1-15 にゃんにゃんにゃんこの世界征服日記
にゃんこ、世界征服、頑張る!
吾輩ミレニアム・アストリアルは、魔族の王として世界征服直前だった。百万の軍勢を率い、五つの大陸をこの手に納め、あと東の島国を落とせば、吾輩の悲願は達成される。ここに至るまで、千年の月日が流れた。だが、島国の勇者によって夢は絶たれたのだ。いや、勇者のせいだけではない、仲間の裏切りも重なった。力と恐怖による支配。それが悪かったのだろうか? しかし、反省すべき点は次に生かせばよい。こんなこともあろうかと、吾輩は転生の秘術をかけていたのだ。
いつ、どこに、どんな生物に転生するかは運次第だが、記憶と魔力は引き継がれる。たとえ蟻に生まれ変わろうとも、吾輩は再度、魔王として返り咲いてやる。
***
朝の陽射しが差し込む部屋は、朝の慌ただしさに包まれていた。
吾輩の食事の準備を終え、パンにジャムを塗る少女は日之出 蛍。生まれ変わって間もない吾輩を見つけて、保護してくれた恩人である。彼女はほっぺにいちごジャムを付けながら、テレビに映る占いを真剣なまなざしで見つめていた。
『今日の運勢最下位は……おとめ座です。車には気を付けましょう』
「えー、さいあくぅ~」
『そんな、あなたの今日のラッキーアイテムは、三毛猫のキーホルダー』
「良かった~うちにはみーちゃんがいるもんね」
そう言って蛍は、吾輩をぎゅっと抱きしめた。
吾輩は三毛猫に転生したらしい。蛍が吾輩の名前を付けた時、『三毛猫だから、みーちゃんね』と言ったのを覚えている。しかし、吾輩の名はミレニアム・アストリアルだ! まあ、ミレニアムをみーちゃんと呼んでも差し支えがないから、良しとしよう。そんなことよりも、蛍よ。ほっぺにジャムが付いているままだぞ。
吾輩は蛍のほっぺのジャムを舐めた後、可愛らしく鳴いた。
すると、キッチンで洗い物をしている蛍の母、光が声をかけてきた。
「蛍、何してるの? 学校に遅れるわよ」
「はーい! じゃあ、みーちゃんは良い子でお留守番しててね。それじゃあ、いってきまーす」
蛍はランドセルをしょって、吾輩の頭を撫でると、元気よく出て行った。
今、小学四年生で、もうしばらくすると夏休みとやらになるらしい。
そんな蛍が出かけた後、吾輩はミルクに浸されたカリカリを食べながら、つけっぱなしのテレビを見つめる。
目も開かないうちに、この家に連れてこられて、一か月。吾輩はテレビでこの世界のことを学んでいた。そして分かったことは、吾輩が魔王として君臨していた世界とは大きく違っている。魔族のほとんどが消え失せ、魔力よりも機械とやらが幅を利かせているらしい。これが異世界転生と言うやつか。
しかし、この世界も国が分かれ、あちらこちらで、戦争を行っている。実際の武力衝突から、経済紛争。吾輩が魔王になったころと同じだ。また、あの頃のようにコツコツと世界統一に向けて動かねばなるまい。そのためにはまず、吾輩が魔王としての力を取り戻すことが先決だ。
記憶と魔力は昔のままではあるが、肉体が成熟していないためか、上手く魔力を使いこなせない。簡単な魔法なら使えるのだが、この状態で敵対勢力に見つかっては、対処のしようがない。
時間は十分にある。
まずは、しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり蛍に甘えるとしよう。けっして、今のぐうたら生活が気に入っているわけではないぞ。
そんなことを考えていると、ママさんが、テレビを消した。
どうやら仕事に行く時間のようだ。ここは魔王として、しっかり仕事をせねば。
「にゃー」
「あら、みーちゃん、いつもお出迎え、ありがとうね。それじゃあ、行ってきます」
ママさんは、一人で蛍を育てている、いわゆるシングルマザーと言うやつだ。
そのため、ママさんが出かけた後、吾輩は一人になると、今いる日本について考え始めた。
日本を征服するのは生半可ではないだろう。ここには、少ないながらも吾輩と同じように世界征服をたくらむものがおり、それを阻止しようとする組織もいる。なんとかライダーとか、なんとか戦隊に、魔法少女。宇宙人や怪獣までいるらしい。高度な技術のアイアンゴーレム、ロボットと言っていた兵器も作られている。あいにくと、吾輩たちが住んでいる地域にはいないようだが、いつ攻め込まれてもおかしくない。
まずは、小さくてもいいから、強固な防衛拠点と仲間を作る必要がある。
しかし……仲間か。
前世で殺された要因の一つが、仲間の裏切りだった。いつの間にか、東の国のテイマーに寝返っていたのだ。犬と猿と雉を連れたテイマー。あやつの持っていた団子に、恐るべき催眠効果があることに、もっと早く気が付いていれば、打つ手があったのだが……
いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。どちらにしろ、恐怖によって繋がれた絆はいつか、切れるものだ。
これからは、カワイイの時代だ。吾輩はこの愛らしい容姿を最大限に利用して、軍団を作り上げるのだ。そのためには、実際にこの町について知らねばならない。
吾輩は念動力を使い、窓を開けると初めて外へと出かけることにした。
***
『どう言うことだ。吾輩は世界最強の魔王だったんだぞ! なぜ吾輩を恐れない!』
『チビのよそ者を恐れる猫なんて、この町には、いないにゃー』
大きな黒猫は、敵意をむき出しのまま、吾輩を追いかけて来る。
おかしい、おかしいぞ。吾輩の力が戻っていないのは、わかっていた。だが、この可愛らしい姿が通じぬとは! 庇護欲を掻き立てる、ちっちゃい体、ふんわり毛、くりくり瞳が通じぬとは! 蛍も光も可愛いカワイイと撫でるのになんで、こいつには通じない。
『なんでって、オイラも同じ猫だからにゃー』
『そうだったーーー!!!』
いかん、このままでは黒猫に殺される。吾輩にはまだ、外は早かった。もう少し、魔法を使いこなせるようになってから、来るべきだった。
そうだ! 念動力は使えるじゃないか!
しかし、慣れない身体で、素早い奴に念動力をぶつけるのは難しい。
ならば!
『にゃ! にゃんで、空を飛んでるにゃー!』
『それは吾輩が魔王だからだ! サラバだ!』
吾輩は自分自身に念動力をかけて、屋根から飛び立った。
残された黒猫は屋根から、恨み節を奏でているのが心地よく耳に届く。
見たか! 魔王の力!
吾輩は空から町を見下ろす。
テレビで知ってはいたが、やはり吾輩が魔王として君臨していた世界とは大違いだ。規則正しく並ぶ家々。綺麗に整地された広い道路。移動手段に馬や牛は一切見当たらない。
残念なことに、今はヒーローも秘密結社も見当たらない。テレビではなく、実際に奴らの実力を見てみたかったのだが。
『まあ、時間はたっぷりある。そのうち、出会えるだろう。その時には吾輩も力を取り戻し、ヒーローどもをなぎ倒し、秘密結社共を取り込んでやる……しかし、ここは平和だな』
吾輩は、あまりに街が平穏すぎて油断をしてしまったのだった。
そう、念動力の効力が切れたのだ。魔力は十分に残っているが、魔力と魔法の接続が切れてしまったのだ。
落下する吾輩。
でも、大丈夫。猫としての本能が働く。
しなやかに、着地する吾輩。うん、流石、吾輩である。ちょっと足が痺れたけど、少し休めば大丈夫。
華麗に着地を決めた吾輩に、大きな音を発する物が迫る。
プップー!
吾輩が降り立ったのは道路の真ん中だった。迫りくるトラック。
『いかん、また異世界転生してしまう!』
今の吾輩の念動力の力では、猛スピードで走る荷物満載の十トントラックを止めることなんてできない。足は痺れて動かない。念動力で自分を動かすしかない。
集中しようとする吾輩に向かって、叫び声が届く。
「みーちゃん、危ない!」
吾輩が声の主を見ると、そこにはランドセルを背負って信号待ちしている蛍が居た。
なんで、こんなところに。あ! 来ちゃだめだ!
蛍は吾輩を抱き上げた。
目前に迫るトラック。
ここでやらねば、何の魔王だ!
吾輩は防御の魔法を発動する。
『~深淵の拒絶の悪魔、我の盾になりて、我が敵を……』
「マジカル☆パンーチ!」
吾輩の目の前で、トラックがチリと消えた。
やったのは、蛍だ。いや、違う。フリフリの衣装に身を包み、髪の毛も肩までの黒髪から腰まで届く金髪はツインテールに変わった、テレビで見た魔法少女の姿になった蛍だ。
『ほ、ほたる~~~!! 魔法少女だったのか!?』
吾輩が驚きの声を上げた時、空から声が聞こえた。
そこには、魔法少女になった蛍に似た大人の魔法少女が、宙に浮いていた。
「こら~、ファイア☆フライ! 魔法少女の力はミレニアム帝国以外に使っちゃダメって言ったじゃない!」
「ごめんなさい、マ……違った、ライトさん。でも、緊急事態だったから」
「もう、仕方がないわね」
そう言うと、魔法少女ライトは手にあるスティックを振ると、先ほどチリになったトラックが元通りに現れた。
『分子レベルまで分解した物を再生させるとは、恐るべし魔法少女! しかし、ライトってどこか懐かしいような、母性を感じるような……まあ、良い。不幸中の幸いか、魔法少女の力の一端を見れた。しかし、蛍が魔法少女か……』
吾輩がファイア☆フライになった蛍の胸の中で悩んでいると、高笑いが聞こえてきた。
「ははははは! 魔法少女ファイア☆フライ! 貴様の正体見たり! その首、魔王ミレニアム様にささげてやる!」
そこには、吾輩が魔王だったミレニアム帝国の第三師団長スケルトンマスターの姿があった。
『おいおい、吾輩はここにいるんだが、どうやって捧げる気だ?』





