第28話:森の慟哭、暴走の始まり
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アルトハイムでの生活は、驚くほど穏やかに過ぎていった。
数日後の昼下がり。俺たちは、冒険者ギルドの談話スペースで、それぞれの時間を過ごしていた。
「だから、こうだって! 脇を締めて、剣先がブレないように構えるんだ!」
「こ、こうかな、?」
ミアが、ケインに短剣の初歩を教わっていた。武具屋で短剣を買ってもらって以来、ミアはケインに剣術を熱心に教えを乞うようになっていた。もっとも、ケイン自身は、まだ誰かに何かを教えられるほどの技術はない。見よう見まねでケインの動きを真似ているだけだが、ミアは何か掴むものがあるらしく、真剣そのものだ。
「分析。対象『ミア』の重心移動、現時点で32%の改善。ただし、手首の角度に修正の余地あり。非効率です」
ミアの頭の上で、ギアが水晶の単眼をカシャカシャと動かし、冷静な分析を加える。
俺は、そんな微笑ましい光景を眺めながら、依頼ボードに張り出された新しい依頼書に目を通していた。
「『迷子の猫探し』か…平和だな…」
そんな、ありふれた日常。誰もが、この温かい時間が永遠に続くかのように思っていた。
しかし突如として、街全体を、けたたましい警鐘の音が襲った。
それは、長い間使われることのなかった、最高レベルの非常事態――街そのものの存亡に関わる危機を告げる、錆びついた音だった。
ギルドにいた俺たちは、何事かと外へ飛び出す。
街の人々が、西の城壁を指差し、恐怖に顔を引きつらせていた。
「おい、あれを見ろ…!」
「嘘だろ…森の魔物が、全部こっちに向かってくるぞ!」
「神よ、我らをお守りください…!」
俺たちは、他の冒険者たちと共に、石畳を蹴って城壁の上へと駆けつけた。
そして、その光景に言葉を失う。
地平線を埋め尽くすほどの、おびただしい数の魔物の大群。
アーマー・ボアが土煙を上げ、ストーム・イーグルが空を覆い、これまで森の奥深くでしか見なかったはずの高レベルの魔物たちが、種族の垣根なく、一つの巨大な濁流となって、アルトハイム目掛けて殺到してきていた。
魔物の暴走。それも、前例のない、悪夢のような規模の。
「なんだ、この数は…」「森で、一体何が起きてるんだ…」
城壁の上に集った、歴戦の冒険者たちですら、その絶望的な光景に顔面蒼白になり、ごくりと喉を鳴らす。誰もが、これから始まる戦いの結末を、無意識のうちに察していた。
隣に立つリリアが、震える声で呟いた。
「…ありえない。こんな大規模なスタンピードは、建国以来、記録にないわ。普通のスタンピードなら、特定の種族が縄張りを拡大するために移動してくるだけ。でも、これは…まるで、森全体が、何か恐ろしいものから逃れるように、パニックを起こしているみたい…」
彼女は、必死に原因を探ろうと思考を巡らせる。その美しい顔から、血の気が引いていくのが分かった。
彼女は、必死に原因を探ろうと思考を巡らせる。
「考えられるとすれば…森の生態系の頂点、力の均衡を保っていた『主』が、消えた…?」
リリアの言葉が、俺の胸に突き刺さる。
森の主、アビスル・サーペント。それを倒したのは、紛れもなく俺だ。
(違う…リリアさん、あんたの推測は半分合っていて、半分間違ってる)
俺には、このスタンピードの本当の原因が分かっていた。
頂点が消えたことで、森の魔物たちは、次なる「主」の座を巡る、血で血を洗う頂上戦争を始めたのだ。そして、その争いに巻き込まれるのを恐れた、大多数の魔物たちが、唯一の逃げ場であるこのアルトハイムへと、雪崩れ込んできている。
原因は、やはり俺だ。俺の、浅はかな力が。考えが。
俺の力が、この街の人々の穏やかな日常を、今まさに破壊しようとしている。
良かれと思ってしたことが、最悪の災厄を引き起こしてしまった。
脳裏に、ケインや、宿屋の女将さん、武具屋の親父、花売りの少女たちの顔が浮かぶ。彼らの笑顔が、魔物の牙によって引き裂かれる光景を想像し、俺は奥歯を強く噛みしめた。
(俺が…俺が原因なのか…? 俺が、この日常を、壊したのか…?)
激しい自己嫌悪と、どうしようもない罪悪感が、胃の腑をギリギリと締め付ける。
だが、後悔に浸っている暇は、一秒たりともなかった。
「総員、防衛準備! 女子供は教会へ避難させろ!」
ギルドマスターのダリウスが、城壁の上で檄を飛ばす。
「Cランク以上は中央! Dランクは左右の城壁に散開! Eランク以下は後方支援だ! 一匹たりとも、街の中へ入れるな!」
その声に、リリアが杖を強く握りしめた。
「ヴァルさん、ミアちゃん! 私たちは中央へ!最も苛烈な場所を抑えましょう!」
彼女の瞳には、恐怖を押し殺した、エルフの戦士としての強い覚悟の光が宿っていた。
「ミアも、行く!」
ミアもまた、腰の短剣に手をかけ、俺を見上げる。彼女も、Cランクの冒険者。ここにいる誰もが、この街を守るために、命を懸けようとしていた。
そうだ。俺が、感傷に浸っている場合じゃない。
俺が引き起こした災厄だ。ならば、この手で終わらせるしかない。
「リリアさん、ミア」
俺は、静かに、しかし、有無を言わさぬ力強さで言った。
「二人は、ダリウスさんの指示通り、中央の防衛を頼む。絶対に、ここを突破させるな」
「ヴァルさん!? あなたはどうするのですか!?」
リリアが、驚いて声を上げる。
俺は、リリアの問いには答えず、城壁の最前線――魔物の大群が最も激しく城壁にぶつかろうとしている、中央門の真上へと、一人で歩みを進める。
その背中には、もはや日常を楽しむ旅人の面影はない。
一つの街の運命を、そして自らが引き起こした行いの全てを、その両肩に背負う覚悟を決めた、一人の戦士の姿があった。
「ヴァル様…!」
ミアの悲痛な声が、戦いの喧騒の中に小さく響く。
俺は、振り返らない。
この街の人々は、一人も死なせない。
その誓いを胸に、俺は、眼前に迫る絶望の濁流を、ただ一人、静かに見据えた。
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次回、俺TUEEEE回です(=゜ω゜)ノ
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