【幕間③】ギルドマスターの独白
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(視点:ダリウス)
アルトハイムの街が、英雄の誕生に沸いている。
ギルドの酒場は、連日連夜、あの日の武勇伝を語る冒険者たちの熱気で満ちていた。誰もが、あの黒髪の青年――ヴァルの名を、賞賛と畏敬を込めて口にする。
俺もまた、祝いの酒を呷りながら、あの日の光景を思い出していた。
俺が、あのヴァルという小僧に初めて会ったのは、ギルドの魔力水晶が、けたたましい悲鳴を上げてヒビ割れた、あの騒動の日だった。
第一印象は、「底の知れん、不気味な若者」。それだけだった。
魔力量だけなら、S級にも匹敵する。だが、俺が長年培ってきた勘は、あいつの本質が、そんな単純なものではないと告げていた。
ただ立っているだけで、肌が粟立つような、圧倒的なプレッシャー。
それは、駆け出しの冒険者が放つものではない。まるで、深淵の底で永い眠りについていた、古龍と対峙しているかのような錯覚。
模擬戦での一幕は、その予感を確信へと変えた。
Cランクのエースであるケインが、まるで赤子のようにあしらわれる。いや、違うな。あれは「あしらった」のではない。ヴァルは、全力で警戒し、全力で対処した結果、あの異常なまでの実力差を見せつけてしまったのだ。
あいつは、己の物差しが、この世界の常識から、いかにかけ離れているかを理解していなかった。
それ故の、無自覚な蹂躙。あれほど恐ろしいものはない。
そして、魔物の暴走。
地平線を埋め尽くす魔物の大群を前に、俺ですら、街の終わりを覚悟した。冒険者として、数多の死線を潜り抜けてきたこの俺が、だ。
だが、あいつは違った。
絶望に染まる城壁の上で、ただ一人、静かに、しかし燃えるような覚悟の瞳で、眼前の絶望を見据えていた。
彼が、あの小さなオートマタと融合し、魔力の塊を放った瞬間、俺は、我が目を疑った。
天から降り注ぐ、神の裁きのような閃光。
魔物の軍勢が、一瞬にして蒸発していく。
あれは、人の領域の力ではない。神話か、おとぎ話の世界だ。
続く白兵戦も、常軌を逸していた。
魔物の群れに単身で飛び込み、白銀の剣で舞うように敵を切り伏せていく。その姿は、英雄譚に謳われる、剣聖そのもの。
彼の戦いぶりに、絶望していた冒険者たちが、我を忘れて雄叫びを上げ、城門から飛び出していった。
そうだ。あいつは、ただ強いだけではない。
その背中は、見る者に、希望と、立ち向かう勇気を与える。それこそが、『英雄』の資質というものなのだろう。
戦いの後、あいつは、自分が引き起こした災厄の贖罪だと言い、全ての戦利品を街に寄付した。富にも、名声にも、興味を示さない。
ただ、あの「祝福の泉」の真実を話した時の、彼の瞳の奥に宿った、冷たく、そして激しい怒りの炎だけが、俺の脳裏に焼き付いて離れない。
あいつの言葉には、何の証拠もなかった。
だが、その瞳には、嘘や、思い込みの類では決して宿らない、絶対的な確信の光があった。
あの魔力水晶を砕き、Cランクの冒険者を子供扱いし、魔物の軍勢を一人で殲滅した、規格外の男。彼が「分かる」と言うのなら、それは、俺たちの常識を超えた次元で、事実なのだろうと、なぜか、そう思わされてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴァル、ミア、そしてリリア。
あいつらは、王都へ旅立った。
聖王国からの推薦状を、まるで厄介な仕事を片付けるかのように、淡々と受け取って。
俺には分かる。
あいつらがやろうとしていることは、この街を守るなどという、小さな話ではない。
あいつらは、この世界の、我々が信じてきた「神」そのものに、戦いを挑もうとしている。
俺は、もう一度、エールを呷る。
「…無茶をしおって」
口から漏れたのは、呆れと、そしてほんの少しの羨望が混じった、独り言だった。
俺にできることは、もう何もない。
ただ、このアルトハイムの街を守り、彼らがいつか帰ってくる場所を、無くさないようにするだけだ。
願わくば、あの若き英雄の旅路に、女神の祝福があらんことを。
…いや、違うな。
あいつは、その女神に喧嘩を売りに行くのだ。
「…せいぜい、派手にやってこい、小僧」
俺は、誰に聞かせるともなく、そう呟いて、空になったジョッキを、カウンターに叩きつけた。
酒場の喧騒が、やけに心地よかった。
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