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1-06 ヨロイマとカシオ

 カシオは古いゲームを遊んでいた。キャラの名前に自分の「カシオ」と友人の「ヨロイマ」の名をそれぞれ付けて。


 ヨロイマの才能に酷く嫉妬しながら、しかし離れられないほどその才能と存在に惹き付けられてもいるカシオ。一方のヨロイマは小説を書くことに人生の全てをかけている為にまともな生活を送れず、また度々奇行にも走っていた。


 カシオはヨロイマに頼みこまれ、アシスタントとして彼の家に同居し家事や「資料」集めをしている。そんな自分に吐き気をもよおしながら。

 空間が翳りぽつ、ぽつ、と白い縦線が視界に入る。空が見えなくても、雨雲がやってきたのがわかる。巧い演出だな、とカシオは思った。如何にもこの場の二人の心情を表している。


『カシオ、お前とは戦いたくなかった』

『ヨロイマ、目を覚ますんだ!』

『もう無理だ。俺は俺の、お前はお前の人生の為に戦うしかない。俺は本気でお前を殺す』


 主人公である「カシオ」の説得を耳に入れず、幼馴染の「ヨロイマ」は剣を抜く。カシオは苦悶の表情を浮かべながらもやはり剣を抜き、二人の決闘が始まる。細い雨の中、男達が剣を打ち合わせるギィン! という音が響く。時には刃と刃が凌ぎを削り合い、火花が散る。幼馴染の二人は小さい頃、鍛練で剣を合わせていた。いつか二人で強い剣士になろうねと約束して。

 ……やがて、数々の戦闘を経てレベルが上がっていたカシオの一撃はヨロイマを倒す。主人公はすぐに剣を捨て、地面に倒れた友に走り寄った。


『ヨロイマ、しっかりしろ!』

『強くなったなカシオ……はは、でも泣き虫なのは変わらない、か……』


 主人公の頬が濡れている。その水は降りしきる雨なのか、涙か。これも上手い見せ方だな、とカシオは思った。その瞬間に。


「へぇ、やっぱ昔のゲームだから王道な演出だね」


 ぬっとカシオの真横に顔を突き出し、ゲーム画面を見つめてヨロイマが呟いた。


「……王道?」

「王道だよ。まあ、今のエンタメがこのゲームの影響を強く受けている可能性もあるけど」


 今、カシオはレトロゲームをプレイしている。主人公に自分の名前、幼馴染役に友人のヨロイマの名をつけて。このゲームは二人が生まれる遥か前に発売され空前の大ヒットを飛ばし、今でも名前が知られる有名なものだった。


「そうか、王道なんだ」

「そう。この決闘シーンは絶対見るべきだと勧められたけど……まあ、予想外ではなかったかな」


 カシオの胸がきゅっと苦しくなる。まるでヨロイマの言葉が細い細い紐になって耳から身体に入り込み、キリリと肺や心臓を縛るようだ。自分が巧い演出だ、良いものだと思ったものを、ごくありふれているとヨロイマに貶された気がした。思わずゲームの画面からも彼からも目を離し、窓の方を見る。銀色に丸く切り取られた窓の外には真っ黒な宇宙空間。そこに数多の白い星々が散っていた。


 ああ、これも対比だなとカシオは思う。幾千年もの間、変わらず万人に美しいと思われる星空。それに比べればモニターの中にある雨と友情の表現は一時の間だけ光ったものにすぎない。それはそのまま、ヨロイマとカシオに当て嵌まる。


「……じゃあ、もうこれ終わりで良い?」

「カシオがそうしたいなら。エンディングまで見たいなら続けて」


 嗚呼なんと酷い言い種だろうか。このゲームはカシオの意思で始めた訳ではないのに。ヨロイマがカシオに頼んだのだ。決闘のシーンを見たいから代わりにゲームをプレイしてくれ、と。

 カシオの中に黒い靄が満ちてゆく。それは自分を振り回す彼の言動によっていつも生まれるのだ。この靄をどう晴らせば良いのかと思いながらヨロイマの方を見ると、彼はもうゲームにもカシオにも興味が無いと言わんばかりに背を向け、離れていくところだった。


「あ」


 カシオの目は彼の白く華奢な頸に釘付けになった。化粧や装飾品で飾り立てていないのに匂い立つような何かを纏っていて、それだけで十分に他人を引きつける……いや、引き寄せるのだ。


「ヨロイマ」


 いつの間にかカシオの手は引き寄せられ、その頸に巻き付けられていた。



 二人が初めて出会ったのはある授賞式だった。


「初めまして。カシオさんですよね?」


 如何にも上等そうなジャケットを着こなし、笑顔で話しかけてきた彼を見た時のカシオの感情は「白皙の美少年とはこういうものか。今すぐこの美しい生き物を全て文字にして文章に落とし込んでギウギウに詰め込みたい」だった。彼の魅力をどうすれば文字に変換できるだろう。抜けるような白い肌。桃の如き柔肌。


(嗚呼どれもありきたりだ。もっと、もっと)


 でも桃はいいかもしれない。きっと目に見えない程に細かいうぶ毛が彼の肌に生えていて、それが光を反射し彼の輪郭をぼんやりと発光させているのだろう……そんな事がカシオの頭の中を占めていて、話しかけられても上の空で返事をしていた。


「話、聞いてます?」


 気づくと、彼の大きな目がカシオの目を覗き込んでいる。


「あっ! す、すみません」

「ふふふ」


 何故か美少年は笑った。カシオの頭の中にある理想像のように笑った。


「いえ、いいですよ。カシオさんて僕の思った通りの人だなぁ」

「へ?」

「『宙への道程』拝読しました。素晴らしかった! 僕、今日カシオさんと会えるのを楽しみにしていたんです。ずっとどんな人かなと想像してました」

「あ、ども……」

「さっき自己紹介しましたが、念の為もう一度名乗りますね。僕はヨロイマと申します」

「え」


 カシオの視界がくるりと回りそうになる。


「あの『ヘリンボーン』の」

「はい」


 今日の授賞式はとある出版社が主催する、若手作家を発掘する為の新人賞。カシオの『宙への道程』は大賞を、ヨロイマの『ヘリンボーン』は金賞を受賞していた。


 カシオは『ヘリンボーン』を読んだ時、座っている椅子の足がぐらついていると感じた。それぐらい……軽い眩暈を覚えるぐらいの作品だった。


 ぱりっと糊を効かせ綺麗にアイロンをかけて三角に折りたたんだ真っ白いハンカチを思わせる完璧さは、自分の粗削りな作品とは比べ物にならない。もしかしてこれは既に別名でデビュー済みの作家の手によるものではないか、それで自分が大賞でヨロイマが金賞だったのではとすら思えた。だが目の前にいる彼は、どうみても高校生のカシオと同年代か、下手をすれば年下だ。何故自分が大賞を受賞したのかわからず、カシオの世界はぐるぐると回り始めた。


 しかしその疑問はすぐ後に解消する。授賞式の挨拶で出版社の編集長がこう言ったのだ。


「『ヘリンボーン』は隙の無い完成度でした。どこの大御所が名を隠して応募してきたのかと(※ここでドッと笑いが起きる)。ですが『宙への道程』はそれを越える若さと情熱が溢れていた。私はそのパワーに圧倒され、カシオさんの未来は期待ができると感じたのです。カシオさんには是非自分の殻を破り、大きく羽ばたいて頂きたい」


 それから。カシオは自分の殻を破れなかった。編集長の挨拶は呪いとなりこの体に刻まれたままだ。

 鳴り物入りで発売された大賞受賞作はあまり売れなかった。その次に書いた作品も。その次に担当編集者に色々と口を出されながら絞り出すようにして書いた作品は雑誌に掲載されたが本にすらならなかった。


 一方でヨロイマの『ヘリンボーン』はヒットし別の賞も受賞した。更に、彼の作品は新作を出す度にあの完成度を維持したまま、ゆるりとスケールが大きくなっていく。糊の効いたハンカチはナフキンになり、やがてテーブルクロスの大きさになり『宙への道程』でカシオが広げた風呂敷をとうに越えていた。


「あーあ、ヨロイマ先生の担当になりたかったよ。ハズレ引いたなぁ」


 自分の担当が陰でそうボヤいているのをうっかり立ち聞きしたカシオは、そこから作品を書けなくなる。気がつけば受賞から四年、カシオは大学三年生になっていた。このまま適当に就職して作家人生を閉じようと考えていたところへ。


「なら僕のアシスタントになって」


 久しぶりにヨロイマと喫茶店で会った時に、こう提案されたのだ。


「アシスタント?」

「そう。資料(・・)集めとか。あとたまにご飯も用意してくれると嬉しい。僕は家事が出来ないから」


 カシオは以前一度、ヨロイマの家に遊びに行ったことがある。衣服や振舞いから何となく彼が上流の人間ではないか、と予想はしていたが予想以上の豪邸だった。お手伝いさんが常に控えていて、彼が散らかす物をそのそばから片付けていく。読んだ本、食べた皿、脱いだ靴下……。


「え、それってヨロイマが一人暮らしするの? 無理だよ。家事どころか生活が成り立たないじゃん」


 カシオは家事は一通り簡単に出来る。だが流石にあのお手伝いさんのように靴下まで拾うのは無理だと伝えた。ヨロイマは笑う。


「それは親にも言われた。もう少しマトモな人間にならないと家を出るのは不可能だって。だから靴下はちゃんと洗濯籠に入れるようになった」

「ホントに?」

「本当。あと、週三回ハウスキーパーにも来て貰う。君の仕事はあくまでアシスタントだからね」


 ヨロイマの笑顔の美しさと圧にカシオは押し切られた。後に「アシスタント」が何を指すのか深く考えなかったのは愚かだった、と酷く悔やむことになる。



「――――っは」


 息ともかすれ声ともつかない音がヨロイマの口から漏れ、カシオは現実に戻る。ざっと血の気が引き、ヨロイマの白い頸にかけていた手から力が抜けた。彼はゲボゲホと咳き込みながらも潤んだ目を細める。


「……思った、通りだ。頸を、絞められるのは、こんな、感じだって」


 カシオの中で引いた血液が更に引き、カラカラに干からびていく。


(……わざとだ)


 ヨロイマはわざとカシオを煽り、頸を絞めさせたのだ。頸を絞められる体験の資料(・・)が作家として欲しい、ただそれだけの理由で。



 翌年。N県の邸宅で男の遺体が発見された。死因は窒息と見られる。


 遺体の身元は作家のヨロイマ。本名、甲馬悟(よろいま さとる)。警察は彼と同居していた無職の女性、樫尾芽依(かしお めい)を重要参考人として事情聴取をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 【タイトル】「ぐりとぐら」みたいに主要キャラ二人の名前というパターンか。 【あらすじ】二人のキャラクターの現状について、ある程度関係性を理解できそうな情報が提示されている。ここまでとなると、…
[一言] タイトル: カシオって電卓とかのカシオ? あらすじ: 子供の頃将来友達と同居するの夢見ましたよね。 ヨロイマがだいぶ個性的な感じする ひと言感想: これめちゃくちゃ好き。なんって言ったら…
[良い点] おおお!! 叙述トリックだ! 最後にヨロイマとカシオの性別を知って驚いた!! 名前や「銀色に丸く切り取られた窓の外には真っ黒な宇宙空間」やゲームへの言及から、何となくSFっぽい雰囲気も、…
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