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恋と魔法と妖剣と 第二話

すいません。でっちの助六です。いろいろありまして断筆状態でしたが、第二話を作りましたのでお届けします。よかったら読んでください。

 でっちの助六 拝

 道場を離れた響が歩いていく先には、小さな社がある。

 明光学園の敷地に神社があることを知ったのは、その目立つ銀杏の林のせいだ。

 銀杏を拾って生活の足しにしようと足を運んで以来、小さな社は幾度と無く水瀬の寝床として利用された過去がある。

 銀杏の葉が色づき始めている。半ば青い葉を樹から奪い取る風は柔らかい。

 風の匂いも、夏の盛りを過ぎ、物静かな優しさを含んでいる。

 それ感じ取った水瀬は、ああ。もうすぐ秋だなぁ。と、そんなことを思った。


 響の歩き方は、相当、剣の訓練を受けた者独特のそれ。

 後ろに対しても隙というものがないと褒めてやりたいが、その中に水瀬はいなかった。

 水瀬から見ると、どこか、まだぎこちないのだ。

 10でいったら7が良いところ。

 未完成さがその挙動に明らかに見て取れる。

 ただ―――


「?」

 水瀬は、何度となく、その歩みを見ながら首を傾げた。

 自分は、あの子を過去に見たことがある?

 覚えがない。

 でも、何だろう?

 どこかで見たような、この既視感は何だ?



 地面に敷き詰められたような銀杏の葉を踏みしめながら歩いていた響は、不意に社の前で足を止めた。

 そして、手にしていたスタンブレードを引き抜くと、何度も柄の握り具合を確かめていた。

 柄を左に握っている。

 どうやら、響は左利きらしい。


「?」

 一瞬、追跡に気付かれたかと思ったが、どうやら違う。物音も立てずに銀杏の樹の影に隠れて気配を消した水瀬を、響は見つけることが出来ていないのは、こちらを見ない響の動きから明らかだ。

「何……してるの?あの子」

 耳をそばだてた水瀬の耳に、響の呟く声が聞こえてくる。


「……今度こそ」

 響は、スタンブレードを一度、鞘に戻すと社に手を合わせた。

「今度こそ、上手くいきますように」


「?」

 一通りの祈りが終わったのか。

 響はスタンブレードを鞘から抜いて振りかぶると、気合い一閃。剣を振り下ろした。


「……」


 残心の姿勢のまま、余韻に浸っているのか、ぴくりとも動かない響は、スタンブレードを横に一凪ぎして再び鞘に戻した。

 その間、ずっと響は瞑目したまま。


「……」

 すうっ。

 大きく息を吸い込んだ響は、


「やったぁぁぁぁっっ!!」


 突然、何度も飛び跳ねながら歓喜の声を上げた。


「完璧!パーペキだぁっ!!」


 それまでの剣士然とした態度はどこへやら。響は年頃の元気な女の子として、元気に飛び跳ねている。

 その動きが不意に止まったのは、響が水瀬の存在に、その時初めて気付いたからだ。

「―――あっ」

 凄まじく気まずいと言わんばかりに、凍り付いた響。

 自分がやっと気付かれたと知った水瀬は、銀杏の影からこっそりと頭を下げた。

「こ……こんにちは。あの」

 何とか、話を合わせようと、水瀬はおずおずと問いかけた。

「さっき……かけ声で上げていた」


「……」

 わなわなと、体を震わせる響の顔は真っ赤だ。


「ア●ンストラッシュって……何?」


「っ!」

 響は、水瀬を突き飛ばすと、その場から逃げ出した。


「?」




「何してたんだ!」

 水瀬が道場に戻ると、練習は再開されていた。

「お前が戻るまで、模擬戦お預けだったんだぞ!?」

 あぐらを掻いた羽山が水瀬の襟首を掴むと、ヘッドロックして水瀬の頭をグリグリやり出した。

「痛い痛いっ!」

「こら光信!」

 エリカが怒鳴る。

「暴力禁止!弱いものイジメしない!」

「こいつのどこが弱いヤツだ!」

 羽山が怒鳴り返した。

「コイツは俺より強いぞ!?」

「ウソおっしゃい!みっともない!」

「本当だって!」

 口げんかが始まった羽山とエリカの間近で、水瀬は自分に突き刺さる殺意に気付いた。

 道場の端で正座する響だ。

 凄まじいほどの眼光でこちらを睨み付けている。

 眼光を物質化することが出来れば、凄まじいモノが飛んでくるだろうことは請け合いだ。

 水瀬は、あのアバン●トラッシュとかいうのは、見てはいけない何か、願掛けやおまじないの類だったのかなぁ。と、全く見当違いのことを考えたりもしたが、考えた所で飛んでくる殺気をどうすることが出来るわけでもない。

 どうも、敵を作ったらしい。

 それだけははっきりとわかった。


「じゃあ、いいわよ」

 エリカが軽く咳払いをして言った。

「その子の実力、見てあげようじゃない」

「ノド痛てぇ……バカダイコンが。後でほえ面かくな?」

「あの……羽山君?何だか、歓迎したくない事態になったご様子ですが?」

「喜べ水瀬」

 羽山は怒り心頭の顔で言った。

「もし、万一、例外的に、無様に負けるようなバカやらかしたら……」

「したら?」

「俺からぶん殴られる特典付きだ」

「いりません」

「ラーメンと餃子、卒業するまで俺におごるというオプションまでついているんだ。どうだ?とってもお得だろう?」

「羽山君……頭、大丈夫?」

 ガンッ!

「痛いっ!」

「ぐちゃぐちゃ言わずにやってこい!俺の面子潰したらブッ殺すぞ!?」

「理不尽だなぁ……」

「うるせぇ!ダイコンっ!剣貸せ剣っ!」

「ダイコンダイコンうるさいのよ!この単細胞!」

 エリカは羽山に怒鳴ると、後輩達を振り返った。

「―――高原っ!」

「はいっ!?」

 びっくりした顔をした響が、自分を指さした。

「わ、私ですか?」

「ちょっと―――その子の相手してあげて」

「で、ですけど私、素人の、しかも女の子相手に剣振るうのはちょっと……」

「心配するな」羽山は言った。

「コイツはこれでも男だ」

「……え?」

「見てみるか?」

 羽山は水瀬のズボンに手をかけた。

「アレ丸出しにしてやれば、嫌でもわかるだろ?」

「やめてエッチ!」


「……ホント」

 正座したエリカが冷たい視線を羽山に投げつける。

「たいした博愛主義ね」

「だからといって」

 エリカのスタンブレードをマトモに脳天にくらった羽山は、タンコブにタオルを当てながら抗議した。

「これはないだろう?」

「……女だけじゃなくて、男まで対象とは」

「んなわけあるか。俺は涼子さん一筋だ」

「よく言うわよ。ズボンに手をかけた時のあの動きは手慣れていたわ」

「……同人誌の読み過ぎだ」


 そんな二人の前。

 道場の中央でスタンブレードを手に対峙するのは、水瀬と響だ。


 互いに一礼すると、間合いを取った。


「……あのね?」

 下段の構えを取る水瀬が、おずおずと訊ねた。

「さっきのこと……怒ってるの?」


「試合中に」

 響は冷たい表情のまま、剣を下段にしっかりと構えた。

「相手に話しかけるのは、ルール違反です」


「……そう」

 水瀬は、響の構えを見て、うずうずしていた。

 筋がいいのは間違いない。

 だが、構えがなっていない。

 力が無駄にかかっている。これではダメだ。

 だけど……


 何だろう。


 水瀬は、また、首を傾げた。


 僕は、この子とどこかで会っているの?

 この既視感は、何?


 高原響


 出会った覚えはない。

 親戚なはずはないし……


「問答無用―――行きますよ?」


 すっ。

 膝が曲がり、腰が低くなる。

 響の持つスタンブレードが下段からゆっくりと動いた。

 刃を横に寝かせ、まっすぐに伸ばされた手の上に剣の嶺が乗る。


「お、おい?なんだアレ」

「……」

 エリカは首を左右に振った。

「あんなの……見たことない」



 恐ろしく奇妙な構えを前に、

「……へ?」

 水瀬はきょとん。とした顔で動きを止めた。

「その……構えは……」



「覚悟っ!」

 気迫と共に動いた響は、呆然としたままの水瀬に容赦なく襲いかかった。


 グシャッ!

 ドンッ!

「この馬鹿野郎っ!」

「高原っ!」

「医者よ医者っ!」



 …………

 ……

 …


 一体、何が起きたのかは考えたくない。

 ただ、水瀬は、自分が夢を見ていることは、はっきり自覚していた。

 でなければ、この人が僕の前にいるはずがない。


 水瀬の夢。


 それは、水瀬の過去というには近く、思い出というには血なまぐさい話だ。


 今から約2年前。

 国連軍から“ホテル・ライン”と呼ばれていた最前線でのこと。

 丁度、魔族との戦争において、“大反攻”作戦が実行に移された。

 当時の水瀬が所属していた部隊は、警視庁騎士警備部と共同作戦をとっていた。

 連日の戦闘の中で、水瀬はある人物を出会った。

 背の高い、ニヒルな顔立ち。

 語る言葉も皮肉めいた物言いが多い、軍服もラフに着こなす、警官とは思えないほどやさぐれた人物。

 いつもタバコを手放さない。

 タバコの匂いの中に、妖魔特有の血のにおいがプンプンする、危険な人物。

 警視庁の高原警部だと、名前は人づてに知った。


 思春期の男の子が、不良に憧れるように、水瀬もまた、彼に憧れた。


 水瀬は、彼になりたいと、本気で思った。


 彼の歩き方や仕草。

 そのしゃべり方。

 ちょっとしたことまで、何とかマネようと、無駄な努力をした。


 そんな水瀬が、一つだけマネ出来ないことがあった。


 タバコだ。


 どうやって火をつけているのか。

 水瀬は、それがどうしてもわからなかった。


 警官達の忘れ物から盗んだタバコを一本、こっそり物陰で口にくわえ、火をつけても、タバコの端が焦げるだけでどうしても火がつかない。

 警部は格好良くタバコを吸っているのに、どうして?


 すっかり、タバコに熱中していた水瀬が、自分の前に誰か立っているのに気付いたのは、その時だった。


 高い背が日の光のほとんどを水瀬から奪う。

 不意に、あたりにタバコの匂いが立ちこめた。

「?」

 逆光で顔が見えない。

 まぶしそうに、水瀬が上を見上げた時、

「くわえたまま、息を吸え」

 声は重いが、どこか愉快さをかみ殺したような、人をバカにしたような声がした。

 水瀬は、それが誰の声か知っていた。


「あ……あの」

 水瀬は、本気で気まずく思った。

 自分を見下ろしているのは、高原警部だった。

 別に怒っているようには見えない。

 どうやら面白がられている。

 それだけはわかった。


「口にくわえて」

 高原警部は、もう一度そう言うと、ポケットからタバコを取りだし、口にくわえた。

「息を吸え」


 水瀬は言われたとおりに息を吸った。

 火をつける前のタバコ独特の匂いと、焦げた先端の匂いが混じったものが、水瀬の気道に入り込んでくる。

「そのまま」

 ポケットから取りだしたジッポの火が、水瀬のタバコの先端に火をつけた。

 生まれて初めて吸ったたばこの煙が、肺の中へすぐに飛び込んでくる。

 ゲホッ!

 水瀬は激しく咳き込むと、口元を抑えた。

 頭がグラグラして気持ちが悪い。

 こんなもの、何がいいんだろう。

 指に挟んだタバコを前に、困惑する水瀬に、高原警部は言った。

「気持ち悪いだろう?」

「……はい」

「そのうち、慣れてくる。これが無しだと耐えられない位にな」

「ほ、本当ですか?」

 こんな気持ち悪いのに?

 その言葉を、水瀬は口には出さなかった。

「娘からはやめろやめろの大不評だが……父親とタバコはワンセットだ」

「……はぁ」

「そのうち慣れろ。二十歳過ぎてからな?」と小さくウィンクした。

「―――それと、だ」

 タバコをどうしたものか迷う水瀬に、高原警部は言った。

「ガキが警官の前でタバコ吸うとどうなるか、知っているか?」

「えっ?」

「―――こうだ」

 ガンッ!

 水瀬の脳天を高原警部のげんこつが直撃した。

「―――っっ!」

 瞼の裏に星が飛んだ水瀬は、その痛みに思わず頭を抱えた。

 悲鳴すら言葉にならない。

「わかったか?」

 そう訊ねられても、水瀬は頷くのがやっとだ。

 父親のげんこつより痛いものが、この世に存在するとは思わなかったのが、水瀬の本音だ。

「人前で吸うのは二十歳過ぎてからだ―――それ以下はバレないように吸え」

 警官とは思えない一言を残して、高原警部は踵を返した。

「―――ああ。そうそう」

 ピンッ

 そんな音がして、高原警部の方角から、弧を描いて飛んできたものが、水瀬の頭に命中した。

 痛くない。

 すごく軽いものだ。

「?」

 手に取ると、握りつぶされたタバコの空箱だった。

「―――捨てておけ」

 理不尽だ。

 その時は、そう思った。

 だが、水瀬はその理不尽さが、何だかとても好きになった。

 タバコは吸えなかったが、水瀬は高原警部を追い求めることはやめなかった。



 ……ああ。


 あの人の得意技も、平突きだったなぁ……。

 左利きで、突き技の鋭さはすごいものがあったっけ。


 ……

 意識がはっきりしてきた。

 体が妙に痛い。

 どこかケガしているな。

 体の感覚が戻るのを感じながら、水瀬の意識は、夢から遠ざかっていった。






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