第19話:覚醒
ミアちゃんのピンチ!いかに、、、!
時間が、引き延ばされたかのようにスローモーションになる。
目の前で、ミアが俺を庇うように両手を広げている。彼女の背後には、全てを砕く巨大な牙が、絶対的な死の象徴として迫っていた。
(やめろ)
俺の思考が、拒絶する。
(俺は、またか?)
前世の、無力な自分。終電間際のホーム。
守るべきものを守れず、ただ後悔だけを抱いて死んだ、あの瞬間。
この世界に来て、力を得て、仲間ができて、今度こそはと誓ったはずなのに。
(また、失うのか)
――ふざけるな。
プツン。
俺の中で、魂の奥底に繋がっていた、最後の安全装置が焼き切れる音がした。
それは、怒りではなかった。悲しみでもない。
ただ、純粋な『拒絶』。
この理不尽な結末を、俺の魂が、世界のシステムごと「NO」と突きつけたのだ。
《警告:対象『ヴァル』の魂が、世界システムからの強制介入を拒絶》
《警告:固有特性《竜の因子》が、強い意志に呼応し、強制的に覚醒シーケンスに移行します》
俺の魂に、情報の奔流が流れ込む。
それは、ヴァルス・アステラクロンが遺した、ただの記憶の断片ではなかった。
数千年を生きた古代竜の、戦闘経験、魔力操作の極意、そして、世界への燃えるような怒り――その魂そのものが、俺の中で溶け合い、一つになっていく。
俺は、理解した。本能で。
スキルとは、世界に与えられた「力」ではない。
自らの魂で、意志で、望むがままに編み上げる、自分だけの「理」なのだと。
《固有スキル《古代竜の叡智》を獲得しました》
《《古代竜の叡智》の効果により、既存スキルが最適化・再構築されます》
俺は、ミアを突き飛ばすようにして、自らがサーペントの牙の前に躍り出た。
「――《スケイル・アーマー》!」
俺の皮膚が、一瞬にして黒曜石のような光沢を放つ、強靭な竜の鱗へと変貌する。
ガギイイイイイイイインッ!!
想像していた、肉が砕け散る衝撃ではない。
巨大な牙が、俺の体を覆った竜の鱗に阻まれ、火花を散らした。
もちろん、無傷ではいられない。衝撃で全身の骨が軋み、口から血が噴き出す。
だが――防いだ。
『グオッ!?』
アビスル・サーペントが、ありえないものを見る目で、己の牙を受け止めた俺を見て硬直する。
俺は、静かに立ち上がる。
全身から、制御しきれないほどの魔力が、青白いオーラとなって立ち昇っていた。
俺の黄金の瞳は、もはやただの竜眼ではない。その奥に、古代の叡智と、絶対的な王者の風格を宿していた。
「お前のフィールドは、もう終わりだ」
俺は、右腕を掲げる。
《火魔法》と《風魔法》を、ただのスキルとしてではなく、一つの現象として再構築する。
「――《インフェルノ・テンペスト》!」
俺の腕から放たれたのは、炎の竜巻。
灼熱の嵐が、アビス・フィールドの毒の魔素を根こそぎ焼き払い、湖の水面を蒸発させていく。戦場のルールが、再び俺のものへと書き換えられた。
『シャアアアアッ!』
自らの領域を侵され、怒り狂ったサーペントが、その巨大な尾を叩きつけてくる。
俺は、もはやそれを避けない。
左腕に、強酸と竜の魔力を凝縮させる。
「――《竜牙の剣》!」
砕け散った《アシッド・ブレード》が、より鋭く、より強靭な、竜の牙を模した禍々しい長剣として再構築される。俺は、迫りくる尾を、その竜牙の剣で、真っ向から迎え撃った。
ズバァッ!
これまで鉄壁だったはずの鱗が、紙のように容易く切り裂かれ、巨大な尾が宙を舞う。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?』
サーペントが、初めて本当の苦痛と、そして『死』の恐怖に満ちた絶叫を上げた。
これまで絶対的な強者として君臨してきた捕食者が、初めて己を超える存在を前にして、その巨体を震わせる。
俺は、そんな無様な姿を、冷たい瞳で見下ろしていた。
もう、言葉はいらない。
理屈も、戦略も、ここからは不要だ。
ただ、目の前の脅威を排除する。
ただ、ミアを守る。
その、たった一つの純粋な衝動が、俺の全身を突き動かす。
俺は、最後の力を振り絞り、天高く跳躍した。
眼下には、恐怖に慄き、逃げ出そうとする森の主。
だが、もう逃がさない。
「――終わりだ」
俺は、天からの一撃を放つべく、竜牙の剣を振りかぶった。
その一閃は、ただの物理的な破壊ではない。
この森の生態系の頂点という「理」そのものを、俺という「異物」が断ち切る、決定的な瞬間だった。白銀の刃が、アビスル・サーペントの頭部を、その核ごと深々と貫く。
断末魔の叫びすら上げることなく、巨大な体は動きを止め、その瞳から光が永遠に失われた。
ズシン、と。
森全体を揺るがすほどの音を立てて、主の亡骸が大地に横たわる。
それと同時に、俺の全身を覆っていた竜のオーラと竜牙の剣が、砂のようにサラサラと崩れ落ちた。
凄まじい虚脱感が、俺を襲う。
覚醒の代償は、俺の体力と魔力を、根こそぎ奪い去っていた。
俺は、地面に倒れ伏しながら、必死に視線を動かす。
「…ミア…」
視線の先には、小さな体で倒れているミアの姿があった。
顔は青ざめ、浅い呼吸を繰り返している。
毒耐性のない彼女には、あまりに過酷な猛毒だった。
俺は、彼女の元へ這って行こうとするが、指一本動かせない。
(くそ…! 早く、助けないと…!)
焦りと、己の無力さに、意識が遠のいていく。
俺は、ミアの名前を呟きながら、安堵とは程遠い、悔しさの中で気を失った。
満身創痍の二人だけが横たわる、静寂に包まれた戦場。
俺の懐で、小さなオートマタ・コアが、カチリ。と微かな音を立てて青白い光を放ち始めたことには、もう気づかなかった。
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