1-08 お婆ちゃん先生の言う通り お山には狐も狸も鬼も巫女も魔法少女もいる
私立黄菅ヶ丘学園高等学校。この学校は第二次世界大戦の前から続く名門女子校だった。しかし地元の人はこう呼ぶ、狐ヶ丘高校と。
中学生の時おいたが過ぎて黄菅ヶ丘学園高校に放りこまれた龍之進。担任は小さいお婆ちゃんの百合先生。
この先生を甘く見てると痛い目に合う。
彼女の授業でそれを身でもって知ることになった龍之進は罰として教室の掃除をさせられる。そこで気になっていたクラスの女の子が目の前でさらわれてしまった。
更に百合ちゃん先生の秘密まで知っちゃった。
いろいろ巻き込まれ体質の男子の奮闘記。
私立黄菅ヶ丘学園高等学校。この学校は第二次世界大戦の前から続く名門女子校だった。そして近所の人からはこう呼ばれている。狐ヶ丘学園高校と。なにしろ里から歩いて1時間。山の中にある全寮制の学校だ。キスゲではなく狐の方がぴったりくる。
そんな名門女子校も今はワケアリな学生ばかりが放り込まれるレベルの共学の高校だ。田畑龍之進も放り込まれた一人だ。
「だから、なんで今どき正座なんかしなきゃいけないんだよ。いいかげん椅子に座らせろよ」
大声でまくしたてる龍之進が見下ろす先には小柄な老女が立っていた。新学期が始まってだいぶた。龍之進が授業中にいちゃもんをつけるのはいつものことだ。しかし今日の彼はかたくなだ。
「あらあら、元気なのはいいけど、困ったわねぇ。この授業は畳で正座しないとならないのよ。みんな待ってるから座ってくれないからしら」
老女はこの授業の担当の狐塚百合。彼女はあまり困った様子もなくのほほんと龍之進に座るように言う。
「あぁ、もう、話が通じないばばあだなぁ、このくそ婆、やってられないぜ、さぼるからな」
そう言うと龍之進は百合先生の横をすり抜けて作法室を出て行こうとする。
「えっ、なんだ?」
次の瞬間彼は畳の上にあおむけに倒れていた。
「授業には出てもらわないと困るわねぇ。そのまま寝ててもいいから授業には出てね」
そう言うと百合先生は他の生徒に向かって授業を始める。龍之進は立ち上がろうとすれどなぜか体が動かない。そのままみんなの前でピクリとも動けない恥ずかしい格好で授業を聞くことになった。
「田畑君、いいかな?」
放課後、クラスに残っているのはすこしだけ。龍之進も帰る準備をしている。すると職員室から戻ってきた学級委員の白樺瑞穂が龍之進を呼び止めた。彼女は背の高いスレンダーな女子だ。長い黒髪を後ろで縛り巫女のようにも見える。整った顔ではあるが、男子と話すときは鋭く刺すような目をする。女子と話すときは柔らかい慈しむような目なのに。だからだろうかクラスの女子に人気があるが男子には人気がない。男子にとっては彼女は整いすぎて高値の花過ぎるからか? それともクラスの女子のほとんどが彼女に心酔しているから面白くない?
一方、瑞穂も男子との交流は必要最小限にとどめている。例外は龍之進。彼にはわりと話しかけてくる。ただしほとんどがお小言だが。瑞穂が龍之進に構っているように見えるのが他の女子には気に食わないようだ。なので、結果、男子からは怖がられ女子からは邪険にされ龍之進はクラスで浮いている。
「百合ちゃん先生が作法室に来いって。ああそう、荷物も持って行ってね。そのまま寮に帰ることになりそうだから。じゃ、がんばってね」
彼女はそれを伝えるとなおもなにか言いたそうにしている。けれど、何も言わずに龍之進に背を向けて友人と話し始めた。
作法室は旧校舎の一階にある。もともと全寮制の女学校だった。何年か前に新校舎を建てて、そのときに共学にした。なので女子寮はそのままに空いた旧校舎の二階以上を男子寮にしている。
龍之進が作法室に入いると誰もいなかった。
「呼び出すだけ呼び出しておいていねぇのかよ」
そう毒づくがすぐに奥にある準備室から音がすることに気がつく。
「こっちですかぁ」
ドアを開けると龍之進は目の前の風景に固まった。
「ななななんで……」
目の前には下着姿で椅子に縛られた童女が。そしてその横には、見たことのない女性が立っていた。
童女は白い髪に赤い目で頭の上にちょこんと載っている三角の耳が人ではないことを示している。
一方、横に立つ女性も背が高く女性にしてはがっちりとした体躯。そして服の上からもわかる豊かな胸は筋肉なのか乳房なのか。短く切り揃えた黒い髪の頭の上には二本の角がそそり立っていた。鬼?
龍之進が口を開く前に作法室の入口の方から声がした。
「百合ちゃんせんせー、田畑君ちゃんと来たぁ?」
そう言いながら数人が作法室に入ってきた。
それを聞いて童女が女性に言う。
「おまえ、彼女には……」
「いくらあなたのお願いでもそれだけは聞けないね。巫女は頂いていくわ」
そう言うと女性いや鬼女は龍之進を押しのけ作法室に向かう。龍之進は体が動かず首だけ後ろを見ると瑞穂の前に鬼女が立っていた。
「だれ?ですか……」
鬼女は無言で戸惑う瑞穂を横抱きにする。そしてそばにいる同級生二人を軽く押すと二人は倒れる。それを気にもせずに鬼女は作法室を出ていった。そのまま旧校舎も出て山の林の中に向かったようだ。しばらく瑞穂の悲鳴が聞こえていたがそれも聞こえなくなった。床には倒れた女子二人と龍之進が残った。
「うぅ……」
準備室から童女のうめき声が聞こえた。龍之進は慌てて準備室に飛び込む。縛ってあった縄を解くと童女が指示する。
「ドアを閉めろ、それからこちらを向かないでくれ」
龍之進は言うとおりにドアを閉めドアに向かって立っているとやがて声が聞こえる。
「もういいぞ、巻き込んですまなかった」
振り向くと百合ちゃん先生が立っていた。その顔は悔しさがありありと現われていた。
「あの、人は誰ですか?」
我ながら間抜けな質問だなと思いながらも龍之進は聞かずにいられない。
「あれは、聞かない方が良い。これ以上キミを捲きこめないから」
龍之進は食い下がる。
「でも、白樺さんが、誘拐されて……警察、警察に連絡、スマホ……は、あれ、圏外?」
「警察はうごかんよ。なにより警察の仕事じゃないからな」
龍之進はまだ食い下がる。
「じゃ、自衛隊? そういえば角が生えていた。鬼だから、どこかのお寺の和尚さんに頼む……とか」
ため息をつきながら百合ちゃん先生は龍之進に伝える。
「あれはな、そこらの寺の和尚などには手に負えんよ」
そう言うと作法室の入口近くで倒れている二人の女生徒に近寄り二人を起こす。
「あれっ百合ちゃん先生、瑞穂いなかった?」
ひとりが百合先生に尋ねる。
「白樺さんならお家の事情で休んでたわよね」
「あぁそうかぁ。そういえばなんでここにいるんだろ?」
「田畑が授業中に騒いで罰当番だから連れてきたんじゃない。二人共疲れてるみたいね。今日は帰ったほうがいいわ」
「はーい。でもなんで寝てたんだろ?」
「百合ちゃん先生が言うとおりさぁ、帰ったほうがいいかも」
二人が帰ったのを見て龍之進にも帰るように言う百合先生。
「まだ話は終わってね?」
龍之進が食い下がるとまた誰かが来た。
「何か入り込んできたか?って田畑じゃないか。もう帰れ」
学園長の狸森菫先生だ。
「二人共何隠してんだよ。巻き込まれたんだから知る権利位あるだろう」
「こいつ!?」
「そうみたいだな」
「百合……試すまでもないか」
学園長と百合先生が何やら話しているが、何を言ってる龍之進にはまったくわからない。
「おまえ、ちょっと後ろ向け」
学園長がきつく言うのでしぶしぶ後ろを向いた。
「もういいぞ」
そう言われて振り返った龍之進の前には、背の高い白い狸耳の女性と小柄な狐耳の童女が立っていた。
「えっとぉ」
まぁ、そう言うことなんだろう。二人とも人間ではない。そしてそれを隠している。隠しているのになんで龍之進には教えるのか?
「あぁ、お前の思ってる通りだ。私達は人じゃない。そしてお前に助けて欲しい」
「なんでわかった? というか助けるって、白樺さんを?」
「そうだ、お前の力が必要だ」
「俺の力って?」
「私たちがお前の記憶を消そうとしたんだ。だがそれをはねのけた。まだ未熟だがポテンシャルはありそうだ」
「へっ?」
「とにかくお前の力が必要だ。頼む」
「あぁ、暴れてもいいんだな。あの鬼女強そうだったな」
「……大丈夫だ。あの鬼の女セリならお前でも大丈夫。だが巫女……瑞穂がな」
ちょっと歯切れの悪い学園長。
「瑞穂がって、白樺さんがどうかしたの」
言いにくそうに学園長が言う。
「あいつはな、覚醒すると女にはどうもできない。私たちでもだ。だから男の力が必要だ」
そんなに強いのか。というか白樺って何者? 巫女って言ってた気がするけど。
「それであいつらがどこに行ったのか途中から追跡できなかった。まずは奴らがどこにいるのか探す。これは私達に任せてくれ。見つけてからお前の力が必要になる」
学園長の言葉を受けて百合先生が続ける。
「初めてなんでしょ。まずは手ほどきをしてあげますよ。手取り足取り教えてあげるわ」
百合先生、童女の姿でいう言葉では……。龍之進の勘違いに気がついた学園長が言う。
「おまえ何か勘違いしてないか。百合、見せてやれ」
百合先生が顔の前で手を組み目を閉じると体が光りだす。まぶしくて目を閉じた龍之進が再び目を開けると目線が百合先生と同じことに気が付いた。自分の姿を確認すると制服ではなくフリフリの青いスカートが目に入る。学園長が姿見を持ってくる。それを見た龍之進は声に詰まる。
そこに映っているのは小学生くらいになった龍之進で青いフリフリの魔法少女のコスチュームを着ていた。
「うん、百合、なかなかいいな」
「そりゃ研究しましたからねぇ」
百合先生も色違いでピンクの同じ服を着ている。
「田畑、気にいらないならもっとかわいいのにできるぞ」
「まてまてまて、なんだぁよぉ~これぇ~~~」
龍之進の叫びが作法室に響き渡った。