恋と魔法と妖剣と 第一話
●桜井美奈子の日記より
「剣道部の助っ人?」
羽山君の言葉に、思わずラーメンを食べる手を止めた。
場所は明光学園近くのラーメン屋“来々軒”。
建物はオンボロだけど、おいしいし安くてボリュームがあるから、生徒達には大人気のお店。
私達も学校帰りによく寄る店。
「そうだ」
水瀬君の前に座った羽山君が頷いた。
「……何だか、迷惑そうって顔だねぇ」
未亜が言うのももっともだ。
何故か、羽山君は苦虫を噛み潰したような顔だ。
「いろいろあってな」
そう言うと、羽山君は餃子を食べた。
一口で餃子2つ平気で食べる羽山君の食欲は半端じゃない。
「でも、剣道部って一般人の人達用じゃないの?」
水瀬君が訊ねた。
そう。
まず、剣道部って所から話がおかしい。
羽山君は騎士だ。
戦闘人種たる騎士と、一般人が肉体で勝負して勝てるはずがない。
いくら剣道といえど、それに変わるところはない。
水瀬君の疑問は当然だ。
「っていうか」
羽山君は、自分の皿が空になったと気づいて、水瀬君の餃子に箸をのばす。
「騎士部門だってあるんだぜ?」
ラーメンを食べていた水瀬君は、その動きに気づいて、慌てて餃子の皿をかっさらおうとするけど、それより羽山君の箸の方が早かった。
水瀬君のお皿の上から餃子が全て消えた。
「ひ、ひどいっ!」
「本当にヒドイ話だろう?」
「ぼ、僕の餃子!」
「また鈴紀がらみだ。迷惑だってお前だって思うだろう?」
餃子が一気に羽山君の口の中に消えていった。
「ううっ……」
水瀬君が半泣きの恨めしそうな顔でその光景を見つめている。
気づいているのかどうなのか、羽山君はそのまま続けた。
「騎士だって―――というか、むしろ剣については騎士の方が重視されるべきスキルだ。だから、剣道部だって騎士向けのが存在する」
「……ウチにもあるの?」
私がこっそり訊ねたのは、未亜だ。
「昔は強かったんだよ?」と、未亜は言った。
「全国最強って言われて、剣道部に入るためだけに全国から騎士が入学してきたってくらい」
「ふぅん?」
でも、おかしいな。
私、剣道部に騎士がいるってこと自体知らなかった。
自校の生徒にも影が薄いなんて。
「モグモグ……まぁ」
餃子を口に放り込んだ未亜は言った。
「そんな時代も数十年前のことだし、段々弱くなってね。今じゃ、普通科の生徒達がやってる方が主流になってさ。騎士科の生徒達でもよっぽど剣に興味がないと参加しない位で……」
未亜は思い出したように言った。
「本当なら、今年の4月で廃部になるはずだったんだよ」
「……へぇ?」
そんなに実績無いんだ。
「ところが、今の三年で女子が二人、ものすごく強いの入ってね。この二人が全国制覇。それで廃部は免れたんだけど」
「つまり、女子剣道部でしょ?」
私は目の前に座る羽山君と秋篠君をまじまじと見た。
「……」
「―――何を想像しているんだ」
それまで黙っていた秋篠君はあきれ顔で言った。
「騎士部門は男女一緒だからな」
「……そうなの?」
「というか」
未亜は言った。
「ウチ、規模が小さいから、男子と女子分けていたら部が成り立たないんだよ」
「……ああ」
私は思わず頷いた。
「それで助っ人ってわけだ」
「そういうこと」
羽山君は、水瀬君にコップを渡すと頷いた。
「水瀬、水な?」
「……」
無言でグラスを受け取った水瀬君は席を離れた。
「それで」
私は水瀬君の残していたチャーシューを食べながら聞いた。
「鈴紀先輩絡みって?」
「さっき話をしたうちの一人、副部長が鈴紀の友達でさ」
羽山君は憮然とした顔で、水瀬君のどんぶりに残っていたラーメンを自分のどんぶりに移した。
「―――で、鈴紀が俺に言ってきたって訳だ」
「それで、羽山君が秋篠君を誘った」
「……いや」
秋篠君は首を横に振った。
「実は、俺の従兄弟が部活やっていてな」
「……ああ。そういうこと」
「大会に頭数が足りないっていうから、とにかく出てくれればいいって約束で」
「……正直」
あーっ!?
空になったどんぶりを前に呆然としている水瀬君を後目に、私達は会話を続ける。
「俺達男子部門はオマケだよ」
「オマケ?」
「ああ。期待されているのは男子じゃない。下手すれば」
水瀬君の手から水の入ったグラスをもぎとった羽山君は言った。
「他の女子だって、みんなどうでもいいのかもな」
「……どういうこと?」
「警察の騎士警備部が、二人の採用を狙っているんだ」
水瀬、いつまで立ってるんだ?
声も挙げず号泣する水瀬君にそう言い放つ羽山君。
……ちょっとヒドいかな。
チャーシュー食べちゃったのは私だけど。
「騎士警備部だけじゃないよ」
未亜が言った。
「陸軍の騎士科も」
「すごいじゃない、その二人って将来約束されたようなものね」
「二人はいいさ」
なんか―――これ、変に甘いな。
羽山君は顔をしかめたまま、チビリチビリとグラスの水を飲んでいる。
「気の毒なのは他の連中」
「他の?」
「だってそうだろう?周りは就職はともかく、剣が好きでやってるんだ。それが仲間の引き立て役というか―――噛ませ犬みたいな扱いじゃ、面白くないだろう?」
「剣道部って……裏を返せばそんな感じなの?」
「羽山君の考えすぎだと思うけど」
水瀬君は言った。
「二人が頑張ってるのは、後輩達に部費残してあげたいからだよ?」
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「騎士警備部の採用担当してる人、知ってるから」
「お前が?」
「お父さんの愛人だから。スゴい美人さんでエラいんだから」
「そういうこと、はっきり言うなよ」
「羽山はそういう理由だろうが」
おごりだ。
秋篠君は別に頼んでいたジャスミン茶を手渡してくれながら言った。
感謝!
「俺は別だ」
「従兄弟のため?」
「ああ」
秋篠君が頷くと、未亜がニタニタと変な笑みを浮かべた。
「にゃあ……女の子狙いだもんねぇ……冬矢君だっけ」
「え!?何それ!」
「桜井、ホントはゴシップ好きなんだな」
「コホン……とにかく」
「―――まぁ」
秋篠君はカップから立ち上る香りを楽しみながら言った。
「明日、部活に顔を出すことになってるんだ。顔を出せば……おい、羽山?」
秋篠君の横にいた羽山君が突然、お腹を押さえてうつむいた。
青くなった顔から脂汗が流れている。
「ど、どうしたの?」
「ち、ちょっとトイレ」
席を立った羽山君は小走りにトイレに向かう。
「―――さてと」
何故か水瀬君が平然と席を立った。
「支払いは羽山君で、と」
そのまま帰り支度を始める。
「おい?」
秋篠君が止めた。
「お前、友達に何か起きたら」
「友達のラーメン食べるからだよ」
水瀬君はニコリと笑いながら、ポケットから出した小瓶を小さく振った。
強力!よく効く下剤。
瓶に張られたラベルには、そう書かれていた。
「―――帰るか」
「にゃあ。羽山君、ゴチ」
こらっ!
「にゃあ?美奈子ちゃん、払ってくれる?」
羽山君、ごちそうさまです。
翌日。
「テメェ!本当に覚えておけよ!?」
激怒する羽山君につれられて、私達は剣道部へ向かった。
騎士科が訓練に使うトレーニングセンターから少し離れた場所。
小さくてオンボロな、こぢんまりとした昔ながらの建物。
それが、剣道部の道場だ。
「普通科の剣道部は格闘技センター半分くらい使ってるのになぁ」
秋篠君がそうぼやくのも無理はない。
格闘技センターは本当に広い。
大学部や中等部と共用だけど、それでも下手なジムより施設が整っているんだ。
「しかたないよ」
未亜は言った。
「向こうは全国大会連続出場の強豪。こっちは趣味でやってる弱小部っていうのが、周りの評価だもん。それに」
エーイッ!
ハーッ!
道場の中からは気迫のこもった声が響いてくる。
「騎士剣道部がこうなっちゃった理由も、そういう所使っていたからっていうのが、あるからねぇ」
「どういうこと?」
「あの格闘技センターって、本当に最初は、騎士科の剣道道場を中心として建てられたんだよ」
未亜は言った。
「普通課の剣道部や、柔道部が隅っこで小さくなってやってるしかなかった。んで、つけあがったんだと思うけど……ある日、規模と実績を笠にした騎士科の生徒達が部活中にふざけて剣振り回して」
未亜はため息と一緒に吐き出すような口調になった。
「普通科の生徒、三人死んだんだよ」
「三人も?」
「よく手入れしてないスタンブレード振り回して、柄の部分から刀身がすっぽ抜けたんだって」
「スタンブレードの規格と運用が強化された事件だよ」
秋篠が言った。
「スタンブレードの柄と刀身を一体型にすることが義務づけられたのは、この事件があってからだ。事件そのものは、学校やメーカー巻き込んだ泥仕合の裁判が示談になったのは10年以上たった去年のことだよ」
「そう。それで、騎士科の剣道部は1年活動停止。ふざけた挙げ句が死人出した不祥事が響いて、部の評価はがた落ち。栄光の後の後は」
未亜は手を斜め下に動かした。
「落ちるだけ」
「……」
「今の連中がこんなボロい所にいるのは、周りに騎士がいない環境を望んだからだよ。誰も巻き込まないようにって」
「ふうん?」
ハァッ!
フンッ!
気迫の声と共に、ハードラバー製のスタンブレードがぶつかり合う。
狭い道場の中は、何とも言えない熱気に包まれている。
私は、ちらりと羽山君と秋篠君を見た。
何だろう。
それまでと二人の雰囲気が違う。
顔が本当に引き締まって―――カッコイイ。
騎士としての何かが、この熱気に目覚めさせられたんだろうか?
二人の体から、何だかオーラが放たれているようなそんな気さえする。
だけど―――
「ふぅん?」
同じ騎士なのに、そういうのを全然感じさせない水瀬君がぼやいた。
「こんなに動いて、お腹、空かないのかなぁ」
「そういう問題じゃないと思うけど―――あっ」
未亜が私を軽く叩きながら言った。
「あそこあそこ!」
道場の一番奥。
今、防具に身を包んだ二人が剣を交えていた。
周りの人達と比べても、動きが段違いにいい。
まるで最初から打ち合わせでもしているのかと聞きたくなる位、互いの攻撃を紙一重で交わし、交わされている。
「あれ、部長の月宮先輩と聖護院先輩だよ」
「……へえ?」
どっちがどっちだかわかんないけど、勝負は一瞬でついた……んだと思う。
片方のスタンブレードが脳天ギリギリで止められ、もう片方のスタンブレードの切っ先がのど元に突きつけられている。
「相打ち?」
「いや」
羽山君は言った。
「聖護院の突き技が先に入った」
そうなんだ。
「違うだろう。羽山」
秋篠君がそれを否定した。
「絶対、月宮先輩の一撃の方が先だ」
「そんなことはない」
「いや、絶対、月宮先輩だ」
……。
お互い、普段は仲いいけど、騎士としての何かが絡むとそうはいかないらしい。
互いににらみ合いに近くなった所で、二人の手が同時に掴んだのは、
水瀬君の襟首だ。
「―――水瀬」
「どっちが先だった」
「……あんなの、相打ちだよ」
水瀬君は宙ぶらりんになったままで言った。
「実戦じゃ意味がない」
「意味が……ない?」
「実戦で大切なのは」
羽山君に降ろしてもらった水瀬君は言った。
「生き残ることだよ。あの場合、どっちが先で後でも、戦場じゃ共倒れは避けられない。一々差し違えていたら命がいくつあっても足りない」
「……なら、どうする?」
「本当に実力のある騎士同士っていうのは」
水瀬君は言った。
「相手の実力が自分と同等以上なら戦わないよ」
「なんだそれ」
「自分より強いのと戦わなければ、最強だから」
「納得できるか……おっ?」
気がつくと、こちらに気づいたのだろう。防具の面をとった二人がこちらに向かって歩いてきた。
……うわ。
二人とも、びっくりするくらいの美人だ。
オレンジ色の髪。くりっとした猫のような瞳をした可愛らしい女性と、見るからに外人とおぼしき金髪の女性だ。
「―――久しぶりね。光信」
金髪の女性が、日本語で話しかけたのは羽山君だ。
「聖護院なんていうから、まさかと思ったが」
「相変わらず、鈴紀には弱み握られてるみたいね」
「―――うるせぇ、ダイコン」
「っ!」
それまでの勝ち誇ったような口調はどこへやら、あからさまにカチンと来た。という顔の金髪の女子生徒が羽山君を睨んだ。
「少なくとも俺はイヤイヤ来てるんだ。ここで帰ってもいいんだぜ?」
「―――なら、帰んなさいよ」
「何?」
「鈴紀に言っておくわ。光信は使い物になりませんって」
「―――っ!」
「使いものにならない、負け犬に用はないの」
「言ってくれるじゃねぇか……ダイコンの分際で」
「私にそんな口聞いて良いの?涼子さんとはメル友なんだけど?」
「よろしく頼む」
涼子さんの名前を出された羽山君は、ポンッと金髪の女子生徒の両肩に手を置いた。
「……節操のなさは相変わらずね」
休憩時間。
部員達が三々五々、思い思いの場所で休憩している。
「今度の大会は」
オレンジ色の髪をした女性が部長の月宮桜香先輩。
どこかで見たと思ったら、去年の生徒会副会長だった人だ。
「私達にとっても最後の大会だし、負けたくないのよね」
「就職絡んでいるから?」
「え?ああ、私達」
月宮先輩が、金髪の副部長さん、聖護院エリカ先輩と軽く目配せした。
「大学進学組だから」
「―――へ?」
「騎士として仕事ってのも悪くないけど、もっと別なこともしたいのよ。出来れば一生、長く続ける仕事見つけたいし。エリカはエリカで家継がなくちゃいけないし」
「……あの旅館と教会か?」
「そう。女風呂除いた光信が逆さづりにされたあの尖塔、まだ残ってるわよ?」
「……勘弁してくれ。あれは鈴紀にそそのかされて」
「その気になる辺り、あんたって本当に単純よね。で?男子、任せて良いわね?」
「負けてもいいんだろう?」
「ええ」
エリカは頷いた。
「無様に負けてきなさい。笑ってあげるから」
「くそっ……おい、水瀬、お前も参加しろ!」
「僕?ダメだよ」
水瀬は、ずっと視線を一カ所に向けたまま言った。
「魔法騎士は、そういうの、出ること禁止」
「ああ……」
桜香は、ポンッと手を打った。
「水瀬君だっけ?君、第四分隊なんだ」
「はい。だから、僕はダメです」
「残念だなぁ」
エリカは言った。
「見るだけで、そこのエロガキなんか比べ者にならない位、筋がよさそうなのに」
「エロガキって誰だよ……」
「光信、黙れ……どうしたの?」
水瀬は無言で開かれたドアを指さした。
そこには、他の部員と混じることもなく、一人だけ開かれたドアから差し込む光を浴びながらスタンブレードの手入れに熱中する女の子がいた。
銀髪を肩の辺りで切りそろえ、リボンを結んだまるで日本人形のような女の子は、剣と自分以外、この世に存在しないと言わんばかりの熱心さで手入れに没頭している。
「高原さんのこと?」
「高原?」
「高原響。次期女子部長候補」
「……無理じゃないかな」
水瀬はぽつりと言った。
「あれじゃ」
「?」
「……おかしいなぁ」
水瀬は首を傾げた。
「あの子……でも」
不意に、響が立ち上がると、スタンブレードを手に外に出た。
「ごめんなさい」
水瀬はそう言うと、その後を追った。