第三話
━━一方、地上。
突如地面に直線の亀裂が入り……二つに割れて地下へと続くトンネルが出現した。
その中から聞こえてくるのは、徐々に大きくなってくるジェット機の噴出音……それに合わせて周囲の振動も激しくなっていき……
「!!」
━━その二つが最高潮に達した瞬間、トンネルから四体のピーストレーラーが射出されて、地面に着地した。
十メートル程空中に打ち上げられてからの着地となると、トレーラー自体はそれなりの衝撃を受ける事となる。
『いってぇ〜……毎回思うけどよ。この発進方法何とかなんねぇのかよ……』
『えぇ〜、かっこいいじゃ〜ん』
『星出さん……大丈夫?』
『いい加減慣れなさいよ』
唯一着地に失敗している彰子トレーラーを囲む、歩佳トレーラーと美夜子トレーラー……彰子は文句を言うが、理香は聞き入れてくれる様子が無い。
「━━ここが、地上」
……そして紫苑トレーラーに乗っている聡美は、出撃した時から上がっていた心拍数を落ち着かせる為に胸を抑えながら、十五年間生きてきて初めて地上の世界を目撃する事となる。
地下の天面に映し出されていた青空とは違い……正真正銘の空ではあるが晴れている訳では無く、分厚く薄黒い雲が地上を覆っている。
そして目の前に広がるのは水も緑も無く……砂と岩しかない地面と、錆びた建物だらけの茶色の世界であった。
「……どう? 初めての地上を見た感想は?」
嬉しそうにする事も無く、ただぼうっと地上を見つめる聡美……そんな彼女に、紫苑は声をかけた。
「えへへっ、まだ実感が湧かないかな……今って朝の筈なのに地上って薄暗いんだね」
「あの雲のせいよ。地上の色々なガスが集まってああなっているの……陽の光すら殆ど通さない程の濃度よ」
「そうなんだ……本物の太陽や青空も見たかったな」
「それを叶える為に、私達はいつも頑張っているわ。一緒に叶える為にも、早く自分のトレーラーを手に入れて一緒に頑張りましょ」
「うん!」
金井紫苑はミーティングルームで自分が思っていた印象より、全然友好的な人間なのかもしれない。
その事を確信するように、聡美は紫苑に対して元気に返事をしたのであった。
『━━こちら司令室、聞こえるかお前達』
ふとトレーラー内で響いた声。
モニター端にはディフォルメされた米田ゆあ副隊長のアイコンが表示されていた。
『これよりお前達に探索場所の指示を出す。星出、お前はAエリアに迎え』
「了解っす!」
『油井、お前はBエリアに迎え』
「了解!」
『大西、お前はCエリアに迎え』
「……了解しました」
『そして最後に金井……お前にはDエリアでの探索を任せる』
「了解、じゃあ行きましょ」
「お願い」
そうして目的地に向かう為に散り散りになる各トレーラー。
「……」
紫苑は手慣れた様子で、レバーを前に倒して黙々とトレーラーを操作して、シンジュクの中を進んでいく。
「……」
聡美は地上世界を眺めたい気持ちよりも、今は近い将来に運転する事となるトレーラーの操作方法の方を気になっており……紫苑のその様をじっくりと観察していた。
「……そんなに見られると恥ずかしいのだけれど」
「あぁごめん! 何だか見入っちゃって……トレーラーの操作って難しい?」
「簡単よ、慣れればね。 古川さん、これから研修期間に入るだろうし、自信が無くても教官がみっちり教えてくれるわ」
「ふーん……因みに教官って誰?」
「米田副隊長よ」
「あー……」
あの無口でクールな米田副隊長から受ける研修……厳しい内容になるのは必然的だ。
聡美はそう思いながら、怒鳴られるような状況になる事を少しでも回避する為に、今の内に操作を少しでも覚えておこうと、より一層紫苑の運転に注目するのであった。
『探索目的地、Dエリアに到着しました』
……間もなくして、トレーラー内でイブの声が流れた。
それと共にトレーラーの操作を止める紫苑。
聡美は彼女と共に周囲の状態を眺めた。
「……これは━━」
損壊したビル街の中に、戦車、戦闘機……かつての戦争で使われたと思われる兵器の残骸がゴロゴロと転がっている。
……自然を感じられる緑や美味しい空気が消滅しても、それらは戦争が与えた傷跡としてしぶとく残存し続けていた。
「……いっぱいあるね、これ全部そうなの?」
「ええ、これならサーチを使うまでも無さそう」
「てか凄いね。建物とかは錆びてるのに、戦車の方は割と綺麗じゃない?」
「それだけ丈夫に作られているという事よ。これを資源に再利用しない手は無いわ」
「なるほど」
「それでは綺麗にしていくわ」
そうしてコクピット内にあるボタンの一つを押した紫苑。
『レーザーソー、起動します』
すると右腕が、チェーンソーの歯の部分が赤色のレーザーになっている物に変形した。
「……?」
それを見て、何故だか悪寒がした聡美。
一方の紫苑は、それで一番近くにあった戦車の一つに歯を入れて、火花を飛ばしながら分解していく……。
そうして戦車が細かく刻まれた状態になった後……
『三態変化光線銃、起動します』
紫苑はレーザーソーを起動した物の上のボタンを押して……今度は一メートル程の三本の円柱が、三角形を描く頂点それぞれから伸びている物に右腕を変形させた。
「融解モード」
『融解モード、承認。照射します』
それを戦車に向けて、紫苑はそう宣言して青色の光線を発射させた。
……戦車はみるみる内に液体へと変化していく。
『バキュームクリーナー、起動します』
そして紫苑は最後に、光線銃を起動させた物から更に下のボタンを押して、先端がT型になっていて肩にはコンプレッサーがついている、掃除機そのままの見た目になっている物に右腕を変化させた後……
その液体をクリーナーで吸っていくのであった。
その刹那、モニターの端に目盛りと共に回収した分の資源が表示された。
「……こうやって資源を回収していくわ」
「凄いねその右腕、色々な物に変形するんだね」
「ええ、主に使うのはレーザーソーと光線銃とクリーナーね。それ以外にも色々と機能があるけど、それについては私よりも理香が詳しく説明してくれると思うわ」
「えへへ、そうだろうね」
「この調子でどんどん片付けていきましょ」
街に転がっている兵器はまだまだ沢山ある……Dエリアを任せられている紫苑一人で、それらを綺麗にしていくのはかなりの手間を要するが、それからの紫苑はハイペースかつ丁寧に兵器を融解して回収していったのだった。
「……こんな所かしら」
そうして兵器は跡形もなくなり、ただの更地となったD地区の街並み。
「大分綺麗になったね〜」
「━━ええ、目に見える物はね」
「ん? どういう事?」
大体二十機分程の資源は回収したであろうか……その作業をただ見ていただけで、正直飽き飽きしていた聡美はやっと終わったかといった感じで伸びをした。
そんな聡美を、紫苑は横目で彼女を見た事で、聡美は姿勢を正しながら聞き返した。
「資源は時として、見えない場所にある事も多いわ……その為に"サーチ"があるの」
「さーち?」
「という訳で……サーチして、デイジー」
『了解、サーチを開始します』
それからトレーラーの全身が緑色に光ると……光はトレーラーを中心に円状に広がって街中に拡散していった。
「……見つけた」
……やがてピコーンという音と共に、トレーラーから見て斜め前奥の道路端で放棄されていた車の地面に、重なったモニターには赤く太い物体が表示された。
「これは━━不発弾ね」
「不発弾……爆弾ってこと!?」
「ええ、爆弾だけど私達にとっては色々な素材で出来ている資源の塊みたいな物だから、ここでしっかり回収しておくわ」
「えっ、爆弾を回収するの!? 危なくない!?」
「危ないからこそ回収するの……私達は資源を集めるのもそうだけど、この地上を綺麗にして人がまた生活出来るようにする為にも活動してるって、隊長から聞かされて無かった?」
「あっ、そうだよね……ごめん」
少しでも仲良くなれたかと思いきや、紫苑からそのような事を淡々と言われてしまった聡美。
紫苑とはまだ初対面で、何を言われるのかが嫌いなのかよく分かっていない状態なのに、気を緩めて口を滑らせてしまった……そんな聡美がしょぼんと下を俯いて喋らなくなってしまった一方で、紫苑は慎重に不発弾が確認された地面を掘っていく。
「……あった」
『配線図、解析中……このタイプは紫色と緑色の配線を切断する事で、停止させる事が可能です』
「ありがとうデイジー」
……そうして発見された不発弾。
それはまだ稼働中であり……紫苑は不発弾のパネルを取ると、イブの指示に従って配線を切る事で、不発弾を強制停止させたのであった……。
「これでよし……もうすぐでお昼ね、きりもいいし取り敢えずここまでにしておきましょう」
「……あっ、もうそんな時間なんだ」
「さて、ここまでで一連の作業を見せたけど……何か質問とかある?」
「……質問」
不発弾をバックパックに収納して、トレーラーを合流地点の向きに変えながら……紫苑は聡美にふとそのような事を聞いた。
「……」
考える聡美。
……いやここでしょんぼりなどしていられない。
紫苑はこれから、一緒に夢を叶えていく為の仲間になるのだから━━こうなれば何としてでも紫苑と仲良くなってやる。
聡美はそう思いながら……紫苑が返事に待ちくたびれる前に、口を開くのであった。
「━━ねぇ、紫苑ちゃん」
「……何かしら」
「……紫苑ちゃんはどうしてAGPRに入ろうと思ったの?」
「……」
ちゃん呼びした上に、紫苑がして見せた仕事には一切関係の無い……紫苑自体に関わる、プライベートに踏み込んだ質問。
「……あなたがここに入った理由を教えてくれたら、私のも教えてあげるわ」
「!」
暫く考えている紫苑の様子を見て、また嫌な反応をされると思って身構えていると……そのように返事をしてきた紫苑。
「わっ、私はその、普段から得意な事とか取り柄とか、何も無くて……」
「……」
「それで悩んでた時にAGPRの事を知って、AGPRがしてる活動って立派だなって思って……私もそれに参加して、胸を張ってそういう事をしてきたって、周りにアピールが出来る実績が欲し━━!」
「?」
聡美はやらかした。
理奈隊長にも話したその志望動機は、説明している途中から駄目だと思って訂正した内容だったではないか。
そんな私欲に溢れた動機を紫苑に説明したら怒られるに決まっている……。
「━━そう、実績ね……いい事だと思うわ」
「……へっ?」
そうして言葉を詰まらせていると……紫苑から思わぬ返事が返ってきて、気の抜けた声を出した紫苑。
「私の方は……この地上で探し物があって入隊したの」
「探し物?」
「そう、今の所それを探している時間が無いけれど……何を探してるのかは、もう少し後になったら話してあげるわ」
「!」
「そしたら……基地に帰りましょ━━聡美さん」
「うん!」
もう少し後になったら話してあげる……紫苑は聡美と親しくなる気があるようなその台詞。
それを聞いて聡美は再び元気に返事をした事で、紫苑は僅かに口角を上げながら、合流地点に向かう為にトレーラーを操作するのであった……。
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その後各トレーラーが合流地点で集合した後、出てきたトンネルに入って基地に戻ってきた05部隊の一同。
「しゃあ! 今日は午前中の内から沢山回収出来たぜ!ノルマはとっくに達成してんだろうし、もう午後からは出なくてもいいんじゃねぇか?」
午前中での成果を述べながら伸びをした彰子。
「そんなの駄目よ! 午後からも午前の時以上に沢山資源を集めなきゃ!」
「なんだよ美夜子……ブラック企業かおめーは」
そんな彰子に対して文句を述べた美夜子に、文句で言い返した彰子。
「うわ油井さん、沢山集めたんだね……」
「こんなんじゃまだまだ足りないわ……」
そんな美夜子が持っていたのは、活動中に液体へと変化させた資源が入っているボトル……
皆もそれを所持しており……歩佳が指摘したその量は、沢山回収出来たと宣言していた彰子の物より遥かに超える量であった。
……だが当の美夜子本人はまだまだ満足していない様子で、ボトルを握りしめていた。
「……」
格納庫からミーティングルームへの帰り道━━そんな三人の会話を聴きながら、紫苑と聡美は彼女達の後に続いていた。
「……」
ちらっと見えた三人が集めたボトルの量と、紫苑が集めたボトルの量を見比べてみる聡美。
流石にほぼ満タンである美夜子程では無いが……それでもボトルに入る半分以上の量は集めており、紫苑はボトルをちゃぷちゃぷと振って水面を揺らしていた。
「いっぱい集めたね〜。そのボトルどこに持っていくの?」
「ミーティングルームの近くにある両替機に持っていくのよ。半分は地下で使うエネルギーに替えて、残りの半分は私達の給料に替えてくれるの」
「確かに何か機械が置いてあったね……てか半分もお給料貰っちゃっていいの!?」
「一応命が懸かっているお仕事だから、それぐらいは貰わないとね」
「そうだよね〜」
徐々にだが聡美とコミュニケーションをしていく上で、紫苑が僅かに微笑みながら会話をしてくれるようになってきた。
今まで無表情で無口な性格だと思っていたのに……そんな異常事態を、残りの隊員達が気がついていない訳が無かった。
(……あいつが笑ってるとこ初めて見た)
(あいつ結構喋れるんだな)
(うぅ、私もああやってお話したかったのに……)
「……」
「「!!」」
ヒソヒソと話す美夜子と彰子と歩佳……それに気がついて紫苑は彼女達を見ると、三人は態とらしく正面を向き返した。
「……」
やがてミーティングルームに到着し、中に入る前に資源を両替していく隊員達……。
最後に紫苑の番となり、ボトルをセットするとゴポゴポと資源が両替機に流れていき……暫くして現金が排出され、紫苑はそれを財布の中に入れた。
「聡美さん、今日お昼ご飯とか持ってきてる?」
「えっ? あー……無いかな」
「それなら今日のお昼ご飯は、私が奢るわ」
「えぇっ、いいの!?」
「ええ、聡美さんがうちに入隊してくれた記念という事で」
「ありがとう!」
「「「……」」」
一度は逸らすも、いつもとは全然違う様子の紫苑から目が離せない三人……。
それから先頭にいた彰子がミーティングルームの中に入ると━━
「━━おかえりー!!」
「「「!?!?」」」
……入った瞬間にクラッカーの音が鳴り響いたミーティングルーム内。
「えへへ……」
「……」
部屋の奥には"ようこそ 古川聡美さん"と書かれた横断幕がかかっており……
……ミーティングルーム内では使用済みのクラッカーを彰子達に向けて立っていた、理香とゆあがいた。
「なんじゃこりゃあ!?」
「って、なんで彰子が先に入ってきちゃったの! もー、聡美ちゃんは?」
「ちょっとあんた呼ばれてるわよ」
「えっ私━━」
そうしてクラッカーの殆どが彰子にかかってしまった事に対して頬を膨らましている理香に呼ばれて、彰子や美夜子に避けてもらって、ミーティングルームに入った聡美。
「わぁ……」
聡美は横断幕に書かれた文字や、二列に並べ替えられていた机に様々な食事が置かれている光景を眺めて、暫く目を輝かせていた……。
「━━ふふっ、喜んで貰えたかな」
「━━!?」
……その直後、入口で詰まっている隊員達の中では、一番後ろにいた紫苑の背後から聞こえてきた声。
今までその存在に気が付かず、紫苑は慌てて振り返ると……そこには理奈隊長が立っていた。
そんな紫苑を見て、理奈は上手くいったと言った感じにニヤッと笑うと……紫苑の肩をポンポンと叩いてミーティングルームの中に入って、聡美の前までやって来た。
「理奈さん! なんすかこれ?」
「背中の方にも着いてるわ」
「おしりにも……」
「あぁ悪ぃ」
「見ての通り、聡美ちゃんの歓迎会だよ。折角入隊してくれたんだから、これぐらいは催さないとね」
「そんな……私の為にですか?」
「そだよ〜、という訳で今日は特別に午後からの任務は無し! 皆飲んで食べて楽しも〜!」
クラッカーのテープを美夜子と歩佳にも取って貰っている彰子にも説明しながら、理奈はプシュッと缶ビールを開けた。
「ほら皆も早く自分の飲み物取って!乾杯しよっ!」
「ちょっと押さないでよ」
「何だかよく分かんねぇけど……こういうのも偶にはアリだな」
「私もお菓子とか作って持ってくればよかったかな……」
それから理香は、入口で立ち止まったままの隊員達を後ろから押して……美夜子と彰子と歩佳はテーブルに置かれている飲み物を取った。
「ほら聡美ちゃんの分もあるから! 行こ?」
「う、うん!」
「……」
続けて、この宴の主役である聡美の為に用意された席に彼女を案内しようと、手を差し伸べる理香。
聡美は理香の手を取った一方で……ふと紫苑の方も見つめた。
「……紫苑ちゃん?」
「━━私はいいです」
「「「!!」」」
……紫苑は皆にそう告げると、皆に背を向けて部屋から立ち去ろうとしていた。
「えぇ!? 紫苑の分のご飯もいっぱいあるよ!?」
「私は私で作ったお昼ご飯が部屋にあるので……それじゃ」
そうして引き止めようとした理香の言葉虚しく、紫苑は部屋から出て行ってしまった……。
「……金井さん」
「何よあいつ! やっぱり何考えてんのか分かんないわ!」
「若干キレてなかったか?」
紫苑が出ていった後の扉を見ながら……歩佳と美夜子と彰子は、聡美と親しそうにしている所を見ていた反面、態度が急変した紫苑に引き気味な反応を見せた。
「紫苑ちゃん……」
「んー……紫苑ちゃんは具合か何か悪かったんでしょう! 取り敢えず私達だけで歓迎会をやろう!」
それから理奈が場を仕切り直した事で、聡美の歓迎会が開始された。
皆自分に飲み物を注いでくれたりして、歓迎してくれているのを感じて喜ぶ聡美……だがそれでも、退出する間際に皆を睨みつけていた紫苑の横顔が忘れられずにいたのだった……。
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……その後、歓迎会も終わり風呂に入ったりしてあっという間に夜となった。
「━━わぁ、広い」
聡美はこれから、隊員達と同じように基地の中にある寮で寝泊まりする事になっている。
聡美は部屋に入り、机やベッドなど部屋に備え付けられている家具も合わせて、内観を見渡した。
「……全部あるね」
そしてここに来る前に、予め自宅から送って貰っていた服や小物が入っている無数のダンボールの中身をチラッと確認した。
「……」
その中から真っ先に取り出した物……聡美が小さい頃から一緒に寝ているテディベアだ。
「こんな狭い所に押し込んじゃってごめんね……今日からはここが私達のお家だから」
「他の荷物の整理は、明日にやればいいか……ふぅ」
テディベアを抱き締めて、ベッドにぼすっと寝転ぶ聡美。
新しい場所、新しい仕事、新しい仲間達……今日は色々な事があった。
「……」
そのような事を思い浮かべながら、自宅とは違う見知らぬ天井を見つめていると……徐々に瞼が重くなってくるのを感じる━━
『聡美ちゃ〜ん』
「━━は、はい!」
その直後に扉がノックされた事に気がついて、飛び起きる聡美。
『私だよ〜、理奈隊長だよ〜』
「ああ、隊長! すみません、今開けますね!」
それから扉に近づき、ロックを外して横にスライドするタイプの自動ドアを開ける……
「こんばんは聡美ちゃん……ごめんね、もう寝るとこだったよね」
「いえ大丈夫です!」
「どうしてもお話したい事があってさ……中に入ってもいいかな?」
「……どうぞ」
「……お邪魔します」
……あれから歓迎会では五本続けて缶ビールを飲み、酒が抜けておらず顔が赤くなっているパジャマ姿の理奈。
可愛い……と思いつつ、聡美はそんな理奈の入室を許可すると、理奈は深くお辞儀をして、中へと入った。
「ごめんなさい! まだ何も整理とかしてなくて……えっと、座布団とかあったかなー……」
「大丈夫だよ。気にしないで」
「……あの、ベッドとかでも大丈夫ですか?」
「え? いいの?」
「はい、逆にベッドしか座れる所が無くて……ごめんなさい」
「ううん、急に押し掛けてきた私の方が悪いから……それじゃあ失礼して……」
そうしてベッドに並んで座る聡美と理奈。
因みに理奈はベッドに座ると、地面に足がつかなくなるぐらいに小さい。
「……それで、お話というのは?」
「うん……紫苑ちゃんの事なんだけどさ」
「……あー」
「さっきの紫苑ちゃん、急に機嫌悪い感じになっちゃったじゃん?……今日の聡美ちゃんの方は、紫苑ちゃんと組んでもらって一緒にいて貰った訳だけど、何か心当たり無いかなって思って……」
「……」
日中の余裕のある感じでは無く、不安そうで弱々しい表情を浮かべる理奈。
歳上だと分かっていても幼い見た目が相まって、彼女を守りたい気持ちが聡美の中で強くなる……が、今は理奈との会話に集中する為に、心の中でその気持ちを振り払って聡美は口を開く。
「━━もしかしたら……」
「なになに、聞かせて欲しいな」
「お昼休憩に入る前……紫苑ちゃんに今日私が入隊してきた記念に、お昼ご飯奢ってあげるって言われたんです」
「うわー……絶対それじゃーん……」
そう言いながら理奈は、ショックを受けたと体現するように後ろに倒れた。
「紫苑ちゃんが用意していた贈り物を無駄にしちゃった感じかー……悪い事したなー……」
「いえ、どちらもたまたま食べ物で被ってしまっただけで……隊長は何も悪くないですよ! 歓迎会楽しかったですし、お料理も美味しかったです!」
「そかそか、聡美ちゃんはいい子だね〜……取り敢えず、紫苑ちゃんには後で謝らなきゃ━━てかさ〜」
「?」
「……私の事も、理奈ちゃんって呼んでくれないのー」
「……えぇ!?」
紫苑についての話題が終わったと思いきや……理奈は聡美にそう聞きながらフラフラと起き上がって、唐突にそのように質問をした。
この人は今酔っ払っている……歓迎会で理奈の飲みっぷりを目撃している聡美は、瞬時にそのように判断した。
「そんな……ダメですよ。隊長は隊長ですし……」
「え〜、いいじゃ〜ん……私がいいって言ってるんだから呼んでもいいよ〜、てか呼んで? はい、隊長命令」
「えぇ!?……じゃあ、理奈さんで」
「んー……まぁそれでもいっか。よしよし、聡美ちゃんはいい子だねぇ」
「ありがとうございます……?」
理奈からの無茶ぶりに何とか答えて、聡美は理奈に頭を撫でられた。
「━━てか聡美ちゃん、可愛いよねぇ」
「……???」
そして理解が追いついていない聡美の隙を狙うように……理奈は聡美に抱きついた。
「スタイルいいし、おっぱい大きいし……歳相応じゃない私とは全然違う……はぁ、揉んでもいい?」
「!? そ、それは流石に……!」
「いいじゃ〜ん」
「ちょ、ちょっと理奈さん!」
同情を誘った理奈はそのまま、のしかかるように聡美に体重をかけた。
これは流石にまずい。
そう思いながら聡美は理奈の身体を抑えて、抵抗しようとすると……
「━━くぅ……くぅ……」
「━━ええっ……」
急に力が入らなくなったと思ったら……聡美は理奈が寝落ちしてしまっているのに気がついたのであった……。
「くぅ……くぅ……」
「……うう」
理奈は寝顔も子供のようで可愛らしい、このままずっと見ていられる……のでは無く、身動きが取れないまま、これからどうしようかと考えていると━━
「━━失礼する」
「……あっ、副隊長」
ノックをした後、ゆあが入室してきたと思ったら……
「……」
「くぅ……くぅ……」
「……」
「……邪魔をしたな」
「ああ、いえ……おやすみなさい」
理奈をお姫様抱っこで抱きかかえて……去り際に振り向いてそのように言い残し、ゆあは部屋から出て行ったのであった。
「……」
あの見た目ながら……いやあの見た目も合わせて、理奈隊長も色々と苦労しているのだな。
聡美はそう思いながら、電気を消して布団に入り……今度こそ目をつぶって、テディベアを抱き締めながら夢の世界に旅立っていくのであった……。