ただの運行管理者、異世界へ
※この物語は、運送会社の運行管理者だった男が、無双を封印し物流の知識で世界を変えていく物語です。
最初は暗めの導入ですが、徐々に成り上がっていく過程をお楽しみください。
心臓が、締めつけられるように痛い。
デスクに伏せる寸前、視界の端が暗くなった。
(……これで終わりか……)
トラックの運行計画、点呼、事故報告書、ドライバーの管理。
ただの運行管理者として、数字と電話と書類に追われる毎日だった。
家に帰れば、子どもたちはすでに寝ていた。
暗い部屋で寝顔を見つめ、ただ黙って風呂に入り、布団に潜り込むだけの生活。
妻と会話することも、もう何年もなかった。
(……何もなかったな、俺の人生……)
闇に沈んでいく感覚だけが残った。
⸻
目を開けると、そこは白い空間だった。
壁も床もない、ただ真っ白な世界。
「目覚めたか」
白髪の老人のような姿をした何者かが立っていた。
その瞳は人のものではなかった。
「お前は死んだ」
セイタは呆然とした。
言葉が出なかった。
(……死んだ……?)
目の前の存在は何かを話していた。
物流、崩壊、滅びかけた国、知識が必要──
耳には届いているのに、意味が頭に入ってこなかった。
ただ音として響いているだけだった。
「生きる機会をやろう。選べ。何も残さず終わるのか。それとも――」
セイタは拳を握りしめた。
(……終わりたくない……こんな、何も残せず……)
「……やる……」
「お前を守る力も授けよう」
「……力……?」
「もう決まったことだ」
次の瞬間、足元が崩れ、暗闇に落ちた。
⸻
落ちた先は、地獄だった。
剣戟、獣の咆哮、血と炎の匂い。
燃える村、崩れた城壁。
巨大な魔物の群れ。その中心に異様な威圧感の影がいた。
(……何だ、あれ……ただの魔物じゃない……)
骨のような鎧に覆われ、黒雷の魔力をまとい、群れの魔物たちがその影に道をあける。
その目がセイタをとらえた。
「……何者だ……貴様……?」
声だけで背筋が凍った。
魔物の槍が振り下ろされ、闇の波動をまとった一撃が迫る。
(ヤバい……死ぬ……死にたくない……!)
その刹那、波動はセイタに届く前に空間に吸い込まれるように消えた。
「……な、なんだ……?」
セイタ自身も呆然とした。
魔物が怒声を上げ、二撃目を放つ。
セイタは無意識に両手を前に出した。
「うわ、くるな……!」
波動は跳ね返り、雷の塊となって魔物に突き返った。
威力はさらに増し、その体を貫いた。
「……馬鹿……な……!」
魔物は塵と化した。
ただ静寂だけが訪れ、焼けた大地の匂いが残った。
セイタは自分の手を見た。
(……これが……俺の力……?)
(怖い……こんなの、頼っちゃいけない……)
ただ一人の生き残りの剣士が立ち尽くし、声を絞り出した。
「……あれは魔王軍の将の一体……あの化け物を倒すなど……」
セイタは震える声で言った。
「……今のこと……誰にも……頼む……」
剣士はゆっくり頷いた。
風が焼けた戦場を吹き抜けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしよければ感想や応援コメントお待ちしています。次話では王都の惨状が描かれ、物語が動き始めます。