第6話:新たな出会い
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光が収まり、俺の意識が覚醒する。
最初に感じたのは、五感の爆発的な解像度だった。
ひんやりとした洞窟の石の感触が、背中から伝わる。微かな風が肌を撫で、腐臭と土の匂いが混じった魔界の空気を、肺が深く吸い込む。
「……肺?」
俺はゆっくりと、自分の「手」を顔の前にかざした。
ミミズではない。ぬめりもない。五本の指がついた、まぎれもない人間の手だ。
慌てて身体を起こし、洞窟の壁際にある水たまりを覗き込む。
そこに映っていたのは、見知らぬ青年だった。
日に当たったことのないような白い肌に、夜の闇を溶かし込んだような黒髪。その髪は、光の加減でところどころ銀色に輝き、まるで竜の鱗のようだ。
そして、何より異質なのはその瞳。暗闇の中にあって、自ら光を放つかのような黄金色の瞳孔――竜眼、とでも言うべきものだった。
「……誰だ、こいつ」
呟いた声は、スースーという空気の音ではなく、凛とした青年の声として洞窟に響いた。俺の声だ。
呆然とする俺の目の前に、見慣れた半透明のウィンドウがポップアップする。
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【種族】ヴルム・ドラコ(竜蟲)
【個体名】ヴァル
【レベル】1
【HP】 150 / 150
【MP】 100 / 100
【攻撃力】80
【防御力】100
【素早さ】60
【魔力】90
スキル:悪食(Lv.3)、麻痺耐性(Lv.2)、酸耐性(Lv.2)、酸液飛ばし(Lv.3)、外殻強化(Lv.3)、火炎耐性(Lv.2)、火炎ブレス(Lv.2)、物理抵抗(Lv.2)、毒耐性(Lv.1)、電撃耐性(Lv.1)、隠密(Lv.1)、言語理解new!
【固有スキル】コード・アナライザーnew!
【固有特性】竜の因子new!
称号:竜の記憶を継ぐ者
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「……レベル、リセットされてる」
だが、ステータスの初期値がミミズ時代とは天と地ほどの差だ。
ワーム(Wurm)の因子と竜(Draco)の因子が混じって、ヴルム・ドラコ(Vurm Draco)か。安直だが分かりやすい。
個体名が『相馬 透』から『ヴァル』に変わっているのは、魂の情報が竜の因子によって上書きされた結果か?それとも、この世界のシステムが、俺を新たな個体として再定義したのか。
「どちらにせよ、もう『相馬 透』じゃない、か」
奇妙な解放感があった。前世のしがらみから、ようやく解き放たれたような。
俺は新しい名前――ヴァル、を口の中で転がしてみる。悪くない。
それよりも重要なのは、固有スキルだ。
俺の知識や経験がスキル形成に関係しているのか?
《解析》が《コード・アナライザー》になっている。
俺は試しに、目の前の巨大なドラゴンの骸に向けて、そのスキルを発動させてみた。
『《コード・アナライザー》』
瞬間、視界が凄まじい情報量で埋め尽くされる。
だが、以前のような情報の津波ではない。全てのデータが構造化され、階層ごとにフォルダ分けされた、見慣れたディレクトリ構造のように見えた。
【ルート】
┣【オブジェクト名:ヴァルス・アステラクロン(古代竜)】
┃ ┣【状態:機能停止(仮死状態)】
┃ ┣【残存魔素量:計測不能】
┃ ┗【魂の断片(データ破損):[表示不可] [表示不可] [表示不可] ...】
┗【その他:膨大なデータのため、フルスキャンには高レベルのスキルと膨大なリソースが必要】
「……ヴァルス・アステラクロン。これが、この竜の名前か」
そして「仮死状態」? やはり、まだ完全に死んではいない。
シャドウ・リーパーが言っていた「眠りを見守る」という言葉は、真実だったのだ。
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
目の前には、最高の経験値であり、最高のスキル素材である竜の骸。
これを《悪食》で喰らえば、俺は一気に最強への階段を駆け上がれるかもしれない。
だが――。
俺の手は、動かなかった。
脳裏に、あの情報の奔流の中で感じた、竜の強烈な意志が蘇る。
喪失感と、世界への怒り。それは、ただのデータではなかった。
これを喰らうことは、彼の尊厳を踏みにじる行為に思えた。
「……今は、やめておこう」
それに、この骸にはまだ何か秘密がある。俺は、それを解き明かしたいと思った。
新たな目的ができた。この世界のことを知り、竜の記憶の謎を追う。そのためには、まずこの洞窟を出て、情報を集めなければ。
ヴァルとして最初の一歩を踏み出した俺は、洞窟の外の光景に息をのんだ。
紫色の空に、二つの月が浮かんでいる。大地はひび割れ、そこかしこから瘴気が立ち上り、見たこともない奇怪な植物が群生している。ミミズ時代には見えなかった、世界の広大さと過酷さが、一気に眼前に広がっていた。
「さて、どうしたものか…」
そう呟いた、その時だった。
『ガルルルル…!』
『助けて!』
『 …逃げなさい!』
甲高い悲鳴と、獣の咆哮が風に乗って届いた。
音のした方へ駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
数十体の、小さな人型の魔物が、洞窟を背にして必死に何かから逃げ惑っている。小鬼のような、あるいは悪魔の子供のような姿。インプ、という種族だろうか。
そして、彼らを狩っていたのは、三体の巨大な狼型の魔物だった。筋肉質な身体に、刃物のような爪と牙。
『《コード・アナライザー》』
《対象:レイザー・ハウンド。群れで狩りを行う獰猛な魔物。スキル:加速、鋭爪》
レイザー・ハウンドの一体が、逃げ遅れた子供のインプに飛びかかる。
その光景を見た瞬間、俺の頭の中で、何かがプツリと切れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『――いいから、やるんだ。これは、決定事項だ』
前世の上司の冷たい声。
理不尽な要求に、何も言い返せず、ただ歯を食いしばって従った自分。
目の前の光景が、その無力感と重なった。
◇◆◇
「面倒事に、巻き込まれるのは……ごめんだ」
口ではそう呟いていた。合理的に考えれば、見捨てるのが正解だ。俺には関係ない。
だが。
『いやあああああっ!』
子供の悲鳴が、俺の足を動かしていた。
「――チッ、しょうがねえな!」
俺は地面を強く蹴った。
ミミズ時代とは比較にならない。風を切るような速度で、レイザー・ハウンドと子供のインプの間に割り込む。
『グルルルッ!?』
獲物を邪魔され、レイザー・ハウンドが敵意むき出しの唸り声を上げる。
俺は、初めての人型の身体での戦闘に、一瞬戸惑う。だが、すぐに順応した。
「試してみるか。竜の力を!」
腹の底に力を込める。ワーム時代にMPを限界まで注ぎ込んで、ようやく閃光弾になったあのスキル。
『《火炎ブレス》!』
ゴオオオオオオッ!!
線香花火ではない。洞窟の入り口を舐め尽くすほどの、本物の炎の奔流が、俺の口から放たれた。
『ギャウンッ!?』
直撃を受けたレイザー・ハウンドが、悲鳴を上げて黒焦げになる。
残りの二体が、俺の力に怯み、一瞬後ずさった。
その隙を見逃さない。
「お前らのコードは、単純すぎるんだよ!」
俺はもう一体に肉薄し、その鋭い爪を、腕一本で受け止めた。
ガキンッ!
《外殻強化》を発動させた腕は、鋼鉄の硬度を誇る。
『ガウッ!?』
攻撃が通じず、驚愕するレイザー・ハウンドの懐に潜り込み、俺は右拳を叩きつけた。
ドゴォッ!
ただのパンチではない。内部に竜の魔力を凝縮させた、渾身の一撃。
レイザー・ハウンドの身体が、くの字に折れ曲がり、絶命して吹き飛んだ。
残るは一体。
恐怖に駆られた最後の生き残りは、俺に背を向けて逃げ出そうとする。
「逃がすかよ」
俺は地面に転がっていた手頃な石を拾い、しなやかな腕を大きくしならせる。ミミズ時代には決してできなかった、圧倒的な力の発露。放たれた石つぶては、銃弾のような速度で逃げる魔物の足に正確に命中し、その骨を砕いた。
悲鳴を上げて転倒したレイザー・ハウンドにとどめを刺そうと歩み寄る。
その時だった。
俺の背後で、助けたはずのインプたちが、恐怖に震えながらも、ひれ伏しているのが見えた。
「な……」
彼らの目には、恐怖と、そしてそれ以上の――畏怖と崇拝の色が浮かんでいた。
特に、集団の中から、二つの視線が俺に強く注がれているのを感じる。
一人は、怯えながらも、その大きな瞳で俺をじっと見つめる、まだ幼い少女のインプ。夜空のような紫のショートヘアからは2本の可愛らしい角が覗いて見える。
もう一人は、白髪と長い髭を蓄え、他のインプたちとは違う、冷静で知的な光を宿した瞳で状況を見極めている、長老らしきインプ。
俺は目の前の魔物のことなど忘れ、呆然と彼らを見つめた。
やがて、長老らしきインプが、震える声で、しかしはっきりと、こう言った。
「おお……我らが祈りは、天に届いた。偉大なるお方よ……どうか、どうか我ら、見捨てられし民を、お導きください!」
その言葉を皮切りに、インプたちが口々に懇願を始める。
「「「どうか、我らをお救いください!」」」
……なんだ、これは。
俺はただ、前世の二の舞になるのが嫌で、体が勝手に動いただけだ。
救世主? 導き手?
冗談じゃない。俺はリーダーの器じゃない。
そう断ろうとした俺の口から出たのは、全く違う言葉だった。
「……まずは、安全な場所を確保する。立て。話はそれからだ」
それは、元システムエンジニアの、最も合理的で、最も面倒な選択だった。
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