沈黙の屋敷
ジンジールの屋敷は、王都の片隅にひっそりと建つ石造りの古い建物だった。
かつて戦の傷兵を迎え入れたというその屋敷も、今は人の気配が少ない。
「ここなら誰の目も届かない。しばらくここで休んでいてくれ」
ジンジールは短く言った。
「私が陛下に報告し、様子を見てからまた話す」
「……助かる」
セイタはそれだけ答えた。
(……余計な詮索をされる前に、この国のことをもっと知る必要がある……)
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数日が過ぎた。
ジンジールは国王のもとに詰め、夜遅くに戻るばかりだった。
その間、セイタは屋敷の中に留まりつつも、使用人や兵士たちの会話に耳を傾け、小窓から街の様子を観察し続けた。
市場の露店の品物が日ごとに減っていくこと。
動かない荷車がそのまま朽ちていくこと。
兵士たちが街道の出入りを厳しく監視し、盗賊の侵入に神経をとがらせていること。
夜、兵士たちの会話が耳に入る。
「補給が届かない……」
「馬車も馬も、奪われるか壊されるか……」
「輸送の許可を求める商人も、もうほとんどいません」
(……物流の動脈が絶たれている。物資喪失、ルート遮断、資材配置の崩壊。
まず必要なのは、現状把握だ。どこに何が残っていて、どこが死んでいるのか……)
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その夜、ジンジールが屋敷に戻った。
セイタは初めて自ら声を発した。
「……物流の管理者はいるのか?」
ジンジールは少し驚いた顔をした。
「……いない、というべきだろう。輸送の統括はかつて貴族が担っていたが、今は自分たちの領地で手一杯だ」
セイタは静かに言った。
「なら、せめて輸送に使える荷車や馬、倉庫の残り物資の把握が急務だ。それが分かれば、わずかでも動ける筋道が見える」
ジンジールは黙ってセイタを見つめた後、深くうなずいた。
「……あなたは、ただの旅人ではないな」
セイタは目を伏せた。
「……ただの運行管理者だ」