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俺、今から婚約破棄するんですか?

作者: 弥生紗和

勢いで書いたコメディです。会話文が殆どなのでさっくりと軽く読めると思います。

「え? 俺、今から婚約破棄するんですか?」


「そう伺っておりますが」

「俺が? えーと……誰と?」

「誰と? 決まってますでしょう、婚約者であるアレクサンドラ嬢とですよ」

「俺の婚約者?」

「しっかりしてください、クリフォード様。転んで頭をぶつけたようですね。もう少し休まれますか?」


 きょとんとしているクリフォードの顔を、彼の侍従が心配そうに見ている。


「俺、なんでここにいるんですかね?」

「なんでって、今は我がウッドダウン家が主催するパーティーの真っ最中ですよ? クリフォード様はこの後、アレクサンドラ嬢との婚約破棄を言い渡すのだと張り切っておられたではありませんか」

「俺が!?」


 彼が驚くのも無理はない。ふと気づくと突然彼はここにいた。事故にあって死んだと思ったら、クリフォード・ウッドダウンという知らない男の身体に乗り移っていたのだ。

 しかも今はパーティーの真っ最中で、クリフォードはこの後婚約者に婚約破棄を告げるのだという。


「クリフォード様は先程転んで気を失い、こうして部屋で休まれていたのです」

「あの……ちょっと整理したいんですけど、まず俺はクリフォード・ウッドダウン?」

「はい、ウッドダウン伯爵家の長男でいらっしゃいます」

「で、婚約者がいるんですよね? 今」

「はい、アレクサンドラ嬢はベルナー子爵家の次女でございます」

「それで、なんでその人と婚約破棄をすることに?」


 侍従は信じられない、と言いたげに首を振った。


「アレクサンドラ嬢は自分の妻に相応しくないとおっしゃったのは、クリフォード様ではないですか。慣れない学園生活でお困りだったシェリル嬢を笑いものにし、男爵令嬢である彼女をいじめていた恐ろしい悪女だと……」

「ちょ、ちょっと待って。また違う名前出てきた。シェリル嬢って?」


 本気で言ってる? と今にも言いそうな顔で侍従はため息をついた。


「クリフォード様は、アレクサンドラ嬢との婚約を破棄し、シェリル嬢との真実の愛をこの場で話し、彼女との婚約を発表すると伺っております」

「え、この場で!? でもあの、パーティー……ですよね? 今日」

「さようでございます」

「なんでわざわざ……パーティーって、みんなで楽しむ場なんじゃないですか? そんな時に俺が、こう、婚約破棄する! みたいなことを言ったら場が冷めないですかね?」

「私に言われましても……クリフォード様がそうするとお決めになったのでは。それにシェリル嬢もそのつもりで、パーティーにいらしているのですよ」


「シェリル嬢が来てる!? え、え!? つまりクリフォード……俺は、浮気相手をパーティーに呼んでるってこと?」

「シェリル嬢は広間でクリフォード様をお待ちですよ」


 クリフォードは頭を抱えた。


「……これ、やらかしちまってるなあ……」

「どうなさいました? そろそろ広間の方に戻っていただきませんと、パーティーはもう終盤ですよ」


「あの……申し訳ないですが、今日は一旦この問題を持ち帰ってもよろしいでしょうか? 検討してお返事いたしますので……」

「急にどうされました? 歩けるようならすぐに広間に戻りましょう、クリフォード様。ゲストの方々も心配なさってます」


 とにかくこのまま部屋にこもっているわけにもいかないようだ。クリフォードは渋々侍従に連れられて広間に戻ることにした。



♢♢♢



 広間の扉は大きく開いている。中に入ろうとした侍従を引き止め、クリフォードは中の様子をうかがっている。


「……で、アレクサンドラさんはどこにいるんですか?」

「記憶まで無くされたのですか? ほら、あちらに一人でいらっしゃる方ですよ」

「え? めちゃめちゃ美人じゃないですか!」


 クリフォードの目に映ったのは、人形のように顔立ちが整った、若く美しい女性だった。


「ほら、あのように他のゲストに避けられているのですよ。まあ仕方ありませんね、アレクサンドラ嬢は夜な夜な怪しげな夜会へ顔を出し、色々な男達と関係を持っているとの噂ですから……」

「あの人が? ほんとに? 大人しそうだし、見た目も派手じゃないし、むしろ清楚系じゃないですか? ほんとにあの人がビッチなんですか?」

「ビ……? 人は見かけによらないものだとお怒りになっていたでしょう? そのような噂が流れているのは確かでございますよ」

「信じられないなあ……で、もう一人のシェリルってのは?」


 さすがに様子がおかしいクリフォードに疑いの目を向けながら、侍従は若い男達に囲まれて楽しそうに談笑している女を指した。


「……シェリル嬢はあそこにいらっしゃるでしょう。アレクサンドラ嬢からいじめられ、一時は心を病んでいたそうで……近頃はだいぶ元気を取り戻されたようですね」


「いやいやいや、待ってください。あの人がいじめられた? さっきのアレクサンドラさんに? 逆じゃないんですか? どう見てもあっちの方が気が強そうだし、派手だし今だって男に囲まれてはしゃいでるじゃないですか。」

「何をおっしゃいます。シェリル嬢がいじめられて気の毒だと、クリフォード様があの方を助けたことからお二人は心を通わせたのでは?」


「俺が助けたんですか? シェリルって人を?」

「あなたがそうおっしゃったのですよ。物陰で泣いているシェリル嬢にハンカチを渡したのがきっかけだったと、以前私に嬉しそうな顔で話してくださいましたよね」

「物陰で泣いてた? オバサンみてえな声で笑ってるあの人が?」


 二人の耳に、シェリルの甲高い笑い声が届いた。


「……アレクサンドラ嬢はシェリル嬢が周囲に人気があるのを妬んだとか。アレクサンドラ嬢は、シェリル嬢よりもご友人が少ないことを気にしておられたのでしょう」


 クリフォードはシェリルとアレクサンドラを見比べていた。

「俺……今からあの清楚な人に婚約破棄して、あっちの派手な女に乗り換えると発表するんですか?」

「そのつもりで、今日まで準備を進めてきたのでしょう? お父上がお許しにならないから、周囲に協力してもらう為に、この場にご友人を大勢招いたのですよ」

「いやいや、俺、アレクサンドラさんでいいです。婚約破棄しなくても大丈夫です」

「は?」

「だから、このままでいいですって。こんな人前で婚約破棄なんてかわいそうじゃないですか。アレクサンドラさんめちゃめちゃ綺麗だし、俺あの人で何の不満もないですよ」


「いや、あの、クリフォード様。ですがシェリル嬢のことはどうなさるおつもりです? 目が覚めたと思ったら先ほどから妙なことばかりおっしゃって、今日は一体どうなさったのですか?」

「いや、だからこっちも急にあれこれ言われて混乱してるんですよ。申し訳ないですけど、とりあえずシェリルさんのことはなかったことにできないですかね?」


「なかったことに!? そうおっしゃいますけど、シェリル嬢とは既に愛を確かめ合った仲なのでしょう? 湖畔の別荘で、二人きりの時間を過ごされたではないですか」


「……うわー……何してんだよこいつ」


 とうとうクリフォードは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「お立ち下さい、クリフォード様。もうこれ以外に道はございません」

「……どうしても?」

「クリフォード様がお決めになったことでございます。さあ、参りましょう」



♢♢♢



「ねえ、クリフォード様。今からアレクサンドラ嬢にとっても大切なお話があるんでしょう?」

 シェリルはクリフォードの隣に立ち、意味ありげに微笑む。困惑するクリフォードの前にはアレクサンドラ嬢が立っている。


「えっと……話があるっちゃあるんだけど……ないっちゃないというか……」

「どうしたの? クリフォード様」

「やっぱり今日は、話すのをやめよう。後でゆっくり考えてから決めたい……かな……」

「はあ? 今更なにをおっしゃるの?」


「私に話とは、何でしょう?」

 困惑しながらアレクサンドラはクリフォードを見つめる。

「あああの、すみません! あなたに話はないんです」

「クリフォード様! 話はあるでしょ!?」

 シェリルはクリフォードを睨みつける。いつの間にか周囲に人が集まって来た。彼らはクリフォードと同年代の若者で、彼の婚約破棄を後押しさせる為に集めた友人達のようである。


「クリフォード、今更この女に情が湧いたのか?」

「シェリル嬢をこれ以上悲しませる気じゃないだろうな?」


 友人達がクリフォードを囃し立てる中、クリフォードは服の中を冷たい汗が流れるのを感じていた。


「いや、ここは人も多いし、せっかくみんな楽しんでるんだからさ……今日じゃなくてもいいんじゃないかなー……」

「ここまで来て怖気づいたのか? それでもウッドダウン家の男か?」

「情けないぞ、クリフォード!」

「そんなこと言われても、俺は別にアレクサンドラさんに恨みもないし、彼女がどういう人なのか、もっとよく知りたいっていうか……」


 ちらりと目をやると、アレクサンドラと目が合った。クリフォードは彼女の透き通るような瞳に思わず胸が高鳴る。


「な、何なの!? この期に及んで私に恥をかかせるつもり!? 信じられない! クリフォード様がこんな方だったなんて!」

 シェリルは目を吊り上げて怒り出し、人混みをかき分けて広間の外へ出ていってしまった。


「クリフォード……見損なったぞ。お前はシェリル嬢を心から愛してると話していたじゃないか」

「シェリル嬢を泣かせるとは、最低だな。今日のお前、少し変だぞ?」

「その悪女を選ぶと言うのか? がっかりだよ」


 友人達は呆れたようにそれぞれクリフォードを責め、シェリルを追って広間を出ていく。


 その場に残ったクリフォードとアレクサンドラは、お互い気まずそうにその場に立っていた。


「あ、あのー……アレクサンドラさん。俺、今まで君に酷いことをしてきたと思うけど、それは俺の本心じゃないっていうか……何て言ったらいいかな」


 頭をかき、モゴモゴと話しているクリフォードの前に、突然一人の若者が現れた。若者は事の成り行きをじっと見守っていて、静かになったところで前に出てきた。


「アレクサンドラ嬢。やはり噂通り、クリフォード卿はあなたに婚約破棄を言い渡す予定だったみたいですね。なぜか寸前で思いとどまったようですが」

「ジョルジュ様……」


 自信たっぷりに笑みを浮かべながら現れたその若者は、アレクサンドラと知り合いのようだ。


「私が想定していた事態とは少し違うようですが、クリフォード卿がシェリル嬢を選ぶつもりだったのは明白です」

 その場にすっと跪き、ジョルジュはアレクサンドラを見上げた。


「ジョルジュ様、何を……?」

「アレクサンドラ嬢。是非私と結婚していただきたい。私はもうすぐ自分の国へ帰ります。私はあなたを未来の王太子妃として迎えたい」

「……私を?」

「ええ。この国へ来てから様々なことであなたには力になっていただきました。あなたの優しさに触れ、私はあなた以外の女性を妻にするなど考えられなくなりました」


「え? ちょっと待って。あんた誰?」

「クリフォード様、ジョルジュ王太子に向かって失礼ですよ!」

 いつの間にか後ろに来ていた侍従が、焦りながらクリフォードに説明する。この急に現れた男は隣国の王太子で、この国の学園に留学していた。


「嬉しいです……ジョルジュ様」

「さあ、私と一緒にこんなところ、早く出ましょう」


 アレクサンドラは微笑みながらジョルジュの手を取り、二人で見つめ合いながら部屋を出て行った。


「……なにこれ? 俺、この世界に振られに来たの?」


 一人残されたクリフォードは、呆然と呟くしかないのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。良かったら評価していただけると嬉しいです!

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