王都の沈黙
王都の城門が近づくにつれ、空気が変わった。
高い石壁に囲まれた街の前で、兵士たちがジンジールの姿を認め、驚きと安堵の声を上げた。
「ジンジール殿……!」
「まさか、無事にお戻りとは……!」
周囲の兵や市民の目に、英雄を見る光が宿った。
ジンジールは険しい顔で首を振った。
「……あれは勝利ではない。仲間をすべて失った敗戦だ」
それでも、兵士たちの視線は変わらなかった。
「あなたの帰還だけで、皆、救われる思いです」
視線が次にセイタへ向いた。
「その方は……?」
声に警戒の色はないが、わずかな戸惑いがにじんでいた。
異国の布、異国の裁断。どこかで見たことのない素材と形だった。
ジンジールが前に出た。
「道中で私を助けてくれた旅の者です。戦とは無関係。私の責任で王都に入れます」
門兵は一礼した。
「かしこまりました。上にお名前だけ報告いたします」
セイタは黙って一礼した。
(……今は余計なことは言わない。それが一番だ……)
城門が重い音を立て、ゆっくりと開いた。
⸻
王都の中は沈んでいた。
市場の露店はまばらで、干からびた野菜と冷たい視線だけが並んでいた。
物資を積んだ荷車の音はどこにもなく、兵士すら疲れた顔をしていた。
「……ひどい有様だ」
セイタは思わずつぶやいた。
ジンジールが歩を緩め、振り返った。
「道が閉ざされ、物流は絶たれました。商人たちは街を捨て、物資は尽き、人々は飢えと病に苦しんでいます」
セイタの目に、崩れた荷車、封鎖された街道、放置された積荷の残骸が重なった。
(……物資喪失、ルート遮断、経済死、衛生崩壊……まさに物流事故の連鎖だ……)
「この国は、もう限界に近い……」
ジンの声は低かった。
王城の高い壁が見えてきた。
だがその城は威厳よりも、どこか疲弊と孤独をまとっていた。
ジンジールは小さく息を吐き、振り向いた。
「……まずは、あなたを私の屋敷に置きます。国王に会わせるかどうかは、その後で決める」
セイタはただうなずいた。
(……そうしてくれ。それが一番いい。今は静かに、この国を知る時間がほしい……)