1-07 星ノ海ヨリ敵来タル!! 全種族全人類総動員大反抗作戦!!!!
剣と魔法の世界パトリアには、巨大人型兵器『鉄騎兵』が存在していた。それはかつて星海から落ちて来た『燃える船』に積載されていたオーバーテクノロジーで、一体で歩兵数百人に匹敵する強力な兵器だった。
燃える船に乗っていた『星渡り』の末裔シドは、ある日相棒ルカ(鉄騎兵のAI)の警告を聞き顔を上げた。視線の先には無数の船が――その名は『キルビアン』。かつて星渡りを滅ぼした敵対種族が、今またパトリアを領土にすべく侵略戦争を仕掛けて来たのだ。
最新型の鉄騎兵による猛攻の前に、型落ち鉄騎兵は次々大破、都市は次々陥落。
絶望が支配する中、しかしシドは諦めない。パトリア地産の魔法金属や魔物素材で鉄騎兵を魔改造。エルフやドワーフはもちろんオークやゴブリンなどの魔物とも手を組み、ドラゴンやクラーケンなどの覇王種にも協力を依頼、ファンタジーな住人たちを総動員しての大反抗作戦に打って出た――
雲ひとつない空の下を、鷹がのんびりと旋回している。
太陽はジリジリと熱く照りつけ、荒野を突っ切る街道の真ん中では二体の人型兵器『鉄騎兵』がにらみ合っている。
一体は俺の操る『ルカ』。
黒鉄色のゴーレムを思わせる二足歩行タイプで、パンチ力を活かした格闘戦タイプ。
もう一体は『スレイプニル』。
白銀色のケンタウロスを思わせる四足歩行タイプで、大弓による遠隔攻撃を得意とした中~長距離戦タイプ。
鉄騎兵はかつて星の海より落ちてきた『燃える船』に搭載されていた、今の技術じゃ再現不可能な『遺物』の一種だ。
その力は強く、腕のひと振りで巨岩を打ち砕く。
その装甲は硬く、並みの剣や魔法じゃ傷ひとつつけられない。
十六歳のガキの俺でも悪魔の如く振る舞える兵器だが、中には喜劇じみた使い方をする奴もいて……。
「おーっほほほほ! さあシド! 今日こそは決着を着けますわよ!」
スレイプニルの胸部操縦席から身を乗り出した少女がひとり、腕組みしながら高笑いを上げている。
名はエリナ・アドラー。白いドレスで着飾った、自由都市レーベンの商工会議長の娘。
金髪縦ロールのいかにもなお嬢様だが、こうして鉄騎兵を乗り回しては『決闘』を仕掛けてくるわんぱく娘でもある。ちなみに俺とは同い年。
「わたくしが勝ったらあなたはわたくしのもの! ルカと一緒に我が家の商隊で働いていただきますわ!」
「ん~なこと言って、いっつも俺に泣かされてるじゃねえか」
「だ、だから今日こそはと言ったでしょうが! もう! 意地悪言うのはよくなくてよ!」
「力ずくで人を奴隷にしようって奴には相応の接し方だと思うがね」
チビの頃から何十回となく戦ってきたが、負けたことは一度もない。
にもかかわらず、こいつはしつこく挑んで来る。
ルカを手に入れたいのはもちろんのこと、俺をアドラー商隊の護衛にしたいらしい。
「ど、奴隷にする気なんてありませんわ! きちんと雇用契約を結ぶつもりですし……住宅も、あなたが住んでるバラックなんかよりよっぽどマシなのをその……わ、わたくしの家の近くに用意して……っ」
何やらゴニョニョ言っててうまく聞き取れなかったが、かなりの好条件らしい。
「はん、ごめんだね。俺は気ままなフリーランスが性に合ってる」
「ええ、シドにアナタのようなメスの庇護など必要ありまセン。シドにはワタシがいればいいのデス」
突如口を挟んできた機械音声の主はルカだ。
ルカは俺の騎乗する鉄騎兵のAIで、名前はコールサインの『RUC-A530256』からとった。
お袋の『調教』に偏りがあったせいだろう、俺の『嫁』を自称するヤンデレ娘に育ってしまい……。
「メ、メスですってぇ~っ!? 人をそんな獣みたいに……さすがに失礼でしょうっ!」
「人の夫を情欲に任せて強奪スルなど、獣以外の何者でもないデショウ」
「シドはあなたの夫じゃないわ! あとその情欲というのもやめなさい! わたくしは別に……っ」
「おかしいデスネ、アナタの寝室にはシドを模シタ人形があるとのことデシタガ……」
「だ、誰がそんな情報を漏らし……って違う! 違います! ええい、でたらめばかり言うAIめ! わたくしが勝ったら絶対初期化してやりますからね!」
エリナは顔を真っ赤にすると、よくわからないことをわめきながら操縦席に引っ込んだ。
キャノピーが閉まると同時にスレイプニルが起動音を上げ、背に負っていた大剣を引き抜いた。
大弓ではなく大剣による近接攻撃を選ぶというのは、中~長距離戦タイプであるスレイプニルの最大の長所をぶん投げる愚かな行為だが……。
「ククク……本性が出タ。まさに獣の如くデスネ」
「……おまえ、煽ったな?」
「ライバルを効率的に叩くためデス」
ふたりはなぜだかわからんが昔から仲が悪く、顔を合わせるたび喧嘩している……っと、向こうはすでに戦闘体勢か。
「ルカ、機体状況報告」
「動力系良好、魔具管制良好、エーテルフラックス93%、問題ありまセン」
「周辺状況報告」
「南南西の窪みに人間騎兵5エルフ弓士2フェアリー魔術師3」
「いつもの護衛連中か。手を出してくる様子は?」
「その様子はありマセン。が、仮に出して来たところで無駄デス。ワタシとシドに勝てるわけなどありまセンカラ」
「ふっ……上等だぜ相棒」
口の端を笑ませたと同時、スレイプニルが仕掛けてきた。
全速で駆け寄るなり、真正面から大剣の振り下ろし――狙いは頭部。
「お喰らいなさい!」
わんぱくお嬢様なエリナには、王国正統流剣術の使い手という一面もある。
そのせいだろうか、踏み込みは鋭く重い。
並みの操手なら避け損ねて脳天をかち割られているところだろうが……。
「――当たるかよ!」
右手で操作卓を操り左手で操縦桿を斜め後ろに引くと、思い切りフットペダルを踏み込んだ。
俺の操作を正確に反映したルカは両足の側面からバシャリと車輪を出し、斜め後方へ急速旋回。
大剣の一撃を鼻先で躱した――だけではなく。
「後ろがお留守ですわよお嬢様!」
「……なっ⁉」
ルカはギュインと弧を描くように旋回を続け、スレイプニルの後ろをとった。
と同時に裏拳を飛ばし、後頭部に直撃する寸前でピタリ。
「おっと、動くなよ? 止めたのはわざとだからな?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……っ?」
エリナはしばらく悔し気に唸っていたが、最終的にはスレイプニルに大剣を落とさせ、降参の意を示した。
「わ、わかりました。今回のところはわたくしの負けですわ」
なんだかんだで誇り高いエリナだ。敗北が決まった以上はジタバタ騒がない。
が、護衛連中はそうもいかないようで……。
「はん、『星渡り』が。星の海から来た奴らが強いのは当然だろう」
「わたしたちの知らぬコマンドでも使っているのでは?」
「ズルだよズルっ。イーッだっ」
高感度センサーが拾った不満の声に、ルカの殺意が急速に高まっていく。
「……シド、あのゴミども捻り潰していいデスカ?」
「構うな、言わせておけ」
「デスガ……」
護衛連中の言う通り、俺は『燃える船』に乗ってやってきた星渡りという種族の末裔だ。
口伝や記録により、鉄騎兵の操縦はもちろん遺物に関する知識も持ち合わせてる。
決してズルというほどのものじゃないが……。
「妬みも嫉みも、慣れたもんさ」
街の連中だって、俺への態度は似たようなもんだしな。
いちいち目くじら立ててもしかたな……。
「――あなたたち、おやめなさい!」
しかし、これを許さなかったのがエリナだ。
操縦席から身を乗り出すと、柳眉を逆立て怒り出した。
「わたくしが負けたのは単純に弱かったからです! 相手に責を求めるのは間違いですし、産まれを嘲笑うのは無礼でしょう!」
それ以上の悪口は許さんぞとばかりに腕組みすると、護衛連中をにらみつけた。
そしてすぐに俺の視線に気づいたのだろう、耳まで真っ赤になると。
「べ、別に他意などありませんからねっ。負けた後でとやかく言うのは恥だと思っただけですからっ」
ぷいとそっぽを向いて照れるエリナに、俺は思わず笑ってしまった。
そうそう、こいつのこういう憎めないとこが、決闘ごっこにつき合ってやってる理由でもあるんだわ。
「……シド!」
突如として、ルカが警戒の声を上げた。
「どうした? 戦いならもう終わり……」
「違いマス! 上を見てくだサイ!」
耳がキンとなるほどの大声に背中を押され、空を見上げると……。
「……なんだ、ありゃ?」
俺は目をすがめた。
遥か上空に、無数の点が浮かんでいる。
鳥じゃない、ハーピーやワイバーンなどの飛行系の魔物でもない。
もっと大きい何か……。
「船……だと?」
間違いない、それは船の群れだった。
かつて星の海から落ちて来て、今では地上のあちこちに亡骸を晒している『燃える船』が、今この瞬間に上空を飛んでいる。
ということは現役だ。
乗組員も生きているのだ。
中には無数の鉄騎兵も搭載されていて、それはつまり……。
「仲間が……いる?」
この地に降り立った星渡りは病や戦闘で次々に命を落とし、今や知ってる範囲じゃ俺ひとり。
もう二度と会うことはないだろう、そう思ってたんだけど……。
「なあルカ。俺たち、仲間に会えるかもしれないぞ? 上手くすりゃ故郷にだって帰れるかも……」
「――違いマス!」
胸をじんわりさせる俺とは裏腹に、ルカは警戒を崩さない。
「このレーダー波形はキルビアン! かつてワタシたちの船団を急襲しこの地に追い落とシタ、敵対種族デス!」
「……は? つまり仇敵ってことかっ?」
「ええ、彼らは破壊衝動のままに暴レ回ル侵略者! 平和的交渉や文化的交流などは望むベクもなく……!」
興奮したようにまくし立てるルカ。
侵略者、交渉不能、その意味するところは明らかだ。
「ツマリ!! コレより!! この地は……戦場となりマス!!!!」
悲鳴じみた言葉と同時、遠くに見える自由都市レーベンに一筋の光が落ちた。
光は巨大な爆発を引き起こし、大地が震え爆風がやって来た。
少し遅れて、耳を劈くような爆発音。
その間、誰もが状況を理解できず、呆然と立ち尽くしていた。
「……………………え?」
やがて、エリナがつぶやいた。
ポカンと放心したような顔で。
無理もない。
大量の土砂や瓦礫が巻き上げられ、沈降した。
その後には――何も残っていなかったんだから。