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【幕間①】バグズ・ネスト日誌 Vol.1 ~用水路と新しい仲間~

明日は1日ほどお休みをいただき、その後は1日1話更新で進めさせていただきますm(_ _)m


では幕間をお楽しみください。

(視点:ノクテリオン)


ヴァル様とミアが、旅だってから、幾度かの月が満ち欠けした。


あのヴァル様がいなくなった巣は、心の臓を失ったがごとく静まり返るかと、当初は危惧しておりました。しかし、不思議なことに、巣は日ごとに活気を増している。あの方が残してくださった、数多の「置き土産」のおかげでございます。


その日、『バグズ・ネスト』は、近年稀に見る歓喜に包まれておりました。


ヴァル様が残した設計図の中で、最も困難と思われたプロジェクト――『用水路』の建設が、我らインプ族の数ヶ月にわたる総力戦の末、ついに完成の時を迎えたのです。


「ノクテリオン様! もう少しです!」


若いインプの一人が、泥だらけの顔で、しかし満面の笑みで叫びます。

私は、杖を握る手に力を込め、頷きました。

「うむ。皆の者、最後の一踏ん張りじゃ!」


ヴァル様が見つけてくださった、少し離れた場所にある清らかな水源。そこから我らの巣まで、ただひたすらに土を掘り、石を組み、水路を築く。それは、我ら非力なインプ族にとって、途方もない大事業でありました。何度も土砂崩れに見舞われ、何度も心が折れそうになりました。ですが、そのたびに、我らはヴァル様の言葉を思い出したのです。


『これは救済じゃない。生きるための、共同プロジェクトだ』


我らは、もはやただ助けを待つだけの弱者ではない。自分たちの手で、自分たちの未来を築く、この巣の民なのだと。


最後の水路が繋がり、水源の堰が切られると、ゴウ、と音を立てて、命の水が我らの巣へと流れ込んできました。土を掘って作った水路を、清らかな水が満たしながら進んでいく。そして、巣の中央に設けた貯水池に、初めて水が満ち溢れた瞬間。


「「「うおおおおおおおおっ!!」」」


誰からともなく、地鳴りのような歓声が上がりました。


子供たちは、生まれて初めて見る豊かな水に、服が濡れるのも構わず飛び込み、水しぶきを上げてはしゃいでおります。女たちは、これで危険な水汲みの重労働から解放されると、互いに肩を抱き合い、涙を流しておりました。


私もまた、杖を持つ手が震えていることに気づきました。老いたこの身も忘れて、込み上げてくる熱いものに、しばし天を仰ぎました。


その夜は、ささやかな祝宴が開かれました。獲れたての獣の肉を焼き、備蓄しておいた木の実酒を酌み交わす。皆が口々に、ヴァル様の偉大さと、そして何より、自分たちの成し遂げた仕事への誇りを語り合っておりました。


「ヴァル様は今頃、どうしておられるだろうな」

「きっと、我らには想像もつかぬような、すごいことをしておられるに違いない!」

「早く帰ってきて、この用水路を見せて差し上げたいものじゃな」


遠い空に思いを馳せる民の顔は、かつての絶望に満ちた表情ではなく、未来への希望に満ちておりました。


ヴァル様。あなた様が蒔いてくださった種は、確かに、ここで芽吹いておりますぞ。


しかし、平穏なだけではいられないのが、この魔界の常でございます。


安定した水と食料。そして、古代竜の骸が守る、比較的安全な寝床。その噂は、どうやら風に乗って、我らと同じように行き場を失った者たちの耳にも届いていたようでした。


次に我らの巣を訪れたのは、新たな「はみ出し者」たちでした。


ある日、見張りのインプが、慌てた様子で私の元へ駆け込んできました。


「ノクテリオン様! 巣の入り口に、ゴブリンとオークの一団が…!」


私たちが現場に駆けつけると、そこには、粗野な棍棒や錆びた斧を肩に担いだ、十数名のゴブリンとオークの若者たちが立っておりました。彼らは、魔人社会の腕力至上主義に馴染めず、群れから弾き出された者たちのようでした。


「ここが噂の楽園か? なかなか良い暮らしをしてるじゃねえか」


リーダー格の、一際体格の良いオークが、我らインプの非力さを見下すように、嘲りの笑みを浮かべます。


「食い物と寝床を寄越しな。そうすりゃあ、手荒な真似はしねえでいてやるよ」

巣の民たちが、恐怖に顔をこわばらせるのが伝わってきます。


私は、一歩前に進み出ました。


「ようこそ、旅の方々。ですが、この巣にはこの巣のルールがございます。ここに住まう者は皆、働き、そして平等に分け合う。それが、我らの唯一の決まり事です」


私の言葉に、オークは鼻で笑いました。


彼らは、半ば強引に巣に居座り、食料の分配で諍いを起こし、自分たちの力を誇示するように、些細なことで他のインプを威嚇する。巣に、再び不穏な空気が立ち込め始めました。


その夜、私は一人、頭を悩ませておりました。


ヴァル様なら、どうされるだろうか。あの方ならば、その圧倒的な力で、彼らを一瞬でねじ伏せることも可能でしょう。しかし、あの方はそういう方ではない。力だけの支配が、いかに脆いものかを知っておられる。


私は、ヴァル様が残してくださった「巣の憲法」と、彼が我らにしてくれた「適性診断」の考え方を、今一度思い返しました。


そうだ。彼らを厄介者として排除するのではない。彼らの「力」を、この巣のために活かす道を考えるのだ。彼らにもまた、彼らだけの「適性」があるはずなのだから。


翌日、私は、不満げな顔で酒を呷るゴブリンやオークの若者たちを集めました。


「お前たちのその有り余る力、ここで腐らせておくのは惜しいとは思わんか?」


私の言葉に、彼らは訝しげな顔を向けます。


「お前たちに、この巣の『盾』となる役目を与えたい」

私は、毅然とした態度で告げました。


「この巣の防衛は、常に我らの課題であった。我らインプには、外敵を正面から迎え撃つ力はない。それこそ、力あるお前たちにしかできぬ、最も危険で、最も名誉ある仕事だ」


私は、新たに『防衛隊』という役職を創設し、その隊長の座を、リーダー格のオークに与えることを宣言しました。


「…俺が、隊長?」


オークは、信じられないといった顔で私を見ます。


「そうだ。お前たちの力を、この巣は必要としている。我らの背中を、お前たちのその屈強な体で守ってはくれまいか」


最初は半信半疑だった彼らも、「名誉」という言葉と、自分たちの力がはっきりと認められたことに、その荒んだ瞳の色を変えていきました。


防衛隊として巣の周囲を巡回し、外敵を撃退する。その働きが、他のインプたちからの尊敬と感謝を集めるようになると、彼らは自ら進んで、巣のルールを守るようになったのです。


異種族間の軋轢は、まだ残っております。だが、確かに、我らの巣は、多様な民を受け入れることで、より大きく、強固なものへと変わりつつありました。


私は、二つの月が浮かぶ夜空を見上げ、独りごちます。


「ヴァル様、見ておられますか。あなたの巣は、あなた様が残してくださった『仕組み』によって、今日も成長しておりますぞ。次にあなたが帰る時までに、もっと立派な場所にしてみせます」


その時、私の胸には、確かな自信と、未来への静かな希望が満ちていたのでございます。


今回もお読みいただき、

本当にありがとうございましたm(_ _)m


今後の展開に向けて、

皆さんの応援が、何よりの励みになります。


「面白かった!」

「続きが気になる!」と思っていただけたら、


ぜひ、

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誤字脱字報告も大歓迎です。


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私の創作活動の本当に大きな原動力になります。


次回更新も頑張りますので、

引き続きお付き合いいただけますと幸いです!

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