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恋と魔法と妖剣と 第三話

 ●桜井美奈子の日記より

 それからは大騒ぎだった。

 水瀬君の体を半ば貫通したスタンブレードを、誰もどうやって抜いていいかさえわかんない。

 秋篠君と羽山君が、聖護院先輩からサラシをひったくって傷口を止血。

 その間に、保険医の西桜寺先生が呼ばれた。

 西桜寺先生は、今年の春に保険医になったばかりの人。

 お姉さん系のおっとりとした美人で、校内でも一二を争うだろうとさえ囁かれる巨乳の持ち主。

 その先生が、真っ青になった聖護院先輩に抱きかかえられて道場に飛び込んできたのは、博雅君と羽山君が、スタンブレードを抜くかどうかで口論の一歩手前になった時。

「もう、お茶が冷めちゃうじゃない―――あらあら。悠理君、スゴいことになっちゃったわねぇ」

「先生っ!」

「こんなことで、悠理君が死にはしないわよぉ」

 刀が突き刺さった人の前でそんなこという先生、初めて見た私は絶句するしかない。

「ほら―――いいから抜いて」

 先生は、手にしていた、閉じられた扇子をピラピラ動かして羽山君に言った。

「治癒魔法かけたいけど、邪魔だから」

「しかし」

 博雅君が心配したのも無理はない。

「内臓―――特に肺か心臓に傷がついていたら」

「それでも直すのが」

 先生は、その巨乳……じゃない。白衣につけられた金色の飾りを指さした。

 療法魔導師の徽章。

 つまり、この先生は治癒魔法の使える魔導師だってこと。

「私のお仕事なの」

「しくじっても、俺のせいだとか言わないで下さいよ?」

「大丈夫よぉ」

 西桜寺先生はにっこり笑って言った。

「業務上過失致死で処理してあげる」


 すぐに行われた治癒魔法による治療は、治癒魔法が使われるのを始めて見た私にとっては、「えっ!?」とびっくりするくらい、あっさりと終わった。


「―――まぁ、こんなものでしょう。ところで」

 道場に横たわったままの水瀬君。

 その横にしゃがんでいた西桜寺先生は立ち上がりながら言った。

「どういう騒ぎかしら?」


「あ……あの」

 どうしよう。

 聖護院先輩と月宮先輩が互いの顔を見合った時だ。

「―――突き技禁止じゃなかったの?高原さん?」

「えっ?」

 先輩達がギョッとなった。

 ―――あなた、言ったの?

 ―――まさか!

 聖護院先輩と月宮先輩のアイコンタクトが、先生を連れてきた聖護院先輩が、高原さんのことを、何も語っていないことを告げていた。

「―――そんなにカワイイ殺気放っているのはあなただけですもの。やったの、あなたでしょう?」

 皆の視線が集まる先。

 そこには、試合開始のポジションにポツンと立っている高原さんの姿があった。

 高原さんは、静かに頷いた。


 道場は、それからすぐに閉鎖され、部員達は帰宅を命じられた。

 水瀬君は安静をとるために保健室で一晩過ごすという。

 南雲先生に言わせれば、ベッドで眠れるんだからあいつも文句はないだろう。とのことだ。

 傷も心配だけど、水瀬君が普段、どこで寝ているかの方が心配だ。


「ったく、あの大馬鹿野郎っ!」

 私達は、居場所を求めて食堂に入ったけど、そこでドンッと乱暴に椅子に座ったのは羽山君だ。

「あんな女子に殺されかかってどうするんだ!」


 場所を移動したせいだろうか。

 少し、頭が冷静になってきた。

 事件はまとめればこうだ。

 高原さんの突き技が水瀬に命中。

 問題はそこだ。

 たかが突き技。

 それだけじゃない。

 否、それでは済まなかったんだ。

 スタンブレードの切っ先は、水瀬の体に突き刺さった。

 練習中の事故。

 形はそうだろうけど……。

「いくらなんでも、たかが突き技だぞ?それをあのバカ、西桜寺先生が駆けつけてくれたことと、テメエのゴキブリ並の生命力がなかったらあの世生きとは何事だ!」

「……まぁ、そう言うな羽山」

 おごりだ。と、博雅君がお茶を持ってきてくれた。

「あの突き技は凄まじいものがあった。俺でも避けられた自信はない」

「俺が賭けで負けた方もすさまじいぞ」

 羽山はカップを受け取ると、一息に中身を飲み干した。

「……なぁ」

「ん?」

「水瀬……大丈夫かな」

「ふっ……心配なら最初からそう言え」

「……ちっ」

「心臓には命中していない。あいつはあいつで、無意識に避けたんだろう」

「もみ消しに苦労するだろうな。この件は」

「……ああ」

 博雅君は、羽山君の真向かいに座ると、緑茶の入ったカップに口をつけた。

「学校側としても不祥事だ。何しろ、スタンブレードの突き技は原則禁止。しかもあの子、切っ先を潰した標準タイプを使っていなかった。公になれば、あの子の監督責任まで含めて、学校が責任を問われることは避けられない……」

「しかし」

 羽山君は、缶を弄びながら言った。

「あの子、どういうことだ?切っ先が尖ったスタンブレードなんて、どこで手に入れたんだ?」

「気付かなかったか?」

「何を」

「あの子……ブレードに細工していたぞ」

「細工?」

「ブレード切っ先に事故防止の保護キャップを着用する義務は知っているだろう?あの子、そのキャップの下をヤスリか何かで削っていたんだ」

「まさか!」

「間違いない。殺傷力を持つように細工していたんだよ―――あれと同じ事やったら、校則違反所じゃない。それを知らないはずはないんだ。この学校の生徒として」

「おい、博雅」

「ん?」

「そろそろ、ダイコン達の締め上げが終わる頃だ。話を聞きに行かないか?」

「……そうだな」

 博雅君の視線が、私達にむいた。

「私もいい?」

 一緒に来るか?

 博雅君の視線は、その確認だ。

 私はそれを察して、自分から名乗りを上げた。

「友達、あんな目に遭わせてくれた理由ワケ、納得のいくように説明して欲しいもの」




「……ダメよ」

 道場の中では先生達が高原さんの取り調べをしているらしい。

 丁度、道場から出てきた聖護院先輩に状況を尋ねたけど、先輩は肩をすくめた。

「あの子、頑固だから。あそこまでいけば褒めるしかない」

「何も言わないのか?」

「殺意すら否定しないんだもの」

「はぁっ?」

「ど、どういうことですか?」

 私は思わず訊ねた。

「高原さん、水瀬君を殺すつもりだった!?」

「怒鳴ろうが胸ぐら掴もうが、とにかく、あの子、どうしてあんなことしたのか、その理由を語ろうとしないのよ。“アイツが悪い”の一点張りで」

「アイツが……悪い?」

「ねぇ、光信。高原と水瀬君って、何か関係が?」

「んなこと、俺が知るか」

 羽山君は肩をすくめた。

「そういうことは、信楽の方が詳しいだろう?どうだ?」

「いゃあ……」

 美亜が首を横に振った。

「水瀬君にたぶらかされたとか、そういうのはないと思うよ?水瀬君、年上好みだし」

「……そう」

「だが、殺すとなれば余程のことだぞ?普通」

「だから、心配なのよ」

 聖護院先輩は言った。

「この部にとっても、あの子は必要なの。いっちゃ悪いけど、つまらない騒ぎで失いたくないのよ。その……水瀬君とどういういざこざがあったかは知らないけど」

「エリカ」

 道場から月宮先輩が出てきた。

「1年の桜井さんって人、知ってる?」

「えっ?」

「南雲先生が呼んでこいって。まだ校内にいるはずだから」




「つまり、尋問ってワケですか?」

「そういうことだ」

 南雲先生は苦い顔で頷いた。

「相手が男で、ここが戦場ならいくらでも吐かせる方法は知っているが。相手は女子だからなぁ」

「それはちょっと……」

 私は道場の真ん中に正座したまま、微動だにしない高原さんを見た。

 ピンッと伸びた背筋が、本当に道場という場所に似合っている。

 肩の所で切りそろえられた銀色の髪に、白い肌。

 その小柄な体格もあって、何となく水瀬君に似ているなと、そう思わせる雰囲気を高原さんは持っている。

 そんな子に、南雲先生の言う「吐かせる方法」を使われるのは、同性として、いや、人間として避けたいところだ。

「このままだと、西桜寺先生の尋問になる」

「それでいいじゃないですか」

「どうも……それもマズいんだ」

「はい?」

「先生の言う尋問は―――いや。そんなことはどうでもいい。とにかくお前、高原を説得して、理由を聞き出してくれ」

「と言われても」

「聞いてくれたら」

 南雲先生は、周囲を見回すと、その巨体をかがめて私に小声で言った。

「美亜の掴んでいるお前絡みの弱み。証拠を処分させるが」

「やります」



 ……とはいえ。


「どうしたものかしら」

 それが、本音だ。

 まるで座禅でもしているかのように目をつむる高原さん。

 交渉の余地があると思えない。


 第一、水瀬君と高原さんって、どういう関係なんだろう?

 道場で対峙した時、水瀬君は妙に遠慮がちだったし……。

 ……ん?

 ……そういえば、水瀬君、変なこと言っていたな。

「さっきのこと……怒ってるの?」

 たしか、水瀬君はそう言っていた。

 さっきのこと?

 そう。

 水瀬君は、高原さんの何かを見た。

 高原さんは、それを怒っている。

 じゃあ。何が?

 ……答えると思えないけどなぁ。

 私は、自信ないけど、高原さんの前に座って、訊ねた。

「高原さん」

「……」

「水瀬君に、何を見られたの?」

 ……あっ。

 反応があった。

 高原さんの閉じられた目が開いた。

 だけど、高原さんは私と視線を合わせようとしない。

 まだ、心を開いてくれていない証拠だ。

「誰にも言わない。女の子として恥ずかしい所、見られたんだ」

「……」

 カマをかけたけど、乗ってこない。

 でも、それ以外は考えられない。

「誰にも言えないようなこと、水瀬君に見られた。だから、あんなことをしたんだ」

「……」

「……そういうことか」

「……」

「後でいいけど、私には本音を教えてね?誰にも言わない。守秘義務は守るのが私のポリシーだから」

「……」

「これから先は、あくまで個人的興味なんだけど」

 断っておいて、私は訊ねた。

「どんな気分?人を殺すのって」

「……」

「あと一歩で、人殺しになるところだったんでしょう?楽しい?人殺すのって」

「……」

「お父さんとお母さん、悲しむと思うけどなぁ。娘が人殺しじゃぁ」

「……」

「お父さん達に、なんて報告するの?あなたの娘は立派に人を殺しました?」

「……」

「……」

 しばらくの沈黙の後、高原さんはぽつりと言った。

「……ない」

「えっ?」

「二人とも、もういない」

「……」

「お父さんは、戦争で死んだ。お母さんはとっくの昔に死んでいる」

「……ご」

 ごめんなさい。

 そう言いかけて、私は語気を強めた。

「だったら、どうしてお父さんやお母さんに顔向け出来ない、人殺しなんてマネしたの!」

「殺さない方が、余程私のハジだ!」

 私に誘われるように、高原さんが怒鳴った。

「あんな所、私の代わりに見られたら、逆にあなたが殺していたはずだ!」

 ハッ!となった高原さんは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

「……わかった」

 私は言った。

「あなたが恥ずかしいと思う何かを水瀬君がのぞいてしまった。あなたは女としての羞恥心から、水瀬君を殺そうとした……間違ってないわね?これで報告するから、間違いがあるなら、今のうちに言って」

「……」

「……ないわね?」

「あのね?」

 グイッ。

 私は高原さんの胸ぐらを掴み上げた。

「私は一般人だし、人を殺す度胸も覚悟もない。騎士でなくても、人めがけてこんなことしたことない。ましてこの先どうすればいいか、わかんない。でもね?」

 そう。

 私は一般人。

 そして、高原さんは戦闘人種たる騎士だ。

 一般人が騎士の胸ぐらを掴んで無事で済むはずがない。

 それがわかる高原さんが、びっくりした顔を浮かべている。

 私は、そんな高原さんに言った。

「友達殺しかけてくれた相手に、ごめんなさいもない、そんな態度とられると腹が立つ。それだけは覚えておいて」

 言うだけ言うと、私は呆然とする高原さんを突き飛ばして道場を出た。






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