第39話:呪いの術式
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アレスとの修行を終え、リリアからの報告を聞いたあと、俺が命じた調査を終えたギアが、音もなく窓から帰還した。
「マスター、お戻りですか。対象『第七の鐘』に関する初期調査が完了しました」
「ご苦労、ギア。何か分かったか?」
リリアとミアも、何事かと俺の周りに集まってくる。
「はい。百聞は一見に如かず、と言います。こちらを」
ギアはそう言うと、俺の目の前の空間に向かって、その水晶の単眼を向けた。
カシャリ、とカメラの絞りのような音がしたかと思うと、彼の瞳から青白い光が放たれ、空中に、半透明の立体映像が投影された。
「「わぁっ!?」」
リリアとミアが、驚いて声を上げる。
俺もまた、その光景に、驚きを通り越して、呆れていた。
(おいおい、なんだよそのオーバーテクノロジー…! プロジェクター機能まで内蔵されてるのかよ、こいつ…!)
ホログラムには、スラム街の地下に広がる、巨大な施設の構造図と、そこで交わされる密会の様子が、音声付きでクリアに映し出されていた。
『――今日の『素材』は、なかなか質が良い。これなら、大教主様もお喜びになるだろう』
映像に映るのは、闇ギルドの幹部と、教会の神官服を着た男。
『なんだっていいさ。早く金をよこせ。昨日、下っ端がヘマしたせいで俺は忙しいんだ』
『口を慎め。これは、不浄なる亜人を浄化し、神の御許へ導くための、聖なる務めなのだ』
神官は、そう言って、攫われてきたのであろう亜人の子供の頭に、冷たい手で触れた。
その悍ましい光景と会話に、リリアとミアは息をのむ。
「補足します。神官はどうやら貴族出身のようです。亜人に対して強い忌避感情が確認できました」
「…ご丁寧に、どうも」
俺は、便利なことこの上ない相棒の機能に、感心と、そして少しばかりの脱力を感じながら、投影された映像を睨みつけた。
「…これが、協会の正体か」
俺の呟きに、リリアが悔しそうに唇を噛む。
「亜人への差別意識を利用して、非人道的な実験を繰り返しているのね…。許せないわ」
彼女は、昼間に調査した結果と、この映像を結びつけ、一つの結論に達していた。
「極めて巧妙に隠蔽された、悪質な呪いの類よ。ギアの映像と合わせると、教会が亜人に対して行っている、非道な実験の一つとしか思えないわ」
「ヴァル様、サラちゃん、かわいそう…」
ミアが、涙目で俺の服の裾を掴む。
まだ全てのピースが嵌まっていない気がするが、事態は最悪の形で次々と繋がっていく。
◇
俺は、アレスに協力を要請し、騎士団の留置所を訪れた。
アレスの計らいで、特別にカインとの面会が許可される。
鉄格子の向こうで、カインは、光のない琥珀色の瞳で、虚空を見つめていた。
「…何の用だ。殺しに来たか?」
「お前の妹は、病気じゃない」
俺は、単刀直入に切り出した。
「教会と、お前が仕えていた『第七の鐘』に、呪いをかけられている」
「…は?」
カインの顔が、ゆっくりと上がる。
俺は、ギアが記録した映像、リリアの分析、そして俺自身の推測、その全てを、ありのままに彼に告げた。
お前が信じていた救いが、実は絶望の元凶だったこと。お前が稼いだ薬代は、奴らの懐を肥やすだけで、何の意味もなさなかったこと。
「そん、な…嘘だ…」
カインは、わなわなと震え、やがて、その瞳から大粒の涙をこぼした。
それは、絶望と、裏切られた怒りと、そして、何も知らずに悪事に手を貸していた自分への、激しい後悔の涙だった。
「…信じられない気持ちもわかる。まずはお前の妹のところに案内してくれないか?」
「いや、お前を信じるよ。騙された自身を呪い殺したいくらいだが、お前が言うことが本当なら、逆にサラが助かる光が見えた…」
俺は、アレスに頼み、一日だけカインを解放してもらった。
カインに案内してもらった先には、小さなベッドの上で、サラが苦しそうに、浅い呼吸を繰り返していた。日に日に衰弱していく妹の姿に、カインはただ、唇を噛みしめることしかできない。
「…本当に、助けられるのか」
彼の、すがるような視線を受けながら、俺は眠るサラにそっと手をかざした。
「――《コード・アナライザー》」
脳内に、彼女の魂を蝕む、禍々しい術式の構造が展開される。
【解析結果:対象の魂に寄生する『聖痕の呪詛』。術式構造は、高位の神聖魔法『聖者の祝福』を反転したもの。解呪には、術者が持つ『聖印』、あるいは同質の神聖魔力を持つ触媒が不可欠】
「…やはり、呪いだ。それも、教会の高位の神官しか使えない、極めて悪質な術式がかけられている」
俺は、カインに向き直り、残酷な真実を告げた。
「お前が信じていた救いは、そもそも存在しなかった。お前が稼いだ薬代は、奴らがお前を縛り付けておくための、ただの首輪だったんだ」
「そん、な…」
カインの琥珀色の瞳から、光が消える。
「俺は…俺は、サラのために…! 奴らの言うことを聞いて、どんな汚い仕事だって…! なのに、それも全部…!」
絶望と、裏切られた怒り、そして、何も知らずに妹を苦しめる片棒を担いでいた自分への激しい後悔。
彼の足元から、地面が崩れていくような、深い絶望が伝わってきた。
そんなカインに、俺は静かに、しかし力強く言った。
「まだ、終わりじゃない。呪いは、解ける」
カインが、ハッと顔を上げる。
「俺は、お前の妹を救う。だが、そのためには、呪いをかけた術者が持つ『聖印』が必要らしい。それは、奴らのアジトの、一番奥深くに隠されているはずだ」
俺は、彼の燃えるような琥珀色の瞳を、真っ直ぐに見据えた。
「選択しろ、カイン。このまま、ここで妹と朽ち果てるか。それとも――」
俺は、右手を差し出す。
「――俺と一緒に来て、お前のその手で、妹を苦しめたクズどもに、落とし前をつけさせるか」
カインは、俺の手を、そして、ベッドで苦しむ妹の顔を、交互に見た。
やがて、彼は、震える手で、俺の手を、強く、強く握り返した。
その夜。
俺たちとカインは、闇に紛れ、『第七の鐘』の本拠地である、スラム街の地下へと続く、古びた教会の前に立っていた。
ここが、全ての元凶。
これから始まるのは、ただの襲撃ではない。
復讐と、救済のための、戦いだ。
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