第15話:MP2の絶望と隠密ゲーマーの誕生
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第15話:MP2の絶望と隠密ゲーマーの誕生
転送装置の眩い光が収まった時、俺とミアは、むせ返るような濃密な空気の中に立っていた。
これまで見てきた紫色の荒野とは全く違う。天を突くほどの巨大な樹木が生い茂り、地面は湿った苔とシダ植物で覆われている。
「わぁ…。ヴァル様、なんだか空気がおいしい気がする!」
ミアが大きく深呼吸する隣で、俺は自分のステータスウィンドウを見て、血の気が引くのを感じていた。
【MP:2 / 250】
「に……」
思わず、乾いた声が漏れる。MPが、「に」。
転送の興奮と安堵感ですっかり頭から抜け落ちていた。
試練でMPを使い果たしたまま、未知の場所へ跳んできてしまったのだ。
(《火炎ブレス》の火種すら作れねえぞ、これ…!)
まさに、バッテリー残量1%のスマホを握りしめて、遭難した気分だ。
「ヴァル様、お腹すいたー」
呑気なミアの声に、俺は冷や汗を流しながらも頷くしかない。
「あ、ああ。何か食べられるものを探すか…」
俺たちが慎重に歩き出した、その矢先だった。
ガサガサッ!と、すぐ近くの茂みが大きく揺れ、土を掘り返しながら一体の魔物が姿を現した。
鋼のような体毛に覆われた、巨大な牙を持つ猪――『アーマー・ボア』だ。
《コード・アナライザー》が一瞬で弾き出したレベルは、30。
今の俺たちが真正面から戦って、勝てる相手ではない。
「しーっ!」
俺は咄嗟にミアの口を両手で塞ぎ、巨大な木の根元に体を押し付けるようにしてしゃがみ込んだ。
「動くなよ! 絶対に動くな! 息もするな!」
「んぐっ!?」
俺は全力で《隠密》スキルを発動させた。
頼れるのは、もはやこれしかない。
『ブゴォッ…』
アーマー・ボアは、俺たちに気づくことなく、数メートル先をのっしのっしと横切っていく。
その巨体が完全に遠ざかるまで、俺は生きた心地がしなかった。
「はぁ…はぁ…。行ったか…」
しかし、安心したのも束の間、今度は上空から鋭い鳴き声が響き渡る。
見上げれば、巨大な鷲『ストーム・イーグル』が、旋回しながら地上を偵察している。
俺たちは、木の葉の隙間から、再び息を殺した。
「…分かったぞ、ミア」
俺は、覚悟を決めた顔でミアに向き直った。
「この森では、戦闘は絶対に禁止だ。俺たちはこれから、究極の『かくれんぼ』をする」
「かくれんぼ?」
「そうだ。超高難易度ステルスゲームの始まりだ…!」
俺は《魔力感知》を、MPを消費しない最低限の出力で使い、周囲の魔物の位置を特定。
《コード・アナライザー》で彼らの視覚・聴覚の範囲、巡回ルートを瞬時に解析する。
「よしミア、あのデカいシダ植物の陰まで、俺の足跡の上だけを踏んで、5秒で移動するぞ!」
「つ、次は、あのトカゲが振り向いた瞬間に、茂みから茂みへ飛び移るんだ! いいな!」
俺のスパイ映画監督ばりの指示に、ミアは涙目になりながらも必死についてくる。
極限の緊張状態の中、俺の《隠密》スキルは、皮肉にも面白いように熟練度を上げていった。
《《隠密》の熟練度が一定に達したため、スキルレベルがLv.2に上がりました》
《《隠密》の熟練度が一定に達したため、スキルレベルがLv.3に上がりました》
《《隠密》の熟練度が一定に達したため、スキルレベルがLv.4に上がりました》
レベルが上がるごとに、俺の気配はさらに希薄になり、ついには周囲の景色に溶け込むような、擬似的な光学迷彩の効果まで発揮し始めた。
だが、最大のピンチは不意に訪れた。
俺たちが迷い込んだのは、森の主とも思われる巨大な蛇型の魔物、『アビスル・サーペント』の縄張りだった。
蛇特有の、ピット器官による熱感知と、鋭い嗅覚。
気配を消そうが、景色に溶け込もうが、全く意味がなかった。
さらに俺のスキルが警笛を鳴らす。
「レ、レベル70だと…!」
『シャアアアアアッ!』
アビスル・サーペントが、俺たちを明確に獲物として認識し、鎌首をもたげる。
絶体絶命。万策尽きた――。
俺は最後の手段として、ミアにだけ聞こえるように囁いた。
「ミア、俺が囮になる。お前は、隙を見て逃げろ!」
「…やだ」
ミアは、震えながらも、はっきりと首を横に振った。
「一緒じゃなきゃ、やだ!」
彼女は、俺を助けたい一心で、自分の《シャドウ・ガード》を、俺と自分ごと、ドーム状ではなく、薄い膜のようにぴったりと覆った。
すると、どうだろう。
俺たちの体温と匂いが、その特殊な影の膜によって、完全に遮断されたのだ。
『…シュ?』
アビスル・サーペントは、目の前にいたはずの獲物の気配が忽然と消えたことに混乱し、首を傾げながら、やがて興味を失ったようにその場を去っていった。
ミアの機転が、俺たちを救ったのだった。
「…助かった、ミア。お前、すごいじゃないか…」
「えへへ…」
危機を脱した安堵感から、その場にへたり込んだ。
俺たちは安全な洞窟で夜を明かし、俺のMPもようやく半分ほどまで回復した。
だが、俺の心は晴れなかった。
昨日の出来事を反芻し、骨身にしみて理解する。
(運が良かっただけだ。完全に)
MP管理の甘さ、圧倒的な戦力差、ミアの機転がなければ、俺たちは今頃、あの蛇の腹の中だった。
ここの気候や空は魔界とは違う。
仮にここが人間界だったとして、俺に一体なにができる?
この森が近いということは、人間たちはここ魔物たちと渡り合える可能性が高い。
ゼノスのいうように文化や常識が違うのであればトラブルは避けられない。
その時、今の俺の力で、ミアを絶対に守りきれるのか?
脳裏に、前世の無力感が蘇る。
守りたいものを守れず、ただ唇を噛むだけだった自分。
もう、あんな思いはごめんだ。
「…ヴァル様?」
俺の険しい表情に、ミアが不安そうに顔を覗き込む。
俺は、思考を切り替えた。
そうだ。この森は、死と隣り合わせの危険地帯だ。
だが、見方を変えればどうだ?
アーマー・ボア、ストーム・イーグル、アビスル・サーペント…強力な魔物がそこら中にいる。
それはつまり、良質な経験値と、未知のスキル素材が溢れる、最高の修行場所に他ならない。
ピンチは、チャンスだ。
「ミア。少しだけ、計画を変更する」
俺は、決意を固めた顔で立ち上がった。
「この森を抜ける前に、俺たちはもっと強くならなくちゃいけない。どんな理不尽が襲ってきても、お前を絶対に守れるだけの、圧倒的な力を手に入れる」
具体的な目標を定める。
おそらくこの森の生態系の頂点に君臨するであろう、あの巨大な蛇。
「目標は、この森の主――アビスル・サーペントの討伐だ。あいつを倒せるくらいになれば、人間界でも対等に渡り合えるくらいにはなるだろう」
それに、人間界に行くための準備も必要だ。
ここが森で、前世と似たような生態系が存在するなら、あのスキルを持つ魔物もきっといるはず。
あのスキルは人間と交流するうえで、間違いなく必要になる。
朝日が、洞窟の入り口から差し込んでくる。
昨日まで絶望の森に見えていた景色が、今は希望に満ちた修行の舞台へと変わって見えた。
「ミア、もう少しだけ、この危険な森で俺に付き合ってくれ」
俺の言葉に、ミアは満面の笑みで頷いた。
「うん! ヴァル様と一緒なら、どこでも楽しいよ!」
こうして、俺とミアの、強化合宿が始まった。
今回もお読みいただき、本当にありがとうございましたm(_ _)m
次回からは修行パートです(=゜ω゜)ノ
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