恋と魔法と妖剣と 第四話
「大丈夫?」
「……うん」
保健室にお見舞いに行ったら、水瀬君はベッドでうとうとしていた。
何でも、先生にご飯をもらってお腹一杯なんだそうだ。
「ご飯、食べられるなら大丈夫そうだね」
「ほら……」
水瀬君は周りを見回すと、小声で言った。
「桜井さんや、綾乃ちゃん相手に鍛えているから」
「……どういう意味よ」
思わず出た苦笑。でも、おかげで重い空気が吹き飛んだ。
こういう配慮とウィットが出る所、水瀬君ってスゴいんだよね。
「ところでさ」
「何?」
「高原さんに……何したの?」
「うーん」
何故か、水瀬君はそこで考え込んだ。
「よくわかんないんだ」
「わかんない?高原さんは、とっても恥ずかしい姿を見られたって言ってたけど」
「……桜井さん?」
「うん」
「アバン●トラッシュって何?」
「―――は?何それ?」
「高原さんは、そう叫びながらスタンブレード振り回して、上手くできたって喜んでたんだよ。剣の技なのかなぁ」
「それなら、水瀬君の方が専門でしょう?私に聞かれても困るわ?」
「うん……でも、聞いたことがないんだ。何かの真言かお祈りかも知れないし」
「……どっちにしても、あとで調べてましょう?」
「ありがとう……僕、もう寝ちゃうけど、いい?」
「宿題は?」
「明日見せて」
「―――起きなさい」
水瀬君、本当に頭がいいクセに、どうしてああも怠けたがるんだろう。
先生に机を借りて一緒に宿題を終わらせたら、もう下校時刻。
水瀬君は、“久しぶりにベッドで寝たい”と言って、宿題が終わるなりベッドに潜り込んじゃうし……ホント、そういう所はコドモなんだよね。
まぁ……そういう所も含めて……好きなんだけどさ。
帰り道、今日が予備校の日だと気付いて慌てて道を変える。
商店街を抜けようとして、高原さんの姿を見た。
ショーウィンドーをじっと眺めていた高原さんは、そのままお店の中へ入っていった。
何だろう。
素知らぬ顔をしてお店に近づく。
……あれ?
ここって。
そうだ。
ここは―――葉月商店街のゴミ売り屋とまで呼ばれる、古道具屋。
入り口には私がまた保育園に通っていた頃から起きっぱなしの狸のでっかい置物があるし、中だってがらくたや偽物だと子供でもわかる、いかがわしいものばかりを売っている、いわば“まがい物屋”だ。
そんな中に高原さんが入っていったけど―――どうしたんだろう。
……あ、いけない。
予備校の時間、ぎりぎりだったんだっけ。
私は、高原さんは気になったけど、その場を後にした。
そして、問題が起きたのは、その晩のことだった。
私が理沙さんに呼び出されたのは学校に行く直前のこと。
学校は何とかするから!と切羽詰まった挙げ句、今からパトカーで迎えに行くと言い出した理沙さんを説得して私が向かったのは葉月の警察署。
普通なら絶対に関わりたくない所だと思う。
一生で縁があるとしたら免許証の更新だけでいい所だと、私は少なくともそう思う。
ウチからだと、自転車で10分ほど。大通りを抜けてコンビニの信号を曲がった先にある建物で―――。
「……ん?」
私は、信号の所で自転車を止めた。
どうしたんだろう。警察署のあたりが騒がしい。
何だかテレビ局のカメラや報道関係の車が列を作っている。
出かけてくる前にテレビを見ておけばよかったと後悔しても始まらない。
私は知らん顔して警察署に向かって自転車を押し始めた。
いくら何でも、警察署を全部閉鎖することも出来ないんだろう。署の敷地へは、びっくりするほスムースに入ることが出来た。
駐輪場に自転車を止めて入り口に立つ警察官の人達に挨拶をする。
あれ?
私は二人の顔を見て首をかしげた。
公安部に所属する公安騎士の木村さんと原さんだった。
ある事件で顔見知りになった二人が、防弾チョッキにシールド、そしてスタンブレードを装備して、緊張しきった顔で頷いてくれた。
何かあったのか聞きたかったけど、二人のあまりに真剣な顔を見るだけで声をかけることは出来なかった。
私は眼で“通っていいですか?”そう訊ねた。
二人は無言で小さく頷くだけ。
私は二人の間をすり抜けるようにして署の中へ入った。
入ってすぐが交通課で、角に経理課がある。いつもの景色だけど、私を出迎えてくれたのは、すっごい罵声だった。
誰かが交通課の前で警察官ともみ合いになっている。
禿頭のお爺さん。
頭に包帯を巻いてすごい剣幕て怒っている。
それを警察官が4人がかりで羽交い締めにして、どこかへ連れて行くところだった。
びっくりしながら、交通課の横を抜けて、階段を登る。
いろんなポスターが貼られた曲がりくねった二階。
その一番奥が刑事課だ。
「ああ、よく来てくれたわね」
理沙さんは明らかに寝不足気味な顔で私を出迎えてくれた。
私も何度来たか忘れた程で、おかげで刑事さん達は全員、顔見知りだ。
「何かあったんですか?」
「報道?」
「それもあるんですけどね?」
私は、一階での騒ぎを話た。
「ああ」
理沙さんは缶コーヒーを私の前に置くと言った。
「源さんね」
「源さん?」
「原町通りの“ゴミ売り屋”ってわかる?」
「入ったことはないですけど……知ってます」
「あそこに昨日、泥棒が入ったんだって」
「泥棒?」
「うん。しかも女の子」
「……あんな所に女の子が?」
「おかしいでしょう?」
理沙さんはクスクス笑いながらデスクに腰を下ろした。
「あんなボロ屋で何盗めっていうのよ。しかも、女の子によ?」
「でも、本当に泥棒が入ったんでしょう?」
「源さんが言うには、ほっかむりした女の子が二階の窓から忍び込んで商品を盗もうとしたから、とっ捕まえようとしたけど?頭を殴られて逃げられたとか」
「……そういえば、あのお爺さん、頭に包帯巻いていましたね」
「ちょっとしたタンコブをおおげさにしているだけよ。血が出てるなんて言うから、署員が救急隊手配するっていったら、必要ない!なんて言い張るからおかしい、傷見せろって言ったら、それだけで押し問答。包帯に赤いのが滲んでいるのに傷がないから、どこ怪我したって聞いたら、お前等がモタモタしてる間に出血は止まった!だって」
「はぁ?」
「赤インクか何か、包帯に塗りつけただけよ」
「それ……詐欺?」
「詐欺と窃盗と、それからいろんな余罪で人生の半分を刑務所で過ごした人だからねぇ……別名、“こそ泥の源”、“ネズミの源”……小物のクセに一端の面した、私から言わせれば“売れない芸人”。かわいいものよ」
「何盗まれたんですか?」
「千両箱だって」
「はぁ?」
「慶長小判が詰まった千両箱、千枚入りで時価1億だって」
「い、一億は、スゴいですね」
私がびっくりすると、理沙さんは大笑いした。
「だから、あいつは小物だって言われるの!」
「えっ?」
「いい?慶長小判って下手すれば一枚で百万はするわよ?」
「ひ、百万!?」
私は時代劇でよく放り投げられている小判がそんなにするとは思わなくて思わず聞き返してしまった。
「そ、そんなに高いんですか!?」
「当然♪」
理沙さんはニヤリと笑った。
「まぁ?時代によって価値は違うけどね……それが千枚でどうして一億で済むのよ。おかしいでしょ?」
「あ……あれ?」
「だいたい、あのゴミの中に小判がざっくりの千両箱があるなんて言い張るだけでウソだっての。被害を大げさにいって目立ちたいんでしょ?だいたい、千両箱があんな所にあるなら、誰より先に私がもらいに行ってるわよ」
「そ、それはそれで……」
「あの怪我だって、どうせすっ転んだだけでしょうし。気にする必要ないわ。こっちはあんな奴の相手してるヒマはないんだから」
「そう言えば……あのマスコミの列は何ですか?」
「テレビ、見てないの?」
「ごめんなさい。まだ」
「……そう」
理沙さんは頷いた。
「昨晩、警察署で殺しがあったのよ」
「殺人?」
「そう。殺されたのは現職の公安騎士が4人」
「……」
「ばっさりと道場で斬り殺された。手口からして、騎士なのは間違いない」
「目撃者は?」
「一人いたんだけど、出血がひどくてね。もうあの世行きよ」
「……むぅ」
思わずため息というか、お腹の中の空気を吐き出した。
こんな所で殺人事件なんて。
「一応、容疑者は捕まえたんだけどさぁ」
「へっ?」
「……」
容疑者が逮捕されているなら、もう事件は解決だ。
「何だ。犯人が捕まっただけでも、よかったじゃないですか」
「それが、問題があるのね?」
理沙さんは言った。
「問題?」
「そう。裁判になった時、裁判官の席に私がいないと、厄介なことになる問題なのよ」
「は?」
「普通、犯人が誰でも問答無用で死刑にして、それで世の中回るのにおかしいと思わない?」
「……いや、それはマズ」
ん?
理沙さんは、口は悪いけど警察官としては優秀だ。
その理沙さんがまるでゴミのように言ってのける奴なんて、私は一人しか知らない。
「……まさか」
「わかる?」
「でも、その時」
「お腹すいてたからさぁ」
理沙さんはポリポリと頭を掻いた。
「呼び出してメシおごれって、丁度、事件が起きたときにはそこに座っていたのよ」
理沙さんは私の座っている椅子を指さした。
「おかしいでしょ?事件があったときに現場にいなかったなんて。現場にいないで事件を起こせる奇妙奇天烈な椿事をやってのける精神的異常者は、あいつしかいないのにねぇ」
「おかしいのは―――」
私は続きを飲み込み、席を立った。
「彼、どこにいるんです?」
毛布にくるまって眠っていたのは、小柄な女の子。
銀色の髪が毛布から零れ、無邪気な寝顔は見ているだけで不思議と癒される。
普通ならそうだろう。
ここが、留置場でなければ―――。
「起きろ」
牢屋の鍵を開けさせた理沙さんは、毛布にくるまった女の子を平気で踏みつけた。
「ふぎゃっ!?」
ネコのような悲鳴を上げ、女の子が飛び起きた。
「?」
何が起きたかわからない。と言う顔で、女の子がこっちを見ている。
「……あれ?」
私の顔を見た女の子は、私が誰かわかったようだ。
「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも」
私は呆れながら言うしかなかった。
「何してるのよ―――水瀬君」
留置場の女の子―――つまり、水瀬君が言うにはこういうことになる。
昨夜、理沙さんから夜食を持ってこいと言われ、弁当を作って持って行った。
食べ終わってなお物足りないと言い張る理沙さんに、近くのファミレスへ連行されそうになって、そこで事件が発生した。
だから、僕は無関係だというのが水瀬君の主張。
これに対して、事件の後に知らん顔して私に弁当を持ってきたとしても時間的には成立するし、水瀬君が犯人であることの前には、時間的事実なんて大した問題ではないと言い張る理沙さん。
「理不尽だって、号泣する水瀬君の気持ちもわかるけど」
私は水瀬君に言った。
「どうして人殺しなんてしたの?」
「僕じゃないよぉっ!」
「じゃあ、誰なの?」
「知らないよ!どうして僕が警官殺しなんてしなくちゃいけないの!?」
「鬱憤晴らしとか」
「そんなことで人殺しなんてしないもん!」
「猟奇的な性向とか?」
「うわぁぁぁん!桜井さんの中の普段の僕って、どう写ってるの!?」
「金目当て」
「理沙さんナイス」
「それで警察署狙うって、僕はどれ程の破滅願望持ってるの!?」
「違うの?」
「普通に考えてありえないでしょ?どうしてもなら、ススキノやミナミとか、遠い所狙うよ!あのヘンの骨付き肉二、三人斬り殺して刀の鑑定すれば謝礼はもらえるし、ローレックスの腕時計やブランドモノのネクタイに宝石類は故買屋に転売できるし」
「ルート教えなさい」と、真顔で迫る理沙さん。
「絶対教えない!」言い張る水瀬君。
「これ以上、容疑増やしたくないもん!」
「こっちは冗談だっての……」
理沙さんは肩をすくめた。
「すぐ本気にするから私にイジられるってのに……」
「―――冗談なの?」
「最初はね」
「……後は?」
「いろいろ、聞きたいことが増えたから、ここから生きて出られると思わないでね?」
「うわぁぁんっ!理沙さんズルいっ!」
それは違う。
水瀬君がおしゃべりで、ドジでマヌケなだけだよ。
でも……そういえば。
「聞き忘れてましたけど、理沙さん?」
「何?」
「どうして、相手が騎士だってわかるんですか?」
「殺されたのは公安騎士よ?しかも、4人をばっさり。道場前を通った警察官の話から、犯行時間はたったものの数分とかかっていない」
「数分?」
「道場の横に喫煙所があるの」
理沙さんは答えた。
「ここに行くためには、道場前の通路を通るしかない。でね?夜勤待機中の警察官がタバコ吸いに、道場を通りかかった。その時は、道場からかけ声がしていたし、竹刀を構える剣道衣姿が見えた」
「……待って下さい」
私は思わず理沙さんの言葉を止めた。
「何?」
「つまり、殺された公安騎士の方達って、剣道の格好してたんですか?」
「―――そう」
理沙さんは顔を暗くして頷いた。
「タバコを吸い終えた警察官が、部署に戻るためにもう一度道場の前を通るまで、つまり、最初に道場の中を覗いて、もう一度、道場の前を通りかかった―――往復の時間は全部でだいたい15分」
「確かですか?」
「この警察官の携帯電話の通話記録からはっきりしてる。
道場の前で着信があって、たばこを吸いながら話し終えたのがきっかり10分。
そこからタバコをもう一本ふかせるのに大体3分から4分。
これは本人にタバコを吸わせて測定しているから確か」
「……喫煙所から道場前まで約1分」
「そう。そこで彼が立ち止まったのは、コンクリ吹きつけの通路に残されていた足跡」
「足跡?」
「そう。靴のサイズは27.5センチの足跡」
「なんでコンクリートの通路に足跡が……」
言いかけて、私はその答えを自分から察した。
「血痕……ですか?」
「正解。通路が暗くて、その警察官も最初は何だかわからなかった。ライターで照らしてみたら血痕だとわかった―――で、道場の中を覗いてみたら」
「……」
「最初、防具や竹刀が赤い布の上に散乱していると思ったそうよ?規則に厳しい道場でこれはないだろうと、そう思ったんだけど、何か違う。何が?べったり床に残った血まみれの足跡が自分めがけて残されていること。つまり、赤い布は血の海だって気付いた」
「それで大騒ぎ」
「そう。すぐに仲間を呼んで―――防具の中には人間の部品がそのまま入っていることがわかった。両足切り落とされた防具の中にいたのが、たった一人の生存者。もう手遅れだったわ。療法魔導師を呼ぼうとした時には」
「……」
「―――私が、なんで美奈子ちゃんを呼んだかは、これでわかったでしょう?」
「水瀬君を確保したのは」
悪戯っぽい眼になった理沙さんに私は訊ねた。
「私に協力させるためですか?」
「8割方、そうね」
「残り2割は?」
「私の趣味ね」
現場となった道場は状況を保護するために封鎖されているという。
「死体は片付けたけど、さすがに血の臭いがすごいわよ?」
「慣れてますよ」
私は皮肉で笑って見せたけど、上手く笑えたかはわからない。
「理沙さんのおかげで、鼻がバカになっちゃって」
「悪いわねぇ」
「悪いと思ったら」
理沙さんに片手で首根っこを持ち上げられた水瀬君が恨めしそうに言った。
「少しは待遇改善してよぉ……」
「美奈子ちゃんの前に普通の男の子で現れたくないの?」
「へっ?」
「いいのよぉ?ヘンタイ男子扱いされたいなら、私はそれで」
「な、何するの?」
脅えた水瀬君に理沙さんは自身満々に言った。
「さぁ?」
「う……ううっ」
こういう時、水瀬君が人と接するのが苦手だというのがよくわかる。
交渉が全然出来ないことは本人も自覚しているし、気にしているというけど、それならそれで慣れるように努力すべきだと思うんだけど……。
「楽しいことになるわよぉ?ね?美奈子ちゃん?」
「まぁ」
私は笑顔で言ってあげた。
「水瀬君にとってヘンタイはデフォでついてるオプションですから」
「……」
冗談なのに、すっかりいじけた水瀬君をなだめすかして、私は道場前の通路に立った。
確かに、血痕がべったりとついた足跡が残っている。
だけど―――
何か、何かがおかしい。
「……」
さすがに素手では触れられないけど、くっきりと人の血で作られた足跡だ。
だけど……?
「……水瀬君」
「うん?」
「何か、おかしいと思わない?」
「何が?」
「こう……足跡として、これはおかしいでしょう?」
「うん」
水瀬君は答えた。
「はっきりおかしい」
「そうよね……」
小首をかしげた私は、ふと、通路を歩く警察官を見た。
一歩、二歩……。
靴痕も右と左で……あれ?
「水瀬君」
「何?」
「これ―――」
私は訊ねた。
「歩幅、おかしくない?」
「気付いた?」
「うん……こんな大きい足なのに、どうしてこんなに歩幅が短いの?」
「えっ?何かあった?」
私は理沙さんにお願いして、27.5センチの足をした人を探してもらった。
別室に用意した白い紙を敷き詰めた上を、靴墨をたっぷりつけた靴で歩いてもらう実験をするためだ。
丁度、刑事課の佐野さんという背の高い人が協力を申し出てくれた。
何度か紙の上を歩いてもらって、歩幅を調べる。
はっきり、現場に残された歩幅と比較して、幅が広い。
何度やっても同じだった。
「緊張している時に歩幅が短くなるはずはないわ」
別室から戻る途中、理沙さんは言う。
「理由がないもの」
そう。
犯人がなぜ、あんな短い歩幅で歩いたのか?
それがわからない。
犯行を誤魔化したいなら、靴痕を残すんじゃなくて隠すべきなのに―――ああも何故、堂々と残したんだろう。
「そういえば、水瀬君は?」
「あそこ」
理沙さんが指さしたのは、道場の中。
血痕の前にしゃがみ込んだ水瀬君が何かをしている。
「どうしたの?」
「あ、終わった?」
水瀬君はしゃがみ込んだ姿勢のまま、私を見上げた。
「うん。どう考えても、ありえないのよ」
「何が?」
「歩幅が合わないのよ……で、何してたの?」
「うん。犯人像を考えていた」
「へぇ?」
私は水瀬君の横にしゃがみ込んだ。
道場の板張りの床の上に残された血痕はもうどす黒くなっている。
この血を流した人の事を思うと、すこし辛い。
「それで?」
「うん」
「水瀬君は答えた」
「身長150センチ前後。女性。体重は45キロ前後。右利きで動きが特殊というか……よく訓練されているね」
「へ?」
私は眼が点になったまま、バカの様に水瀬君を眺めた。
水瀬君はじっと血痕を眺めたまま、続けた。
「理由が知りたい?」
「う、うん」
「あのね?」
水瀬君は、手にしていた警察署と書かれたボールペンで血痕を突いた。
よく見ると、血痕にほんの少し、足跡が残っている。
「靴のサイズと比較して、体が軽すぎるんだよ」
「……え?」
「だから、血痕にこうも足跡が残る」
「ち、ちょっと待って。身長150センチで27.5センチの靴って、どんな人よ」
「だから」
水瀬君は私に向き直った。
「靴は誰かの履いているんだよ。はき慣れていない上にサイズが大きいから、こんな中途半端な踏み込みになる」
「踏み込み?」
「大きな靴を履いているから、踏み込みが普段と違っちゃう……うーん。桜井さんにはちょっとわかんないよねぇ」
「それは、騎士としての意見?」
「まぁ、僕の意見、かな?」
「ふぅん?体重はどうやって知ったの?」
「足跡から、踏み込む時の踏ん張り具合を見た。足がずるって動く幅が大体、僕と同じ位」
「……45キロ」
「どうしたの?自分のお腹つまんで」
「う、ううん?ちょっと……ダイエットしようかなって……」
作り笑顔を浮かべ、私より●キロ軽い水瀬君から視線をそらせた。
まだ二桁行ってないから大丈夫!
そうよ。まだ何とかなるかもっていうか、身長差あるし……。
あれ?
道場の入り口でさっきの刑事さんと話していた理沙さんが慌てた様子でこっちに走ってきた。
「どうしたの?」
「仕事が増えたわ」
「……まさか」
嫌な予感がした。
「へえ?」
水瀬君は立ち上がった。
「たった四人で済む話じゃないと思ったけど」
「ねぇ」
不意に私は、水瀬君の顔が気になって、袖を引っ張った。
「何か、隠し事してない?」
「隠し事?」
「うん……あのね?私達に、何か大切なこと、言ってないはずよ?」
「そんなことない」
「ある」
「ないよ」
「あるったらある」
「ないったないもん」
「あるったらあるったらある」
「ないったらないものはないもん」
「犯人はどんな人なの?」
「犯人は人間じゃないもん!」
あっ。
言った後に水瀬君は口を押さえたけど、どうやら私の勝ちだ。
「人間じゃ―――ない?」
「し、知らないもん」
「なんで隠すの」
「し、知らない」
「……美奈子ちゃん?実はこの前、この子ったらねぇ」
「わーっ!わーっ!」
「―――しゃべれば黙る」
「……ううっ」
水瀬君は困った。という顔で言った。
「あのね?」
「今なら、本当の喋らないと射殺するおまけ付き」
「……ここに来るときからわかってたんだけど」
「何よ」
「ここ、魔素がスゴい残ってるの」
「魔素?」
「うん。ほら、妖魔や呪具から放たれているあれ」
「知ってるけど……ここ、警察署よ?」
「だから」
水瀬君は言った。
「犯人は呪具を使っているか、乗っ取られているかのどっちかなんだよ」