1-04 ゾンビを食べよう!
ゾンビを食べよう!
みんな大好きゾンビ肉!
至高の発酵食品、ゾンビ肉!
ボクもハッピー! オレもハッピー! キミもハッピー! ワタシもハッピー! ハッピーハッピーハッピーハッピー!
ハッピーカーニバル★☆
ゾンビ食は、ハッピー精肉店で♪
ゾンビを食べて、みんなでハッピー!
イタダキマス。
ゴチソウサマ。
オヤコドン。
サオシマイ。
アナキョウダイ。
これらは、日本の誇りといえる言葉である。そんな日本だからこそ、ゾンビという脅威が迫ったときも容易くその危機を脱することができたのだ。
兵器は軒並み通用せず、反陽子爆弾でも足止めできなかったゾンビを、日本人は「食べる」ことで御したのだ。捌き、干し、炒め、蒸し、茹で、時には活け作りも。
今ではどの家庭でも親しまれているゾンビ飯は、日本人の食欲によって生まれた。更に身体構造が人間とほぼ同じで、繁殖も非常に容易であることもゾンビ飯の普及に一役買った。
「で、あるからして。ゾンビと人間、またはゾンビ同士の交配で生まれた子どもは、性別や知能の発達具合によって食用と繁殖用に分けられて、…………」
給食でお腹の膨れた午後。
ニュースでも聞くような内容の歴史の授業は、望もうと望むまいと強烈な眠気を誘う。一応中学受験も控えた時期だから、授業態度も大切なのはわかっている。
それでも、僕こと神崎留音は眠気を抑えられなかった。
どうにか目を覚まそうと頭を働かせたのは、別のこと──昼休みに、友人の白羊紫苑から見せられた、謎めいたメッセージについて。
『新鮮なゾンビを食べたくないか?』
「これ、すごくね!?」
中学生以上じゃないと使えないはずのSNSをこっそり使っている紫苑は、突然フォローしてきた見知らぬアカウントから送られてきたというメッセージを、鼻息荒く見せてきた。
新鮮なゾンビ。
それは、四大珍味のひとつ。
ゾンビ肉は一般的に、食用に育てられてきたゾンビを一定の基準に基づいて屠殺して、様々な部位に分けたりしたものが様々な流通手段でスーパーとかに届けられたものを買っている。
それだけだと他の牛や豚、鶏や魚とそう変わらないけれど、ゾンビの肉はとにかく傷みやすい。うちでも、お母さんが買ってきたとき普通の肉に見えたゾンビ肉も、数十分くらい冷蔵庫に入れそびれたらどうしようもないくらい腐ってしまう。うっかり腐らせて、何度怒られたかわからない。
『留音はゾンビ肉いらないからこんな粗末に扱うんだよね。わかった、もう買わないね!』
こんなこと言われた日には、何でもする覚悟で許しを乞わなければならない。前にお母さんの機嫌を直すためにリヴィアタン・メルビレイを生け捕りにしたときは骨が折れた。
次にやったらアルゼンチノサウルスを連れてこないといけないらしい。そんなのやらされたらその日の夕食には絶対間に合わない……!
とにかく、ゾンビ肉というのはそれくらい傷みやすいんだ。教科書と一緒についてくる資料集には、出荷する段階でさえ既に新鮮とは言い難いと載っている。新鮮なゾンビ肉というのは、屠殺してからほんの数分くらいのものだけをいうらしい。
そんなのを……どう考えても怪しいじゃないか!
「え、なに? 怖いの?」
「まぁ神崎って怖がりだもんなぁ~」
「奏音はもちろん行くだろ?」
「……うん、みんな、いるんだもんね」
「当たり前だろ。怖がりの留音の代わりにしっかり守るから」
「ちょっと、やめてよ……!」
うぐぅ……っ!!
僕や取り巻きたちの目の前で紫苑がこれ見よがしに抱き寄せたのは、幼馴染みの晴辺奏音。転校してきて早々モテていた紫苑は、その流れで奏音にも距離を詰めたのだ。
ただ、どうも奏音は紫苑の思うようにいかないみたいで、その腹いせか何なのか、奏音の幼馴染みである僕に対して時々当たりがキツくなるのだ。それ以外はいい友達なんだけど……困ったやつだ。
いや、別に?
別に奏音が紫苑と一緒にゾンビ肉を探しに行くのなんて気にしないけど、ただ、そこに僕がいなくて、「神崎留音は臆病なやつだ」と奏音を含めたみんなに刷り込まれるのは、なんとなく気に食わなくて。
「わかった、行くよ行きますよ! 僕だって新鮮なゾンビ肉なんて気になるし! それに……!」
「それに?」
無意識に目が向かっていた先にいた奏音が、なんか緊張した面持ちで尋ねてくる。その目がなんとなく潤んでいるように見えて、ちょっとだけ言葉に詰まって。
「な、なんでもないけど!?」
「えー、教えてよ留音!」
すぐさま飛び付いてきた奏音にしがみつかれて、食後すぐの身体を揺さぶられてちょっと戻しそうになる──そんな昼休み。
新鮮なゾンビ。
そんなもの、本当にあるのか?
あるとしても、何でそれがただの小学生である紫苑のところに……?
多少の疑問を残したまま、時間は襲歩のように過ぎていった。
* * * * * * *
そして訪れた、予定時刻。
メッセージの相手曰く、新鮮なゾンビが配置されるのは町外れのスクラップ置き場の入り口にある壊れたプリクラ機の中で、時間は午後10時。
わりと大きめの川が近くにあるから、なんだかサルコスクスが現れそうだったけど、前に結婚記念日を忘れたお父さんが戦わされた力士たちの方がよっぽど怖そうだった。
それに、僕にもサルコスクスよりも怖いものが、今はある。
「ねぇ留音、大丈夫だよね?」
すぐ隣で不安そうに僕を見つめてくる奏音。なんとなく、奏音の前ではあまり怖がりたくなかった。
「ピヨってるやついる? いねェよなァ~ッ!!」
「おうよ! ゾンビ肉を見たらよだれが出るってのと同じくらい当たり前のことだ!」
紫苑のモテっぷりに目を付けてすぐさま取り巻きになった尼崎と足立のふたりが囃し立てる。あんまり騒ぐとそれはそれで別のものを呼び寄せてしまいそうで不安ではあったが、まぁ、約束のプリクラ機はすぐ近くだ。
もうとっくに停止しているプリクラ機は、たぶん今回ゾンビ肉の話を持ちかけてきたやつが動かしたのだろう、不自然に目立つように置かれていた。
『Meet meat』
ペンキで書かれた意味ありげな赤文字が、なんとも気味悪い。息を飲んでいると、紫苑が「みんな怖がりだなぁ~、ほんと怖がり!」と殊更大きな声で叫びながら、プリクラ機の中に入り込む。
そして。
「うわぁぁ!?」
突然叫びながら、その場で尻餅をついてしまった。そして尼崎と足立が慌てて駆け寄ったとき。
頭にずだ袋を被せられたヒト型のモノが、ゆらりとプリクラ機から出てきたのだ。
「ひっ!?」
声をあげながらしがみついてくる奏音。
悲鳴を上げる尼崎と足立。
思わず何も考えられなくなる僕。
そんななか、口を開いたのは紫苑だった。
「ぞ、ゾンビだ! 新鮮なゾンビ肉の意味、わかったぞ。あ、あいつを俺たちの手で……!」
鳥肌が立った。
僕たちの手、だって?
もちろん食肉として僕らの口に入っている以上、屠殺する人はいる。そういう人たちのことを蔑む意図はないけど、何か生き物をこの手で殺すというのは抵抗があった。
よろよろと歩く、ずだ袋のゾンビ。
身体つきからどうやらメスらしく、辺りをキョロキョロと見回している。少し知能が高いゾンビなのだろうか? そう思っていたときだった。
「!? むーーー、んんんん!!」
突然、ゾンビが奇声を上げながら、頭に被せられた袋を外そうとし始めた。しかも、ゾンビらしからぬ滑らかな動きで。
「やばいよやばいよ!」
「押さえなきゃ!」
暴れだしたら大変だと口々に叫ぶ尼崎と足立。紫苑も急いで加わって、後ろから羽交い締めにして動きを封じる。
「うえぇ、触っちゃった!」
「いつも食ってんだろ、平気だって!」
そんな言い合いの最中、ゾンビは首を振ってずだ袋を落とそうとしていた。もしかしたら逃げようとしてるのか?
初めて目の当たりにする屠殺直前のゾンビに、思わず足が竦んだけれど。
「留音、頼む!」
紫苑が叫ぶ。
「俺たちで押さえとくから、早くこいつ殺しちゃってくれよ! こいつけっこう暴れて、うわ、やばいっ、早く!!」
「こ、殺すってどうやって!」
「肉切り分ける用に鉈持ってきてる、それで頼む!! わ、わぁ!」
言っている間に、紫苑たちが振り払われてしまった。まずい、急がなきゃ!
「う、わわ、わぁぁぁ!!!」
手が震えて、渾身の勢いで振り下ろした鉈は、まずゾンビの足に当たってしまった。噴き出す血が不快だったけど、逃がすわけにはいかなかった。
手。
腿。
脇腹。
肩。
狙いが逸れて、それでも身体を削っているはずなのに、ゾンビは止まらない。あっ、鉈落とした、やばいこっち向いた、お、襲われる!?
思わず身構えて、数秒。
恐る恐る目を開けると、ゾンビの頭は袋越しでもわかるくらいに潰れていて。
「だ、大丈夫……、る、留音?」
震える声で尋ねてきた奏音の手から、金属バットが落ちる。やっとのことで頷くと、安心したように奏音は……いや、僕らみんながその場でへたり込んだ。
もちろん、ゾンビ肉を食べるのだって忘れない。
その日のゾンビは、冒険と青春の味のように思えた。忘れられない、大切な味。
僕らの絆の味に思えた。
「うまい」
「だろ? 立派だったぜ、留音。ありがとな」
「……おう」
紫苑とふたり並んだとき、交わした言葉。
お互いを称えるように突き合わせた拳。
僕たちを見下ろす月明かりの優しさ。
忘れられない1日で、終わるはずだった。
だけど、次の日。
お腹を壊して訪れた病院で何故か両親から引き離された僕は、先生からとんでもないことを告げられたのだ。
「君が食べたの、ゾンビじゃないね」