1-18 石油王に見初められまして
「あー石油王の嫁になりてぇ〜」
そう。あの金欠女子のお約束のセリフ。
必ずしも皆本気ではなかった。決してそんなつもりはなかった。
だが、しかし。
「三時の方向、敵接近!」
「今日こそはヤツのフザけたカオに、徹甲弾をぶち込んでやんなッ!」
そう。あの頃いったい誰が、こんなことを思っただろう。
自分が石油王に見初められた結果、アホみたいな姿形の巨大ロボが暴れ回り、人類が存亡の危機に瀕する世界になってしまうなんて。
「あー石油王の嫁になりてぇ〜」
「非課税で五千兆円欲しい〜」
とかなんとか、金欠女子にとってはお約束のようなセリフがある。
必ずしも皆本気ではなかった。決してそんなことはなかった──と思う。たぶん。
少なくとも自分の場合、高校生の頃、友達相手に冗談めかして言ったことが一度か二度くらいはあったんじゃないかと思う。
だが、しかし。
「三時の方向、敵接近!」
「右舷急げ! 回り込まれるぞ!」
騒々しくも部下たちの緊張で引き締まる空気の艦橋の中一番高い座席に座る私は、努めて冷静になおかつこれまでの恨みつらみを込めて叫んだ。
「20㎜機関砲準備急げ! 今日こそはヤツのフザけた顔面に、徹甲弾をぶち込んでやんなッ!」
そう。あの頃いったい誰が、こんなことを思っただろう。
自分が石油王に見初められた結果、人類が存亡の危機に瀕するなどとは。
◆◇◆
「えーっと、この人一体誰ですか」
今よりほんのちょっと昔。
私こと雪丸風花が進路に悩む高校二年生のある冬の放課後の出来事。
校門を出てすぐ突然、公安警察を名乗る黒スーツのおじさんたちに拉致同然に車に押し込められ、有無を言わさず連れて来られた一室にて。
「見覚えないかね?」
私は向かい合って座るおじさんから差し出された一枚の写真をじぃーっと見つめた。
「ぜんっぜん。知らない人ですね」
外国人なのでやや自信はないが、年齢はたぶん四〜五十代。
彫りの深い浅黒い肌に、スーツ姿の髭面の人物。
「ユーセフ=ザイヤート氏。某国の石油関係の会社社長で年齢は三十五」
……うん、ごめん。ユーセフさんとやら。
思ったよりだいぶ若かったわ。年齢読み間違えちゃったけど、悪気はないのでどうか許して。
「で、私に何か関係が?」
首を傾げる私に、おじさんは渋い表情を浮かべた。
そして無言で黒い革の鞄からタブレットを取り出し、私に「見てみろ」とでも言いたげに差しだしてきた。
「なんっじゃこりゃ!」
黒い煙の舞うビル群。かなりの数が途中でボッキリ折れて崩れ、赤い炎が火柱のように立ち上る。
ふと、奥の方に見えるよく似た二つのビルを屋上で繋げたような特徴的な形は見覚えがあった。
日本で唯一の──アレは間違いなく、大阪梅田のスカイビル!
そう思って眺めていると、突如それを遮るように、巨大な何かが画面を横切った。
「え? 何? 特撮?」
「残念ながら、LIVE映像だよ」
眉間に皺を寄せ、おじさんは頭を抱えた。
それを一言でいうなら『巨大ロボ』。しかもひと昔どころかふた昔くらい前の、いわゆる『スーパーロボット』と呼ばれる巨大でずんぐりとしたどこか丸いフォルムのロボットが、これでもかというほど暴れまくって街を破壊していた。
一応理解しようと努力はした。が、なんだかもう、色々追いつかなくて言葉にならない。
そんな中、この公安のおじさんはさらに理解できない言葉を発した。
「この巨大ロボットは、どうやら君の命を狙っている……らしい」
「……はい?」
なんで? という疑問が顔に出ていたのか、気の毒そうにおじさんは数枚のコピー用紙を私に差し出してきた。
うん、読めませんね。アラビア文字は流石に。
「ちなみに翻訳したのがこちらね」
「あるなら先に出してくださいよ!」
おじさんの手からひったくるようにその紙を奪い、何が書いてあるのかをじっと読み進め──。
「何? このポエム……」
「一応、日記とのことだ」
私は思わず、ため息を吐いて頭を抱えた。
それは翻訳かつ個人の日記であることを踏まえても、装飾語や感歎がやたらと多い独り善がりな文章で大変読み辛かったが、なんとか読んで理解に努めると。
「いやぁ〜、あのホント……全然心当たりないんですけど……」
ユーセフ某が大阪観光中、たまたますれ違った女子高生──推定私に一目惚れ。
ただ、彼女の目は虚で生気が無く、彼には死にたそうに見えたとのこと。
ならば自分が、彼女の望む死を与えよう!
「そして約一年かけて開発されたロボットが、現在進行形で大阪で大暴れ……」
「どうしてこうなった!」
説明口調のおじさんの言葉に、私は思わず翻訳された日記のコピーを握りつぶした。
「ホンット意味わからないんですけどぉ!」
ちなみに普段東京住まいの私ではあるが、両親が関西出身なので年に数回は大阪の地に立っている。これは悲しいことに事実だ。
うん、マジ全力で否定したいんだけど。
でも去年の今頃──確か進路の問題で両親と何度か口論になり、やたらめったら気が立っていたことは認める。
しかし正直言って死にたいと思うほど追い詰められていたということはない! 絶対にない!
「ちなみに、親との口論の原因について、具体的に聴いてもいいかね?」
「私が「海上自衛隊に入りたいから防衛大が第一志望だ」って言ったら、「それだけはやめてくれ!」って言われて」
あー……と、おじさんは納得したような拍子抜けしたような、微妙な声を返してきた。
うん、この話すると大体みんなそんなリアクション返してくるんだわ。解せないけど。
──いいじゃないのよ。ごっついお艦! 素敵じゃない!
「とにかく、本当に人違いなんて説はないんですよね?」
「実物の日記に、君の写真が挟まっていたらしいので、それは無いかと……」
ダメ元で再度確認してみたが、やはり答えは変わらなかった。
肩より少し上でバッサリ切ったボブカット──今より少し髪の長い私の写真のコピーが、資料と思われる紙の束の中から出てきたことで確定だと私も認めざるを得なかった。
「っていうか、犯人解ってるならとっとと逮捕してくださいよぉ〜」
こめかみのあたりを抑えつつ、私はおじさんを批難の気持ちを込めながら睨んだ。
「逮捕したいのはやまやまなんだが、それがそうもいかなくてだな」
あー、国際条約がなんたらとか、社会地位がどうたらとか。
てっきりそういった大人の事情を挙げてくるのかと思いきや、おじさんはため息まじりに私に答えた。
「あくまでまだ推定段階で、断定できない話ではあるのだが……ザイヤート氏は先日事故死している。その……」
眉間にこれまで以上にシワを寄せ、実に言いにくそうに、さらに小声でボソリ。
「十中八九、そのロボットに踏み潰されて」
「バッカじゃねーのッ!」
先程からジワジワとその言葉が脳裏をよぎりつつ、それでもずっと我慢していたのに、とうとう私は敬語そっちのけでおじさんを怒鳴りつけてしまった。
なんだかもう──迷惑千万にも程がある。
◆◇◆
それからのことを簡単に説明するならば。
このアホみたいな顔のロボットは、日本中暴れまわって破壊の限りを尽くすことになる。
当然ヤツは東京にもやってきたので、私は半壊した渋谷109越しに対面する羽目になったのだが。
『周囲ノ人類のたぁげっと適合率20%以下ノタメ、ココ一帯ヲ無条件ニ破壊シマス』
「……はい?」
実際目の当たりにした私の顔を、あのポンコツクソロボは判別できていなかった。
いや、確かに例の写真よりほんのちょこっと背が伸びたし、髪も短く切ったけど──。
「そりゃあないでしょうよッ!」
おかしな巨大ロボットが私一人に狙いを定めて迫ってくるより遥かにマシな状況ではあるものの、結局のところ無差別攻撃によりあちこち逃げては殺されかけている現状は、どちらも大差ないのではないかと思ってしまう。冗談じゃないわよまったく。
後から知ったことだけれど、渋谷襲撃における死者約四千人、怪我人約数十万人。
そんな地獄のようなヤツの爆撃や集中砲火から──途中泣いてる小学生くらいの男の子を救出しつつ──私は命からがらほぼ無傷の状態で逃げ出すことに成功する。
この人命救助がきっかけで推薦を受け、私は志望通り防衛大に進学することができた。
もっとも、以前年間を通して行われていたような座学や実習は、このロボットのせいで最初の数カ月間の必要最低限で済まされ、後は配属された部隊において、その場で実戦教育を受けるようになったわけなのだが。
もちろん、このアホのような惨状のきっかけが私であることは、国家機密となっている。
まぁ件のロボットが渋谷襲撃の際、私を前にしてターゲット判別ができていない時点で既に私がどうこうといった話ではなくなっているような気がしていたが──幸か不幸かこのロボット、渋谷襲撃の後に、とあるテロリストからハッキングを受けてしまった。
ロボット製作者のユーセフ某よ、セキュリティ穴だらけにも程があんだろ。と、プログラムとか機械工学等そのあたりの知識は専門外なのであまり強くは言えないものの、死んでも迷惑をかけ続けられている会った自覚の無い相手に対する私の心証は最悪である。
ともかくテロリストの手に渡ってしまった巨大ロボは、日本だけではなく世界中で暴れ回るようになってしまった。
ニューヨーク、香港、パリ、北京、エトセトラetc──世界中で死傷者は数しれず。でもあの間抜けな見た目は相変わらずで、そのギャップときたら──。
しかし最悪なことはこれだけに収まらずまだまだ続いた。





