞き入っていた。
ラーガンもカイルも、以前のような疑いの色はなかった。
その代わりに、真剣に二人の策を待つ顔がそこにあった。
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その夜、セイタは一人、夜空を舞った。
街道、森、盗賊の野営地――。
(……やはり、配置が変わっている。見張りが増え、偽の野営火まで……罠だ)
森の奥、倒された木が街道をふさぐ光景が見えた。
さらに物陰に集結する盗賊たちの影――バルゼッグの牙が、音もなく王都を狙っていた。
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翌朝、屋敷の会議室。
地図の上にセイタが指を置いた。
「盗賊は道を封じ、奇襲の準備を整えています。
昨夜、道をふさぐ木、見張りの増強、偽の火――罠の兆候です」
ラーガンが深くうなずいた。
「……殿、セイタ殿の言葉に従うべきです。無謀は禁物」
カイルも、かすかに拳を握りしめながら言った。
「……あんたの目は本物だ。次の策を、聞かせてくれ」
ジンジールは地図を見据え、静かに問いかけた。
「……どう動く、セイタ」
セイタは短く息を吐き、静かに口を開いた。
「……新しい道を探すか、罠を逆手に取るか。選ぶのは、その先に救う命の数と、失うものを見極めてからです」
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その頃、盗賊の野営地。
バルゼッグの前に、偵察兵がひざまずいた。
「王都は、次の輸送の準備を進めています。罠は、効きます」
バルゼッグはわずかに笑った。
「狩りの時が来た……すべての牙を突き立てろ」