第35話:白亜の都の光と影
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数週間にわたる旅の果て、俺たちの目の前に、ついにその威容が姿を現した。
地平線の向こうに霞んで見えていた、巨大な白い城壁。
そして、その中央にそびえ立つ、天を突くかのような白亜の大聖堂。
聖王国ルミナスの王都『ルミナス』。
そこは、俺がこれまで見てきたどの景色とも、比較にならないほど美しかった。
「わぁ…お城、おっきいね!」
「何度見ても感動しますね…」
馬車の窓から、ミアとリリアが感嘆の声を漏らす。
王都の正門は、アルトハイムのそれとは比べ物にならないほど巨大で、厳重な警備が敷かれていた。
しかし、リリアが持つA級冒険者の身分証と、アルトハイム領主からの推薦状を見せると、俺たちは驚くほど簡単に入門を許可された。
一歩、街の中へ足を踏み入れる。
そこは、秩序と清浄の結晶のような場所だった。
磨き上げられた大理石の道がどこまでも続き、その両脇には、寸分の狂いもなく設計された美しい街並みが広がっている。
道行く人々の服装は洗練され、その表情には、一点の曇りもないかのような、穏やかな信仰心が浮かんでいた。
「マスター。この都市全体が、巨大な魔力循環システムによって維持されています。空気中の魔素濃度は常に浄化され、人々の精神に安寧を与える効果が付与されています」
肩の上のギアが、冷静に分析結果を報告する。
「…だろうな」
俺の≪コード・アナライザー≫で調べても、現時点ではエラー表示が返ってくるだけ。
ただ俺は、アルトハイムで見た「祝福の泉」の仕組みを思い出していた。
あの泉は、癒しと引き換えに、利用者の生命力を僅かに奪っていた。
この、あまりにも完璧で、美しすぎる都市。
その維持コストが、ただの祈りや信仰心だけで賄われているとは、到底思えない。
(この街の美しさは、きっと何かの犠牲の上に成り立っている。アルトハイムの泉がそうだったように…おそらく、この光が届かない場所や辺境の民から、知らず知らずのうちに何かを搾取しているに違いない)
美しい街並み、穏やかな人々。
その裏に隠された欺瞞の可能性に、言いようのない嫌悪感を覚えながらも、まずは宿を確保し、情報収集を始めることにした。
リリアはギルドへ、ミアは「おやつ!」とギアと共に市場の散策へ。
俺は、この街の「本当」を知るため、単独で最も濃密な情報が集まるであろう場所――
裏社会の入り口を探し始めた。
◇
表通りの華やかさから一転、路地裏へと一歩踏み込むと、空気はすぐに淀んでいく。
そして、いくつかの地区を越えた先、衛兵たちですら見て見ぬフリをする、王都の影――スラム街が、その醜悪な口を開けていた。
そこは、表通りの美しい街並みが嘘のような、貧困と、暴力と、諦めの匂いが支配する場所だった。
俺は、《隠密》スキルで気配を消し、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、この影の街の構造を分析していく。その時だった。
裏路地の一つで、複数の男たちが、一人の亜人の少女を取り囲んでいるのが見えた。怯える少女の腕を掴み、無理やりどこかへ連れて行こうとしている。
(…面倒事はごめんだ)
俺は一度、目をそらした。
だが、少女の怯えた瞳が、前世の、何もできなかった自分の姿と重なる。
「…チッ、しょうがねえな」
俺は、無言で屋根から飛び降り、男たちと少女の間に着地した。
「ああん? なんだ、てめえ」
チンピラの一人が、ドスの効いた声で俺を威嚇し、錆びたナイフを抜いた。
他の男たちも、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、俺を取り囲む。
俺は、ため息をついた。
「…忠告だ。今のうちに、消えろ」
「ハッ、寝言は寝て言えや!」
リーダー格の男が、少女の腕を掴んだまま、もう片方の手で俺に殴りかかってきた。
その、あまりにも遅い拳を、俺は手の甲で軽く逸らす。
そして、すれ違いざまに、男の鳩尾に、指先でトン、と軽く触れた。
「ぐふっ!?」
それだけで、男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「な、何しやがった!?」
仲間がやられたのを見て、残りのチンピラたちが一斉に襲いかかってくる。
俺は、迫りくるナイフの切っ先を、指二本でつまんで止める。
別の男が振り下ろす棍棒を、手で受け止め、棍棒を男の体ごと持ちあげ放り投げ、仲間同士を衝突させる。
俺は、一歩もその場から動いていない。
ただ、向かってくる力を、より大きな力で返すだけ。
数秒後、チンピラたちは全員、無様に地面に転がっていた。
「――そこまでだ」
静かだが、芯の通った声が、路地の入口から響いた。
拍手と共に現れたのは、聖王国の紋章が刻まれた、美しい白銀の鎧を身に纏った、一人の壮年の騎士だった。
その佇まいは、そこらの衛兵とは明らかに格が違う。
「見事な体捌きだ。だが、洗練された剣士や格闘家の動きではないな。まるで、獣が獲物を狩るかのように、圧倒的なチカラのみで制圧している。君、何者だ?」
彼の腰に差された長剣と、その隙のない構え。
そして、俺が放つ威圧感に、一歩も引かないその実力。
《コード・アナライザー》が、その正体を弾き出す。
【個体名:アレス・ウォーカー】
【レベル:85】
【称号:聖王国騎士団長】【剣聖】
(レベル…85!?)
俺は、内心で絶句した。
アビスル・サーペントすら上回る、圧倒的な数値。
これが、人間界のトップクラスの実力か。
今、この場で戦えば、俺が殺される。
「…ただの、通りすがりの冒険者ですよ」
俺は、冷や汗を悟られぬよう、必死にへらりと笑って見せた。
アレスと名乗った騎士団長は、俺の答えを信じた様子もなく、ただ、その鋭い瞳で、俺という未知の存在を、値踏みするように見つめていた。
王都に着いて、まだ半日。
俺は、この街の光の頂点に立つ男と、早くも顔を合わせてしまったらしい。
面倒なことになりそうだ、と、俺は内心で深くため息をついた。
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