第7話:見捨てられた民と魔界の理(ことわり)
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レイザー・ハウンドの亡骸が転がる中、俺――ヴァルは、ひれ伏すインプたちを前に立ち尽くしていた。
「どうか、我らをお導きください!」
長老らしきインプの懇願に、他の者たちも同調する。その目には、絶望の淵で見つけた一縷の光に対する、必死の祈りが宿っていた。
(いやいや、待て待て。導くって、何をどうしろと?)
内心の俺は、全力で首を横に振っていた。リーダー? 冗談じゃない。前世じゃ、プロジェクトリーダーどころか、会議で意見一つまともに言えなかった男だぞ。
だが、俺の視界の端に、助けた子供のインプが映る。さっきまで死の恐怖に泣き叫んでいた彼女――ミアが、俺のローブの裾(いつの間に着てたんだこれ)を、小さな手でぎゅっと握りしめていた。その大きな瞳は、ただ純粋な信頼と憧れで俺を見上げている。
……ここで「無理だ」と言って、この手を振り払えるか?
前世で、何度も見て見ぬフリをしてきた光景がフラッシュバックする。
「……チッ」
俺は小さく舌打ちし、彼らに背を向けた。
「ついてこい。ここは危険だ。話は、安全な場所で聞く」
有無を言わさぬ口調に、インプたちは一瞬戸惑い、やがて慌てて立ち上がって俺の後に続いた。ミアは、俺のローブを握ったまま、小さな歩幅で必死についてくる。
俺が彼らを導いた先は、古竜ヴァルス・アステラクロンの骸が眠る大洞窟だった。
洞窟を奥へと進み開けた場所にきた瞬間、インプたちは息をのんだ。
目の前に横たわる、山のように巨大な竜の骸。その圧倒的な存在感と、骸から放たれる神聖さすら感じる魔素の奔流に、彼らは再びその場にひれ伏した。
「な、なんという…! まさか、この偉大なる竜の主だったとは…!」
長老が、驚愕と畏怖に満ちた声で呟く。
(いや、主じゃない。通りすがりのミミズだったんだが…)
説明するのも面倒で、俺は黙って洞窟の奥へと進み、焚き火を起こした。乾燥した魔界の植物は、俺の《火炎ブレス》でよく燃えた。
火を囲み、ようやく落ち着きを取り戻したところで、俺は長老に向き直った。ミアは、いつの間にか俺のすぐ隣にちょこんと座り、黄金色の瞳を珍しそうに眺めている。
「まず、状況を整理したい。お前たちは何者で、なぜあんな場所にいた?」
長老は、深く頭を下げると、ゆっくりと語り始めた。彼の名はノクテリオンというらしい。
「我らはインプ族。この世界――『魔界』において、最も弱き種族の一つにございます」
「魔界…」
やはり、ここはそういう場所なのか。
ノクテリオンの話を要約すると、こうだ。
この魔界は、強力な力を持つ魔人や魔物が支配する、完全な弱肉強食の世界。彼らインプのように、知性はあるが非力な種族は、常に捕食者たちの搾取と暴力に晒されてきた。
そして、彼らはついに住んでいた集落を追われ、この瘴気が濃く、まともな食料もない不毛の地へと逃げ延びてきたのだという。
「いわば、ここは魔界の者たちからすら見捨てられた『地の果て』。我らは、行き場を失った民なのでございます」
ノクテリオンの言葉に、インプたちの表情が暗く沈む。
見捨てられた民。その言葉は、なぜか俺の胸に深く突き刺さった。
「…お尋ねしてもよろしいでしょうか」
ノクテリオンが、探るような目で俺を見る。
「ヴァル様は、一体どちらから…? あなた様ほどの力を持つお方が、このような辺境におられるのが、どうしても解せませぬ」
「…記憶がない」
俺は、とっさにそう答えていた。ミミズから進化したなんて、どう説明すればいい。
「気づいたら、この洞窟で倒れていた。俺が何者なのか、俺自身も知りたいくらいだ」
嘘ではない。相馬 透としての記憶はあるが、『ヴァル』としての記憶はないのだから。
俺の答えに、ノクテリオンは何かを納得したように頷いた。
「...一つ教えてくれ」
俺は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「この魔界という世界の、外側には何がある? この世界が、全てなのか?」
俺の問いに、ノクテリオンは少し考え込み、やがて古い伝承を語るように口を開いた。
「定かではありませぬ。ですが、言い伝えにございます。この闇と混沌に満ちた我らの世界とは別に…空が青く、大地が緑に覆われた、眩い光の世界があると」
「光の世界…」
「はい。ですが、それは『人間』と呼ばれる、我らとは全く異なる種族が住まう場所。我ら魔の種族が足を踏み入れることなど、決して叶わぬ夢物語にございます」
人間。その言葉に、俺の心臓がわずかに跳ねた。
やはり、この世界は一つではない。
話が一区切りついたところで、ノクテリオンは再び深く頭を下げた。
「ヴァル様、どうか! 我らの指導者となり、お導きください! このままでは、我らは飢えと魔物の脅威で、いずれ滅びる運命にございます!」
インプたちが、一斉に俺に懇願の眼差しを向ける。
俺は、思わず天を仰いだ。
(だから、無理だって言ってるだろ! 俺はリーダーの器じゃないんだ! 全員の生活の面倒を見るとか、そんな重すぎる責任、どうやって負えと!?)
しかし、視線を下ろすと、そこには不安げに俺を見上げるミアの顔があった。飢えと恐怖で、その小さな身体は痩せこけている。他の子供たちも皆、同じだ。
前世で、理不尽な要求にただ従い、声を上げられなかった自分。
ここで彼らを見捨てたら、また同じだ。また、俺は「歯車」として、自分の無力さに絶望するだけだ。
「……ッ!」
俺は、苦悩の末、元システムエンジニアとしての思考を強制的に起動させた。
感情で考えてはダメだ。ロジカルに、最も効率的な解決策を導き出すんだ。
(現状の課題は、インプたちの生存確率の低さ)
(原因は、食料不足、貧弱な戦闘力、安全な居住区の欠如)
(解決策は…? 全員を連れて旅をする? いや、移動はリスク変数が多すぎる。非効率だ)
(ならば、発想を転換しろ。彼らを動かすのではなく、この場を『動かない拠点』にする)
カチリ、と頭の中で何かがはまった。
(そうだ。どうやらこの竜の骸がある洞窟は、強力な魔物を寄せ付けない天然の防衛システムが機能している。最高の立地だ)
(ここに、彼らが自活できる『仕組み(システム)』を構築すればいい。
食料を安定供給するフローを作り、防衛機能を強化し、役割分担でコミュニティを運営させる…)
壮大な理想じゃない。
ただ、目の前の面倒な問題を、最も効率的に、最も合理的に解決するための手段。
俺は、意を決して顔を上げた。
「指導者になるつもりはない」
その言葉に、インプたちの顔に絶望の色が浮かぶ。
だが、俺は続けた。
「だが、お前たちがここで生きていくための『巣』は作ってやる。その代わり、死に物狂いで俺に協力しろ。これは救済じゃない。生きるための、共同プロジェクトだ」
俺の言葉に、ノクテリオンは目を丸くし、やがてその言葉の意味を理解して、顔を輝かせた。
ミアは、難しいことは分からないなりに、俺が自分たちを見捨てなかったことに、満面の笑みを浮かべた。
俺は、巨大なヴァルス・アステラクロンの骸を見上げる。
「さて、と…。まずはインフラ整備とセキュリティ対策からだな」
その顔は、英雄でも救世主でもなく、厄介なプロジェクトを押し付けられた、システムエンジニアの顔そのものだった。
こうして、行き場を失った者たちの、ささやかな巣作りが静かに始まったのだった。
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