【幕間④】バグズ・ネスト日誌 Vol.2 ~風呂は命の洗濯よ~
いつも読んでくださりありがとうございます!
今日は七夕ですね^^
みなさまの願いが叶いますように。
明日も更新予定です(*^^*)
それでは、どうぞ!
(視点:ノクテリオン)
ヴァル様が旅立たれてから、季節が一つ、巡ろうとしていた。
我らの巣、『バグズ・ネスト』は、あの日とは比べ物にならぬほど、その姿を変えつつあった。
最大の功労者は、皮肉にも、かつて我らを脅かしたゴブリンとオークの若者たち――今や、巣の誇り高き『防衛隊』となった者たちであった。
「隊長! 東の谷から、ロックリザードの群れが接近中!」
インプの斥候が、息を切らして報告する。
「よし、てめえら、準備はいいか! ノクテリオン様に、俺たちの力を見せてやんぞ!」
防衛隊の隊長に任命されたオークのグレンが、巨大な戦斧を肩に担ぎ、野太い声で檄を飛ばす。
その顔には、かつてのような卑屈な笑みはなく、仲間と巣を守るリーダーとしての自信が満ち溢れていた。
ゴブリンたちは、ヴァル様が残してくださった設計図を元に改良した、巧妙な罠で敵の足を止め、オークたちが、その屈強な肉体を盾に、最前線で敵の猛攻を受け止める。
これまで、魔物と聞けば洞窟の奥で震えているだけだった我らインプ族も、今では石つぶてを投げて援護したり、負傷者を安全な場所へ運んだりと、自分たちの役割を懸命に果たしていた。
戦いが終わると、そこには大小様々な傷を負った防衛隊の姿があった。
だが、彼らの顔に、悲壮感はない。
「へへっ、今日の晩飯は、トカゲの丸焼きだな!」
「この鱗、なかなかいい盾になりそうだぜ」
自分たちの力で、仲間と食料を守り抜いたという達成感が、彼らをさらに強く、逞しくさせていた。
そんなある日、私は、ヴァル様から託された、もう一つの置き土産のことを思い出した。
それは、彼が去り際に「巣が落ち着いたら、これに挑戦してみてくれ」と言って、私にだけ渡してくれた、数枚の粘土板だった。
私は、巣の幹部となったグレンと、手先が器用で知恵の回るインプの若者たちを集め、その設計図を広げた。
「こ、これは…?」
そこに描かれていたのは、我らの常識を遥かに超える、複雑で、しかし合理的な建築物の設計図だった。
一つは、『防御壁の強化案』。
単に石を積むだけでなく、アーチ構造を取り入れて強度を高め、狭間を設けて効率的な迎撃を可能にする、驚くべき設計。
そして、もう一つは、『公衆浴場の仕組み』。
「よくじょう…?」
「ヴァル様は、こう仰っていた。『病は、穢れから生まれる。体を清潔に保つことは、戦いで傷つかぬことと同じくらい重要だ』と」
最初は、その意味を理解できずにいた若者たちも、ヴァル様の言葉の重みを、これまでの経験から知っていた。
我らの、新たな共同プロジェクトが始まった。
用水路建設で培った技術を応用し、水を温めるための竈を作り、清潔な湯を溜めるための大きな湯船を石と粘土で固めていく。
それは、用水路に劣らぬ、困難な事業であった。
だが、一度、完成の喜びを知った我らに、もはや迷いはなかった。
そして、さらに数週間後。
『バグズ・ネスト』に、初めて湯気が立ち上った。
完成した公衆浴場に、人々が恐る恐る足を踏み入れる。
「あったかい…」
「これが…『お風呂』…」
泥と汗にまみれた体を、温かい湯に沈める。
それは、我らが生まれて初めて経験する、魂の芯まで解きほぐされるような、至福の感覚だった。
ゴブリンも、オークも、インプも、ここでは皆、種族の垣根なく、ただの湯を楽しむ仲間として、穏やかな笑い声を上げていた。
私は、湯気の中で幸せそうに笑う民たちの顔を見ながら、改めてヴァル様という存在の偉大さを噛み締めていた。
あの方は、我らに、ただ力や食料を与えてくださったのではない。
自分たちで考え、協力し、新たなものを生み出すことの『喜び』そのものを、教えてくださったのだ。
この巣は、もっと大きくなる。もっと、豊かになる。
ヴァル様が、いつかこの場所へ帰って来た時に、「見事だ」と、そう言ってくださるような、誰もが見捨てられたとは思わぬ、誇り高き『虫の巣』を、我らの手で築き上げてみせる。
私は、熱い湯に浸かりながら、固く、そう誓ったのであった。
(ふむ…しかし、これだけ多くの民が湯を使えば、使った後の水の処理も考えねばなりますまいな…)
新たな課題に思いを馳せることもまた、巣の長としての、私の喜びの一つとなっていた。
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